「どうしたんだ、それ」
 ジャッカルが目を丸くさせている。今日は朝から同じ質問を何度されたことか。登校中も、廊下を歩いている時も、授業中でさえ教師に心配されてしまった。しかし一番驚いたのは、昼間にA組の前の廊下を通った時に真田が声をかけてきたことだった(でも大して心配しているような顔ではなかった。ちぇ、少しくらい労って「今日は部活に来なくていいぞ」くらい言えよ。あ、でもそれは俺の妙技を持て余すことになるからランニング5周減らしてくれればいいぜ)。
 俺は未だに赤みの残る左頬を触る。もう熱もとっくに取れているが……そんなに目立つだろうか。
「ああ、これ?…やっぱ目立つか?」
「ん、ああ…ちょっと目立つな」
「そうかー…はぁ…これ、弟に殴られたんだよ」
 手が左頬に触れたまま、ガムを膨らます。
「弟って…どっちの?」
「5歳のほう。まったくよー、昨日の夕飯のシチューに入ってたニンジン食わねぇからさ、意地でも食わせてやろうとしたのがまずかったんだよなー」
「そんな理由で殴られるなんてお前もついてないな…」
「だろぃ?平手だったけどかなり痛くってよ、そのあと腫れちまって…ずっと冷やしてたんだけどな。まだ赤みが取れないんで困ってんだよ」
「でもお前のそれ、ちょっと噂になってるみたいだぜ。女に殴られたんじゃねーかって」
 ジャッカルの発言に驚いて口の中で噛んでいたガムを吐き出してしまった。やべっ、と呟いてから急いで包み紙で拾う。部室の近くに設置されてるゴミ箱にでも捨てよう。
「おおおおおんなになぐられるぅ?この俺が?ていうか女なんていねーし」
「まぁ、あくまでも噂だ。3日もすればみんな忘れるだろ」
「だといいけど」
「で、結局その弟とは仲間割れしたままなのか?」
「いーや。朝になっても赤みが取れてなかったからな。それ見て謝ってきたよ。兄ちゃんごめんね、って」
「かわいい弟じゃねーか」
「まぁな」
 新しいガムを噛みながら、そろそろ柔らかくなってきたので膨らまそうかとしていると、後ろからバタバタと足音が聞こえてくる。なんだ?と思って振り向く(タイミングがジャッカルと同じだったぜ。ひゃっほーい、これがシンクロってやつ?)。
「丸井せんぱーーーい!!」
「なんだよ」
「聞きましたよ!女に殴られたんでしょ!?」
 思わず口があんぐりと開いて、再びガムが口から落ちそうになる。急いで口を閉じる。
「ちげーよ!大体俺に女いないことぐらいお前だってわかってんだろぃ!」
「そ、そう…ですけど、だってみんな噂してますよ」
 目を爛々とさせている赤也を見て、思わず深いため息が漏れる。まったく…。
「だーかーら、これは弟に殴られたんだっつの。平手でバチーンってやられたんだよ」
 さきほどジャッカルに説明したようなことをもう一度言ってやれば、赤也が「そうなんすか、そうッスよね、丸井先輩彼女いないッスもんね」と少し安心したような顔をした。ちょっと失礼だぞ、それ。
「あ、じゃあひとつ質問なんスけど、」
「あ?なんだ?」
「真田副部長の鉄拳とどっちが痛かったッスか?」
「ざけんな、真田のが痛いに決まってんだろ。力が違うんだよ力が。手も小さい5歳児と比べたってダメだろぃ。真田の拳は硬くて骨ばってて、そりゃもう力も半端ねーし、頬骨折れるんじゃねーかって思うくらいだぜ?初めて殴られた時なんて俺失神しそうだったんだぜぃ。もう慰謝料ぶん取ってやろうかと思ったよマジで。真田の鉄拳は中学生レベルじゃないぜ。ていうかあいつ自体が中学生じゃないなって思わねぇ?顔なんてあんなに老けこんじゃってよ、こないだ来客の人に先生と間違われてたぜあいつ」
 わっはっはー、と、ひとしきり喋って大爆笑しながら赤也の顔を見ると、小さくわなわなと震えているではないか。あれ?笑ってんの俺だけじゃん、と思いながらジャッカルを見る。するとジャッカルも色黒の肌を青ざめさせていた。しかもその視線は俺の後ろを見ている。もう一度赤也を見てみる。するとやっぱり、赤也の視線も俺の後ろを見ている。
 まさか、と思って、ゆっくり後ろを振り向く。それはもう、何十年も前に作られた古い機械が動き出す時みたいに、ギギ、と音をたてそうなほど不自然にゆっくり振り向いた。
「……ほう。丸井。いい度胸だな」
 もちろんそこにいたのは真田で、俺は自分の血がさーっと引いていくのを感じた。これは…ちょっとやばいんじゃねーのか、と思った瞬間、俺の脚は動き出していた。
「こらー!待たんか丸井!」
「ち、違うぜ真田ぁぁぁ!これは、ジャッカルが!」
「今回は完全にお前のせいだろ」
「丸井先輩だけが悪いッスね」
 突如として始まった追走劇に、下校中の生徒は愚か、他の部活の生徒や教師などからも視線を集め、翌日になれば俺の「女からビンタ」の噂は追走劇の噂でかき消されてしまった。
























***

弟からビンタされた丸井の話でした。行く末がわからなくなって真田使いました。すみません。もう真田くんは私にとってレンジでチンするご飯くらい重宝な人物です。もう追っかけさせて終わればいいか、的な。…だめ?←




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