おー、しもうた。英語の辞書忘れた。部室のロッカーん中に入れっぱなしじゃ…ついとらん。誰かに借りようかのー。うーん。正直借りに行くんも面倒じゃな。
 テニス部でよくダブルスを組む柳生に借りに行くのが一番いいかとも考えたが、真田に見つかるともっと面倒だ。しかし誰かに変装して行けばいいか…とも思いつつ、どうするか迷いながら不意に廊下のほうを見てみた。するとそこに見慣れた姿があった。今まさに、用事のある人物の姿が。
「やーぎゅ、」
 ひどく間延びした声で呼んでみれば、女子と話していたのを中断してこちらを見る。ん?あの女子…おお、こないだちょっと遊んでやった子じゃ。ふーん、そういや風紀委員だったのう。なんか連絡でもしとったんかの。ははは、俺んことすごい眼力で睨みよる。
 教室の窓に肘をかけて様子を見ていれば、柳生が丁寧に頭を下げながら「すみません、その件についてはまた後日話しましょう」と言っているのがかすかに聞こえた。そして女子も柳生に頭を下げ、それからもう一度俺のことを睨んでから去って行った。
「なんでしょう、仁王くん」
 教室と廊下を区切る壁はそれほど厚くない。そこについている窓なんてものは申し訳程度に存在するものだ。その壁を隔てて俺と柳生が向かい合う。
「英語の辞書貸してくれんか」
「忘れたのですか?」
 表情ひとつ動かさない柳生。風紀委員でもあるし優等生でもあるわけで、俺とは合わないタイプのように見えるが意外とそうでもないものだから不思議だ。それは単にこいつが、内で何を考えているかわからないタイプだからだろうけども。
「おー。次忘れ物したらビンタするって先週言われたんじゃ。ビンタなんかされたら部活にならん」
「別に頬に手形がついてもテニスは出来ますけどね」
「俺は出来ん。じゃから貸してくれ、辞書」
 俺も相変わらず猫背気味の姿勢をしたまま言うと、柳生の眉尻が少しだけ下がる。
「仕方ないですね…取って来ますから待っていてください」
 すい、と、無駄のない動作で隣のA組へと向かう柳生の姿を見ながら、やっぱりあいつはいいやつじゃな、と感心した。本来ならば俺が借りる側なので「貸しますから取りに来てください」と言ってもいい立場であるにも関わらず、A組に行けば真田に見つかって怒られるのをわかっているからここで待っているように言ったのだ。やっさしーのー柳生くんは。紳士じゃな……紳士って女子だけに優しいもんじゃと思うとったけど、全体的に優しいんじゃな。
「仁王くん」
 自分のクラスの背の低い女子が一生懸命黒板を黒板消しで撫でているのを見ていると声がかかる。ん、と唸ってから振り向けば、柳生と、その右手の辞書が確認できた。
「おー、すまんのうジェントルマン」
「いいえ、丁寧に扱ってくださいね。破るようなことがあればそれこそビンタですよ」
 言って、口元をニヤリとさせる柳生はやっぱりどこか紳士じゃない部分がある。こいつとダブルスを組んでいると、たまに見える冷徹な部分に俺はどこか惹かれる時がある。何をやらかすかわからないという高揚感が楽しめるのだ。
「まぁ頑張ってみるぜよ。柳生のビンタは痛そうじゃからな」
 ずっしりと重い辞書を左手に受け取ると、柳生がふ、と少しだけ笑ってから「それでは」と言ってA組へ帰って行った。それを見届けてから俺も自分の席へ戻る。ちょうど鐘が鳴り始め、一拍遅れてから丸井が「あー!辞書忘れた!」と騒ぐのが聞こえた。
























***

丸井オチ。笑
僕の思う仁王くんは、たぶん標準語と方言がたびたび入り雑じるしゃべり方だと思うんだ。〜じゃった、って言う時もあれば、〜だった、って言う時もあるような。




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