それは何気ない6時間目のこと。なんて書いてあるのやら、わけのわからない文字が羅列した黒板をボーッと眺めていた。すると窓際の席の誰かがなんか言い出したんだ。グラウンドのやつらがなんか騒いでるって。そしたら先生が、なんだお前、授業に集中しろーって言ってグラウンドを見下ろしてみたら、あ、本当だ。なんて言うからみんなして窓際に寄って行ったんだ。
 俺も野次馬心で、他の生徒を押しのけてグラウンドを見てみた。
「げ、グラウンドで体育の授業やってんのって…」
 見下ろした先に真田副部長が腕を組んでいるのが見えた。ついでにその向こうのほうに、柳生先輩が。ふたりとも、なんて体操服が似合わないんだ。写メ撮って丸井先輩に見せてやりたい。とかなんとか、ちょっと一人で笑いそうになってたら、おい、なんかさ、俺たちの上のクラスのほう見てねーか?って誰かの声がした。ん?そういえばそうだな…なんかみんな、俺たちより上のほうを見たり指差してる。上になんかあんのか?
 そしたら別の男子が、窓から上半身だけ乗り出して上のほうを見た。そんですぐに、あっ!って言った。なんだよ、なにがあったんだ?って俺も気になって、そいつの真似して上半身だけ乗り出した。上を見れば、俺たちのクラスの上の教室のもう少し上、屋上のフチのところに子犬がいた。なんか今にも落ちそう。
「子犬じゃん!」
 俺がそう言うと、背を向けてるグラウンドのほうから、こらー!赤也!って怒鳴る声がした。やべ、真田副部長だ。あとで怒られ――――

 そこで思考が途切れた。

 なにがなんだかわからなかったけど、とりあえず子犬が落ちてきたのが見えた。飛び出してきたわけじゃなかったけど、子犬の軽い身体はふわりと飛んで、とっさに俺は手を伸ばした。触った。勢いで引き寄せた。でも俺の身体は重力に素直で、手を伸ばしたときに崩したバランスは立て直すことができずに、俺は窓の外へ落ちた。え?俺のクラスって3階だよな?やべー、死ぬかも。
 耳をつんざく音。バキバキ、そんな音だった気がする。最後にドタッと背中から着地。内臓がまるごと動いて、一瞬オエッときたけど、目を開けたら草が生えてる地面だった。
「おい!赤也!」
 すぐに現れたのが真田副部長で、なにが起こったのか理解するのに時間がかかった俺はたいそう間抜けな顔をしていただろう。
「え?あ?」
 するとバタバタと走ってくる体育の先生、その横に柳生先輩も。
「切原くん、大丈夫ですか?」
 光る眼鏡の奥でどんな表情をしているのかわからないが、柳生先輩が俺の肩に手を置いた。
「ん?あ、や、大丈夫ッスよ?」
 真田副部長、柳生先輩、体育の先生、この3人の顔を交互に見合わせながら言うと、真田副部長が俺の前に仁王立ちして腕を組んだ。あ、これ怒鳴るときにするポーズだ。
「馬鹿者が!いくら子犬を助けるためとはいえ、こんな無茶をするやつがあるか!」
「あ、す、すんません」
 思わずヘラッと笑ってみたけど、その言葉でようやく思い出して胸に抱きかかえていた子犬を見ると、今にも切ない声をあげそうに、不安に満ちた顔をして俺を見上げていた。耳も尻尾も元気なく伏せられていて、そりゃあんなとこから落ちればな、と妙に感心した。
「でもよかったですね、ここの植え込みがクッションになったおかげで大した怪我もせず」
 俺がまったく怪我ひとつない様子を確認した柳生先輩も紳士らしい動作で立ち上がり、俺が突っ込んだ植え込みの木を見上げた。それにつられて、俺も見上げた。この木の上、俺のクラスのやつらがみんなして窓から顔だしてやがる。ついでにその下の教室のやつらも…ってあれ、仁王先輩だ…うわ、ニヤニヤしてる。
 まぁ、子犬も切原も無事だったけど、とりあえず保健室に行きなさい。って先生が言うから、俺は子犬を柳生先輩に預けて保健室に行った。



「おーおー、元気じゃのー、レスキュー赤也くんは」
 放課後、もちろんいつも通り部活に参加していた俺に、仁王先輩がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「仁王から聞いたぜー。子犬助けて3階から落ちたんだろぃ?」
 ついでに丸井先輩にも絡まれた。でも俺6時間目は睡眠学習でよー、見れなかったんだよなーってなんか残念そう。
「見せモンじゃないんスけど」
 その話題の質問に答えることがちょっと面倒になってきていたので、呆れた顔してじろりと視線を渡してみる。
「しかしあのまま子犬が落ちていれば死んでいた確立は87%だった。誰かが同じような無茶をしない限り助かった命ではないぞ」
 いつの間にか俺の後ろに柳さんが立っていた。なんだか少し誉められた気分になって、いやぁ、そんな…って照れてみるといっそう仁王先輩がニヤニヤした。今度俺もレスキューしてもらおうかのー、とかわけのわからないことを言っている。
「こらお前ら!」
 するとまた柳さんの後ろのほうから、聞き飽きた怒鳴り声がした。
「いつまで無駄話をする気だ!」
 また仁王立ちで腕を組んで、黒い帽子のツバによってできた影の中にある目が、地面に反射した光を受けて光っている。
「ふ、弦一郎が怒鳴る確立は100%だった」
 突然の怒鳴り声にも驚いた様子ひとつ見せず、当たったな、とポツリと言ってから柳さんがコートの中へ戻って行く。それを聞いた真田副部長が、蓮二のやつ…とちょっとしてやられたような表情をした。
「おーおー怖いねぇ」
「そんじゃ俺たちもダブルスやるかー」
 仁王先輩と丸井先輩も、それぞれ柳生先輩とジャッカル先輩が待つコートに戻って行った。残された俺は、さきほどの壁打ちの続きをやろうと、ポケットからテニスボールを探り出した。ぎゅっと握ってみる。
「…赤也」
 すると、なぜだかその場を去る様子のない真田副部長。
「な、なんスか?」
 まだなにか怒られんのか?と思って少し緊張を含んだごまかし笑いをして応えてみる。真田副部長は俺の目をじっと見て、それから少し目を伏せて小さくため息をついた。そしてまた俺の目を見た。
「今回は仕方のないことだったが、これからはあまり無茶なことはするな」
 その発せられた言葉に、俺は少し驚いた。まず、怒鳴らないことに驚いた。むしろ声音が優しくて、逆に怖い。これは心配してくれての発言なのか、それとも呆れてしまったがゆえの発言なのか、なんだかとにかくいつもと違う雰囲気なのが、逆に恐ろしさを増していた。優しい真田副部長?いやいやいや、ありえないッスから。
「……」
 恐怖に固まる俺をよそに、真田副部長は俺の目をじっと見続ける。
「あと少しで俺たち3年は引退になるのだ。2年生エースと自分を呼称しているお前だ。怪我でもされたら困るのだからな」
 まぁ最も、ちょっとの怪我で折れるような人間は我が立海大テニス部にはおらんがな。と、それだけ言って真田副部長は俺に背を向けた。なんだかその背中は、少し満足そうに見えた。

 いままで2年生として先輩たちの半歩後ろを歩いていた俺の前から、先輩たちがいなくなるのを初めて想像して、少し心臓が収縮した。





















***

あ?オチがつかなかった…消化不良ってこのことか…
ちなみにこれはだいぶ前に書いたもので…あの…いや、その、すみません。サクサクすぎて想像しづらくてすみませぇぇぇん!!←
もうなんか手直しできなかったよ!



back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -