「はぁーあ…」
 コンコンコンコン、と、連続して机に爪の先をぶつける音がする。俺がちらりとそちらを見るが、その視線には気づいていないようだ。
 部室の窓の外、大粒の雨が大量に降り注いでいた。さきほどまではまったくの快晴だったのだが、突然の雨に降られて俺と赤也は部室で立ち往生することになった。弦一郎をはじめ他の部員は、雨が降り出すより以前に部室を出て帰路についてしまった。なぜ俺と赤也のみが部室に残っていたのかと言うと、それは単純なことだ。俺が赤也に小言を言っていたからだ。
「なーんでこんなに降るんスかねー…」
 少し古い机を挟んで座っていた。赤也は姿勢を崩して片足を投げ出し、机に頬杖をついて窓の外を眺めている。俺はといえば、何もしないというのも時間がもったいないと思い、読書をして雨があがるのを待つことにした。不意に赤也の視線を追うように窓のほうを見れば、見えるはずの景色は白くかすんで、窓にも雨が叩きつけていた。
「…ただの通り雨にしては、少し長いな」
「そーッスよ、もう10分以上降ってません?」
「正確には12分と39秒だ。一向にあがる気配が見えないな」
「あーっ!もう!湿気で髪が!」
「…ふ、そんなことを気にしていたのか」
「そんなことって!俺には重大なことなんスよっ!」
 頬杖をついていた手を俺の前に突き出したような形で必死に訴えてくる様子がおかしい。ただの通り雨といえど、これだけ降っていれば湿度も一気に上昇するものだ。しかし髪に吸着するには時間がかかるため、今はそれほど広がっていないが…。
「今のうちに整髪料でもつけておけ」
「…うーん、そうなんスけど」
「面倒だと思っている確立94%」
「…だ、だって、あとは帰るだけだし、どうせチャリ乗っちゃえばわかんねーし」
「ふふ、それもそうだな」
 ぱたん、と静かに、手元の本を閉じる。すると赤也の視線が一度俺の手元に行き、それから俺の顔を見た。
「…はぁ。いいッスよね、柳先輩は」
「なにがだ」
「髪。いっつも癖ひとつないじゃないですか」
「そうだな」
「そうだなって…。そういえば柳先輩のお姉さんも、すっごい髪綺麗ッスよね」
「ああ、そうだな。俺が見ていても、綺麗な髪だとは思う」
「それにすんげー美人」
「美人…。そうだな、美人の部類に入るのかも知れないな」
「いや絶対入りますって。俺はじめて見たときびっくりしましたもん。こんな美人がいたのか!って」
「ふ、そのようだな。お前が"とんでもない美人を見かけた"と騒いでいた人物が、俺の姉だったんだからな。やけに騒いでいるので、どの人だと聞いてみれば…」
「まさか、柳先輩のお姉さんだなんて知らなかったッスから…。って、その話は、もういいじゃないスかっ」
「ふふ、すまない。ところでお前の髪だが」
「なんスか?」
 きょとん、とした顔で俺を見るその大きな瞳。少しずつ身長も伸びてきて、顔つきもだいぶ大人のようになってきたがこの瞳だけは変わらない。なんとも生意気そうな挑発的な目だ。
「ちょっといいか」
 右手を伸ばす。赤也の髪に伸びていく手を、赤也も目線で捉えたようで、反射的に少しだけ身を引いたものの、それ以上はおとなしくしていてくれたので髪へ触れることができた。
「…触ったって、別に面白くもないでしょ」
「……ほう。なるほど。赤也、お前は海藻類は食べるのか?」
「あん?」
「そうだな…たとえば、昆布やワカメなど」
「わか………、た、食べますよ」
「そうか。いや、触ってみると、癖は確かに強いが綺麗な髪だと思ってな」
「はぁ?俺の髪がッスか?」
「ああ。確かにキューティクルの痛んでいる部分も見受けられるが、これは髪の本質自体が痛んでいるわけではない。お前が髪を乾かす時にタオルでゴシゴシと拭くからだ」
「うげっ…よくわかりますね」
「ふ、大雑把なお前のことだ、これくらいは俺でなくとも予測ができる」
「ちぇ」
 少し衣擦れの音をさせて俺は立ち上がる。それから一直線に窓の外へ寄ると、いつの間にか雨は弱まって太陽の光を覗かせていた。この分だと、あと5分もあれば帰宅できる状態になるだろう。
「雨、やんだッスね」
「そうだな」
 赤也が俺の隣に立つ。今日の部活中、レギュラーでない3年と練習試合をしていた赤也。レギュラーでないにしろ、それでも力量のある者だった。もちろん最近の赤也の急成長には追いつけず、やはり一方的な試合展開にはなっていたのだが……途中、その生徒が、届きそうにもない打球をダイビングして打ち返した。その際、いつもと違う回転がかかった打球は赤也の左側のラインから8センチほど内側に落ち、そして強烈に跳ね上がったボールが赤也の左即頭部に直撃した。誰もが悪魔化するのではないかと息をのんで一瞬静かになったもの、結局その試合中には赤也が赤目になることも、悪魔化することもなかった。
 ちらりと見やる。うねった髪の毛。大きな瞳。窓枠にかけている両手のうち、利き手である右手の指にはフィンガーリングウェイツがはまっている。
 赤也は肉体的にだけでなく、精神的にも成長をしてきている。以前は異常にタイムにこだわり、相手をただひたすらなぶる試合を好んでいたようだし、今でもその傾向は見られるものの最近の試合では無駄な行動をあまりしなくなった。これはひとえに、関東大会での青学戦が影響していることは言うまでもない。あの時の俺や弦一郎とまったく変わらない…赤也も、初めてだったのだ。試合の中で、あれほどまでに成長をする選手と対戦するというのは。確固たる自信を持つことは忘れず、しかし相手の成長に対して己がそれを上回る勢いで成長するくらいの気でいなければならない。部室内に飾ってあるトロフィー。その中にある、準優勝の盾。たまに赤也は、それを睨みつけるように眺めていることがあった。
「赤也。少し身長が伸びたな」
 ぽふ、と頭の上に手を置いてから言うと、えっ、と呟いて俺を見た。俺が微笑んでから、帰るぞ、と声をかければ、赤也がにーっと笑って「はい!」と元気に返事をした。




























***

なにが言いたいかさっぱりわからん。笑




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