「何してるんですか」
 不意に、聞き覚えのある声がした。その声は特徴的で、生意気にひそめたような、棘があるような。反らしていた上体を前に戻してみれば、ラケットを片手に日吉がこちらを見ていた。
「なんや、日吉か。驚かさんといてーな」
 ぐいっと首を傾ける。ポキッとは鳴らないが、伸ばすだけでもけっこう気持ち良い。
「大して驚いてないくせによく言いますよ」
 鼻で笑って、呆れたような視線を投げかけてくる。通りすがりだったのか、身体が俺の方じゃなくてちょっと右側に向いている。コートの外、傾いた陽のおかげで影ができたスペース。ちょっと休憩するつもりでここにきたが、ぼーっとするのも何だったのでストレッチでもやろうかと一人でもぞもぞやっていたところだった。
「相変わらず生意気なそのものの言い方、なんとかならへんのか?」
「生まれつきなんですよ」
「そりゃケッタイなこっちゃな」
 腕を右に左にと伸ばしながら会話をしていたが、日吉はなぜかそこを動かずにじっと俺を見ている。なんや俺がかっこええから見とれてるんか?残念やけどな、男は無理やで。
「………」
「…なんやねん人のことじろじろ見て」
「……いえ、別に」
「言うとくけどな、腹筋は負けても腕の筋肉は負けへんでぇ」
 先日、日吉と準レギュラーの試合を見ていたときに発覚した、日吉の腹筋。普通にショットを打つときもそうだが、日吉は古武術のスタイルが混じっているので不思議な動きをすることも多い。その最中、ユニフォームの裾がはためいてチラッと見える腹。腹チラやー言うて女子なんかは大喜びするところなんやろうけど、俺は日吉の腹筋を見てびっくりした。思わず自分の腹筋を確認した。俺より鍛わっとった。割れとった。俺は正直、割れすぎた腹筋なんてマッチョみたいであんまり好きやないなと思うとったんやけど…なんやかっこいいやないかい日吉。
「は?腹筋…ですか?」
「せや。俺このあいだ見てしもうてん…お前、腹筋に気合い入れとるんやないか?」
「気合いは入れてませんけど…誰だって筋トレぐらいするでしょう」
 ちらり、と自分のユニフォームの裾をめくる。表れたのは、微妙に鍛わった腹筋。うん。あかんな。もうちょっと鍛えんと、割れてへんように見える。ストレッチやめて腹筋したほうがええやろか。
「…情けない腹筋ですね」
「やかましい」
 ぺらりと裾を戻す。もはやストレッチもやめてただの雑談になっていたが、やはり日吉がそこから動く気配がない。
「…なんや日吉、俺に言いたいことでもあるんか?」
「……どうしてです?」
「なんとなくや」
「そうですか…」
 さきほどから一歩もそこを動いていない日吉に近づく。6センチしか違わない目線を合わすと、日吉もそらすことなく見つめてくる……いや、訂正するわ。これは睨んでいる、が正しいかも知れん。
「お前その前髪もうちょっと切ったらどうなん」
「余計なお世話ですよ。忍足先輩こそ、ダテメガネなんてやめたらいいじゃないですか」
「なんでや。メガネ似合うとるやろ」
「そんな理由なんですか?」
「当たり前や」
「呆れますね」
 小さく溜め息をつかれる。ほんっまに生意気やな。
「せやかて日吉、最近どうしたんや。古武術にも磨きがかかったみたいやん」
「わかるんですか?」
「わかるで。テニスの試合やっちゅーのに、お前の動きが一段と不思議なことになったさかいな」
「俺がテニスで強くなるためには、自然体でいるのが一番ですからね」
「そうやな。お前の不思議な動きは予測がつかんからおもろいわ」
 少し笑って、ほな行くで、と言って俺は歩き出す。そろそろコートのほうに戻らんと集合時間になる。
「忍足先輩」
 何メートルか、歩き出して何歩目というところで日吉から呼び止められる。
「なんや」
 ちらりと視線をくれてやれば、さきほどとは変わらない表情でこちらを見ている日吉。なんややっぱり言いたいことあるんやん。
「先輩は、やっぱり強いですよね」
「せやなぁ、そこらへんのやつよりかは自信あるで」
「…俺は古武術を取り入れてから伸びてきたと言われてるみたいですけど、やっぱり忍足先輩みたいな技の豊富さには感心してるんです」
「そらありがとさん」
「でもいつか、越えますよ。越えますから、俺の憧れるままの先輩でいてほしいと思ってます」
「へっ?なんやて?」
「なんでもありません」
 なんや日吉がえらく俺のことを強いだの感心しただの言うもんやからなんやろうかと思うとったが…今なんて言うた?あこがれてるって?ほんまか日吉。お前、そのクールな心の裏で俺のことかっこええと思うとったっちゅーことか。
 言うだけ言うて、すたすたと歩いていく日吉。俺が呆然としているのに気がつくと、なにしてんですか、と呆れた声音で呟いた。その直後、鳴り響く鐘の音。あかん、集合せな。少し早歩きで日吉に追いつく。
「日吉、お前さっきなんて言うたん」
「何も言ってません」
「言うたやろ、なんか大事なこと告白したやろ」
「してません」
「言うたて」
「言ってないです」
「言うた」
「言ってない」
「言うた」
「言ってません、しつこいですよ」
「あーん、お前らどこ行ってたんだよ」
 日吉に絡みまくりながらコートへ戻ると、跡部がいつもの具合でこちらを見た。既に準レギュラーが整列、レギュラーも樺地の背中で夢うつつのジロー意外は並んでいた。終わらねーから早く並べ、宍戸が言ったのが聞こえ、はいはい…と返事をして整列する。
「今日の練習はこれで終わりだ。各自気をつけて帰れ。以上だ」
 いつものように、跡部が終了の挨拶をしてバラバラと部室に戻り出す部員たち。200人以上もいる大群の波に紛れないよう、栗色の頭についていく。
「日吉、もう一回だけいいやん」
「嫌です」
「なんや、ケチやな」
「ケチで結構」
「日吉ー、頼むで」
 思わず腕を掴むと、日吉が立ち止まる。チラリとこちらを見て、しつこいですよ、とさきほどの台詞をもう一度俺に言い、軽い動作で俺の手を振り払った。相変わらず目つきの悪いこっちゃな。
「アンタが強いままでいてくれないと、下剋上し甲斐がないって言ったんですよ」
 そうしてぽつり、小さい声で言ってからくるりと背を向け早足で去っていく。もう俺は追いかけることもせずに、その背中を見つめた。やがて日吉の背は階段の向こうに消えていく。それをじーっと見ていると、後ろから来ていた跡部と、横でデカイ日傘を持ってる樺地が俺の横を通り過ぎる。あーん、忍足、居残る気か?さっさと帰れ、と跡部が言ったのが聞こえて、ああ、そうやんな。とテキトーに返しておいた。
 なんや日吉、たまにはかわいいこと言うやん。俺が強いって?…うーん、せやなぁ……千の技を持つ天才・忍足侑士…か。天才かどうかは別として、今度ほんまに技が千あるか数えてみようかな。

 乾いた風が足元を通り過ぎる感触が心地よく感じた全国大会の近づく放課後だった。


























***

あ?なんでやうまく書けへんでぇぇぇ
マリエ・ディグビーのセイ・イット・アゲインを聴いていると、話が書けそうだなと思った結果、日吉が出てきたので。でも曲調からしても男女が理想の曲だよな…ちょっと無理でした。反省。
夢として書くならば、なんかいいの書けそうな気がする!←



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