「武士たる者、陣中にて死するべし」

 見舞いに来たという官兵衛殿に、人差し指の先を向けて言ってみた。感情の湧かない瞳は相変わらず俺をじっと見ていて、普通の人だったらここでその眼差しに憤慨したりするのかな、なんてちょっと考えてみた。あ、でもそれじゃあ俺が普通じゃないみたいだね。

「卿がそう望むのであれば、そうすればよい」

 後ろに手を組んだ官兵衛殿が、椅子に腰掛けたまま立ち上がることもしない俺の目の前まで来ている。見舞いと言った割には何も持ってはおらず、ただ様子を見に来ただけのようだった。しかしこの無感情な官兵衛殿が自発的にわざわざ陣まで来てくれるとは夢にも思わず、つい嬉しくなって顔をほころばせた。

「…何を笑っている」
「いいえ♪官兵衛殿が見舞いに来てくれて嬉しいんですよ、俺」

 にっと笑って見せると、官兵衛殿はたいしておもしろくもなさそうに視線を外して陣を見渡した。とは言えたかが陣、特に何もあるはずもなく、幕の内側には俺と官兵衛殿しかいない。あとは幕の外に何人かの兵士がいるだけだ。あとは皆、偵察などに出かけさせている。

「…ねぇ、官兵衛殿」

 ぬるい風がふわりと頬を撫でて過ぎていく。それを感じてから、やわらかな余韻に浸りつつ声をかける。すると官兵衛殿は返事もせずに視線だけを俺に向けた。

「泰平の世のために、頑張ってよね」
「……卿に言われずともそのつもりだ」
「…そっか。そうだよね」

 頑張ってよね、の後の返事まで、少し間があった。いつもの官兵衛殿ならば、あまりないことだった。それすら、俺には官兵衛殿らしくない人間らしさを感じて嬉しく思う。口角があがる様子を、官兵衛殿はどう思いながら見ているのだろうか。

「俺が死んだら…竹中半兵衛という火種が消えることになるのかな?」

 何の気なしに、いつも官兵衛殿が使っている言葉で話を仕掛けてみると、官兵衛殿はやはり眉ひとつ動かさずに、ただ持て余したようにゆっくりと足を進めてきた。

「そうだな。しかし卿は害悪と呼べるほどの火種ではない」

 すぐ傍まで来た官兵衛殿を見上げる俺の手元に常備してある手ぬぐい。折りたたまれたその内側には、官兵衛殿が来る直前に咳をして吐き出した血がついている。今も平気なふりをして座っているが、本当は呼吸をするたびに胸が痛い。少しでも大きく息を吸い込もうものならば、異音がしてすぐにバレてしまうだろう。官兵衛殿に隠蔽が通じているかどうかはわからないし、無理をしているのがバレていたとしても官兵衛殿がそれを話題にするかどうかは微妙だ。
 でもただひとつわかるのは、俺についてまったく興味がないわけではないということ。そうでなければ、わざわざ見舞いになど来てはくれない。官兵衛殿はそういう人のはずだから。

「でもさ、官兵衛殿。火種って、燃え上がるには近くに何かがないとダメだよね」
「…卿は何が言いたい?」
「うん。例えばさ…俺という火種が、官兵衛殿という火種と接触して大きく燃えたとしたら……それってもしかしてすごい害悪になりかねないんじゃないかと思って」

 高い位置から見下ろしてくる官兵衛殿の視線が相変わらず何を考えているかわからなくて安心する。それが素直に顔に出たのか、官兵衛殿は俺から視線を外した。いつもそうだ。俺がにっこり笑いかけると必ず視線を外す。俺のこと、にこにこ笑ってる馬鹿だと思ってるんだろうな。

「あながち間違いではなかろう。実際に卿と私が共に戦場に立ち策を巡らせることによって、ただの火種は相手にとって大きな炎、害悪に当たるのだからな」

 言いながら、またゆっくりと歩みを進めて俺の少し前に行く。それから振り返り、再び俺の顔を見た。

「しかし卿という火種が消えようとも、私という火種は存在する。相手にとって害悪であることに変わりはない」

 その顔は、やはりいつもと少しも変わらなくて。見舞いに来た割りには、俺を心配するような言葉がひとつもなくて。だけど、いつもと変わらない官兵衛殿だから、嬉しかった。俺は手元の手ぬぐいをぎゅっと握る。笑みを浮かべることも忘れ、きっと真顔で官兵衛殿を見ていたと思う。だけどそんな俺の異変すら、官兵衛殿は別段に反応を示すことなく振り返った姿勢のまま俺を見続けた。

「……官兵衛殿」
「なんだ」
「…官兵衛殿、」
「なんだ」
「……ちょっと来て」

 俺の口調は、いつもより真面目なものだったと思う。その声で官兵衛殿を呼ぶと、官兵衛殿はやはり抑揚のない声で返事をして、またゆっくりと俺の目の前まで歩いて来てくれた。その黒い着物の袖を、手ぬぐいを持ったまま掴む。俺は官兵衛殿の目を見たまま、だけど官兵衛殿も俺の目を見たまま。そのまま、左手でもう片方の袖を掴む。そしてそれを引っ張るようにして立ち上がった。官兵衛殿は、引っ張られて自らが倒れないように踏ん張ってくれた。俺が立ち上がろうとしていることに気がついていたようだ。

「官兵衛殿、」
「なんだ」
「ちょっとさ、愚痴に付き合ってよ」

 そう言って、官兵衛殿の胸に顔を寄せた。ぎゅっと目を閉じると、胃の奥が絞まるような感覚がして、目の奥が熱くなってくる。それを堪えるように手に力を入れるけど、俺の身体は小さく震えた。

 秀吉様やおねね様、光秀殿なんかも俺のことをすごく心配してくれた。よく声をかけてくれて嬉しかった。でも官兵衛殿は違う。俺を心配するというよりも、死なないでくれと願うよりも、生きていればいずれ死ぬという道理を見届けようとしてくれている。みんなが眉を困らせた顔で『無理はするな、養生しろ』と言って心配してくれるのもすごく嬉しい。俺って愛されちゃってるかな、なんて馬鹿みたいなこと考えちゃう。だけどこうやって、どうしても逃れられない宿命を静かに見届けてくれる…こんなことが出来るのは、官兵衛殿くらいだ。

 心配されればされるほど、ああ、みんなが俺を覚えていてくれると思えるし、『大丈夫、あとは全部官兵衛殿がなんとかしてくれるよ』だなんてことが言える。
 でも、死という、人間に与えられた唯一の平等に対して、それを止めたり止まるように願うことなんてしない、当たり前の道理に抵抗せずに受け入れる姿勢を見せられると、どこか強がっていた感覚が少しずつ溶かされて顔を出して行く。そしてその相手が官兵衛殿だったからこそ、俺はこうして弱みを見せられる。まるで無感情な、官兵衛殿だからこそ。

「…俺、やだよ」
「………」
「死にたくないよ」
「………」
「怖いよ、死ぬのが」

 死を恐れる、生きている者としての当たり前の感情。ようやくそいつが俺の中で姿を現して、ああ、俺にもこんな感情があるんだな、なんて。自分のことなのに、少し客観的に見てしまう自分もいて。その感情に気づけたとき、どこか悲しくて、嬉しくて。いろんな感情が渦巻いた胸の中は、きっとすごい濁流のようなのだろう。その濁流は、俺の中の頑丈な堤防をいとも簡単に壊してしまう。
 ぼろぼろと溢れる涙を官兵衛殿の着物に押し付けながら、嗚咽のたびに跳ねる肩を縮こまらせた。肺が異音を立て、喉の奥と背中にひどく痛みを感じる。

「…あまり泣くと、体力を消耗するぞ」

 やさしく背中を叩いてくれる官兵衛殿の手。
 官兵衛殿らしくない人間らしさがまた泣けてきて、俺は官兵衛殿に抱きつき直して泣いた。































・・・・・
やっぱり半兵衛でも死は怖いんじゃないかなぁ…なんて。官兵衛が地味に優しかったりすると私が泣く。←

死というものに関して、死ぬな死ぬなと言われると、まぁ、そろそろ死んでもいいのかな、なんて思っちゃうけども、死ぬの?棺桶どの形がいい?って言われると、なんだか死がリアルになってきて、死にたくないって思っちゃったりしません?そういうことを書きたかった。…うまくかけなかったorz




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