ドタバタと、聞き覚えのある足音が近づいてきていた。秀吉様の築いた泰平の世について話し合っていた清正も、その足音を聞くなりげんなりした顔をして溜息をついた。その清正よりも大きく、盛大な溜息をついたと同時に遠慮もなく襖が開けられる。

「おっ、清正!やっぱりここにいたのかー!」

 全身黒っぽい正則が大声でズカズカと入ってくる。俺と清正が同時に「開けたら閉める」と言うと、「二人ともそう怒んなって」と悪びれた様子もなく襖を閉めた。なんだかえらく機嫌が良さそうだ。

「なぁなぁ、何の話してたんだよ、俺も混ぜろよ」
「馬鹿にはとうてい理解できない話だ」
「んだと三成!つーかテメーは、」
「あー、今回ばかりは俺も三成に賛成だな。お前には理解できない話をしてた」
「げっ、清正ぁ、三成に味方すんのかよ!」

 騒々しく現れたことに不快さを感じていたのは清正も同じだったようで、少し懲らしめる意図なのか正則を突き放すような言い方をする。正則は「そりゃーオメー、俺はいろいろ考えんの苦手だけどよぉ…」と少ししょんぼりしてしまう。その様子を見ていると、なんだか笑えてきてつい声をもらしてしまった。

「…くく…、」
「あっ、なーに笑ってやがんだぁ、この頭デッカチ!」

 そしてお決まりのように正則が言い返してくると、すかさず清正が「なんだ、俺か三成に用事があってきたわけじゃないのか」と声をかけた。清正も少し笑っている。しかしその清正の言葉に、正則はハッと一度目を開くと、うんうんと頷いて自らの手を叩いた。

「そう!そうだよ清正!俺、今日スゲー夢見ちゃってさぁ!マジスゲーんだよ!」

 俺と清正の両方に聞いてほしいらしく、何度も俺と清正に顔ごと視線を向ける正則。騒々しく、身振り手振りが大きいのも既に慣れた。

「わかったわかった。いいからあんまり動くな。暑苦しい」
「なっ、清正ぁ、なんか今日冷てぇな!」
「…いいから早くその夢の内容を言え。そのために来たのだろう、馬鹿」
「さっきから馬鹿馬鹿って…三成ちゃーん?俺には正則っつー名前があんだっつーの!」

 さすが単細胞、とでも言うべきだろうか。次々に吹っ掛けられる言葉にいちいち反応を返すために、全然話が進まない。いい加減面倒なのか、清正が突っ込むのをやめて黙った。ついでに俺が「で?その夢とは?」と改めて聞きなおすと、「ああ、そうそう」と、ひとつのことしか考えられない頭がようやく本題に移った。

「あのさ、俺の今日の夢の中に、三成と清正が出てきてよ」
「ああ」
「うむ」
「それがさ、なんか知らねーけど、お前ら二人で喧嘩してて、」
「ああ、いつものことだな」
「うむ、いつものことだな」
「違ぇーんだよ。それがさ、俺のことで喧嘩してんだよ」
「…はぁ?俺と、三成が?」
「正則のことで?」
「おう!お前ら二人で、俺のこと取り合ってんの!」

 正則の言葉に、俺と清正が視線を合わせる。なんとなく言いたいことが似ているらいい俺たちは、次の瞬間には吹き出した。

「ぷっ…、くくく…ありえねぇ……」
「ない。普通にないな…、おねね様や秀吉様を取り合うならばまだわかるが、なぜ俺たちが正則を…」
「なっ、わ、笑うなよ!二人とも!」

 あまりのくだらなさとありえなさに、つい二人で笑っていると、正則が俺たちをどついた。そして何か少し慌てるような仕草で、早口に「で、でもよ、俺スゲー幸せだった!」と言う。しかし次こそこの馬鹿の予測しきれない発言であり、俺と清正は同じタイミングで黙った。視線を正則に注ぐ。

「な、なんつーかさ、お、俺らって、喧嘩したりしてっけどよ。やっぱり、家族ってか…同じ豊臣家の人間なんだよなっつーか……と、とにかく、俺は清正と三成に取り合ってもらえてスゲー嬉しかった!」

 俺たちに笑われたことで少し恥ずかしくなってきたらしい正則が、ちょっと焦り気味にそう言う。そしてそれからその場にごろりと寝そべって天井を仰いだ。

「あー。なんつーか……、俺って頭悪いし。清正も三成も、俺よりガチ頭いいし…だから俺は、二人の会話についていけないこともガチすげーあるし…」

 身長もだいぶ伸び、決して小さくない正則が大の字になっている姿は少し可笑しく見える。だが口元から笑いがこぼれないのは、ぶつぶつと呟く正則にいつもの勢いがないからだろう。

「でもそんなお前らが、俺のことスゲー気にしてくれて、スゲー喧嘩してくれてんの見てたら、ちょっと嬉しかった」

 先程までは『スゲー嬉しかった』と言っていたのが、今度は『ちょっと』と規模が小さくなっていた。このシンとした空気の中で、何故か少し強がってしまっているのは俺にも清正にもわかっていた。どこまでも悪気のない単純な馬鹿は、やっぱりどこまでも馬鹿だ。
 清正が座ったまま、正則の顔を覗き込む。

「なんだ、正則。俺らの会話についてこれないの気にしてたのかよ」

 その顔はまさに意地の悪いもので、ああ、この男も馬鹿だなと内心で溜息をついた。しかしそんな視線を正則は交わし、ごろりと横を向いた。まるで駄々っ子のような仕草に、こらえていた笑いがこみ上げてきそうだ。

「悪ぃーかよ。どうせ俺は単純だし、馬鹿だし…力しかねーから、泰平の世じゃそんなに役にも立たねーし」

 更にぶつぶつと、まるで念珠でも唱えるように口を動かす正則に、ついに我慢できずに再び吹き出した。

「くっ…ふはははは、」
「あんだぁ?頭デッカチ…、人の気も知らねーで」
「い、いや、まるで餓鬼だと思ってな」
「るせーよ!餓鬼で悪かったな!」

 そしてとっくに拗ねることしか選択肢のなくなった正則は、何を言われても反撃らしい言葉を言い返さない。昔もよく、おねね様に叱られた時はこうなった。口は減らないように見えるが、これも単純な馬鹿らしい返答だ。

「お前、案外かわいいとこあるんだな、正則」
「かわいいだぁ?清正の目は節穴かよ」
「見た目の話じゃねーよ、馬鹿」

 正則の様子を楽しんでいる清正がわざと手を伸ばすと、正則はその手を叩いて阻止した。巨体のくせに縮こまろうとする仕草はどうにも“かわいい”とは言えないが、清正の言わんとするところには俺も少しばかり同意はする。
 と、突然上から物音がした。

「こら!誰だい?正則をいじめてる子は!」

 天井板を一部外し、そこから逆さまに顔を出したのはおねね様だった。

「おっ、おね、おねね様!」

 途端に清正の頬が少し紅くなり、条件反射的に居住まいを正した。そんな清正の目の前に、おねね様が降り立つ。天井板を外す時に少し音を立ててしまったこと以外は、やはり完璧な忍びだ。

「正則、どうしたの?いじめられたの?」

 おねね様は見惚けている清正を素通りし、すぐに正則の前にしゃがんだ。正則はおねね様へと視線をちらっと渡すと、くぐもった声で「いや、大丈夫っス」と言った。しかしそれでおねね様が引くはずもなく。

「ねぇ、正則ったら。どうしたの?うずくまって…お腹いたいの?」
「違いますよおねね様。正則は少し拗ねてるだけです」
「え?そうなの三成?どうして?」

 横を向いている正則の腕に、心配そうに手を置いているおねね様が視線を向けてくる。どこから説明したらよいものか少し考えてから、「俺と清正の会話についてこれないのが悔しいらしいです」と言ってのけると、正則ががばりと身体を起こした。突然のことで、普段から大きいおねね様の目が驚きによってもっと開かれる。

「ち、違いますよおねね様!お、俺は別に、そういうことで拗ねたりしねーっスから!ガチで!」
「じゃあ、どうしてここで丸まってたんだい?それに浮かない顔してたじゃない。ねぇ、心配なんだよ?あたしにも言えないようなことなの?」

 どうにも正則が墓穴を掘っているようにしか見えないが、ちらりと清正のほうを見てみると、おねね様に心配されているのがよほど羨ましいのか、ちょっと切なさすら感じさせる視線でじっとおねね様を見ていた。その惚けている顔からわかることと言えば、今清正の頭の中にはおねね様しかいないということだけだ。

「いやっ、べ、別にそういうことじゃなくて……あー!どうしたらいいんだよ!」
「どうすることもあるまい。要するにお前は、もっと俺たちの会話に入りたいと思っているということだろう。ならば勉学に励めば良い。今からでも遅くないと思うが」

 俺がそう言うと、正則が頭を抱える姿勢のままで俺に視線をよこしてきた。珍しく正則を見下さない言い方をしたことに驚いているような顔だ。俺としても、『まぁ、お前の頭ではいくら学んでも無理だろうがな』と言わなかったことに自分自身で少しばかり驚いた。しかしおねね様は、何か思い当たったかのような顔をして正則の顔を覗き込んだ。

「そっか。わかったよ正則。詳しい原因はわからないけど、つまり正則は三成と清正が大好きなんだね!だからうまくいかずに悩んじゃったんでしょ?うふふ、いい子だねぇ、正則は」

 よしよし、と言いながら正則の頭を、髪型を崩さないように気を付けながら撫でてやるおねね様を見て、正則が何か言いたげに口を開く。しかし自己完結してしまったおねね様にかける言葉が出てこないようで、何度か口をパクパクとさせたあとに肩を落として「うっス…」と呟き、静かになった。珍しい光景だ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいおねね様!俺も…っ、俺もこいつらが好きです!そして、おねね様も!秀吉様も!おねね様も!ていうか豊臣が大好きです!」

 するとそれまでおねね様に見惚けていた清正が、ハッとしたように声をあげた。清正はそこらへんの者よりも頭がいいくせに、おねね様の前になると途端に馬鹿になる。この発言も、おねね様に撫でていただきたいという思惑は明白であるうえに、先の発言ではおねね様を二回言っている。しかしそのことにすら清正自身が気づいていない。重症だ。

「あら、清正も?ほんっとうにいい子たちだね、おいで、清正」

 だがもちろん、おねね様は清正の思惑にも気づかず、いつも他の者を扱うのと同じように接する。それはそれで清正にも救いになるとは思うが。しかしいい年になった図体ばかりデカイ男たちがおねね様に撫でられて頬を染める様子というのは、まぁあまりよい光景ではない。思わず溜息をつくと、おねね様がひとり離れていた俺に
視線を移した。

「どうしたの三成。三成もおいで。撫でてあげるよ」
「いえ、結構です。それに見ていて暑苦しいのですがどうにかなりませんか。ここは俺の部屋ですし」

 すっかりいつもの口調に戻った俺を見て、正則もいつもの調子を取り戻そうと「そ、そーだ三成…っ、」と何か話を吹っ掛けようとしてきたがそれもおねね様に遮られる。おねね様は、正則を自分の胸に押し付けるようにして俺に手を伸ばし、がっしりと腕を掴むと力づくで俺を引き寄せた。体勢を崩して飛びかかるような姿勢になった俺の背中に手を回し、満足気なおねね様の顔がすぐそばにきた。

「うーん、みんなを抱きしめるのに両手がふさがっちゃったから、三成には接吻だよ!」

 その発言に、うげ、と思うのとほぼ同時に頬にやわらかな感触が押し付けられた。清正が「あっ!」と声をあげ、すぐに「羨ましすぎて恨むぞ、三成…」と地に這うような低い声で呟いた。

「ぷはーっ!おね、おねね様!ガチ苦しいっス!」

 そしてようやくスキを見つけて顔をあげた正則が苦しげに息を吐き出す。清正の視線は次にその正則へと向けられる。その顔には『俺もおねね様の胸で窒息したい』と書かれているようだった。

「ほんっとうにみんな、さすがあたしのかわいい息子たちだよ!」

 俺たち三人をまとめて抱きしめているおねね様が満足そうに言うのを間近で見ていると、なにやらいろいろなことが馬鹿らしく思えてきて力が抜ける。そのまま俺たちは、秀吉様がおねね様を探しにくるまでその体勢でいたのだった。































・・・・・
で、秀吉様がまた羨ましそうな顔して、それをみんなで笑うんだろうな。
そして間接キスを目論んだ清正からほっぺにチューされる三成。
それから大喧嘩が始まり、またしても一人置いて行かれた気分の正則w

豊臣万歳!

小田原以後、朝鮮出兵以前の平和な時間!なので皆、気負うものがなく特に三成がとても温和に仕上がりました。笑





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