「…最悪で、最高な夢見た」

 太陽の光が差し込む部屋にいた。ふと会話が途切れたので、言うかどうか迷っていた大して面白くもない話を投げかけてみる。すると目の前の女忍者は、ほよっとした顔を作って視線を下げる私の顔を覗き込んできた。

「怪力女がしょんぼりするほどの夢?」
「アンタねぇ…」

 思わず反射的に睨みつけると、手をひらひらと顔の前で振ってみせたくのいちが「うそうそ」と取り繕った。それから「それで?どんな夢だったわけ?」と一転して興味津々に聞いてくる姿を見ながら、やっぱりコイツも変わってるわねぇ、なんて妙に感心する。他人が見た夢の話なんて、別に面白くもないだろうに。

「それがさ。あたしは、今の私のままなんだけど」
「ふむふむ」
「……一頭の馬が、遠くから走ってきて」
「ほうほう」
「…あたしの前で、止まるわけ」
「ふーん。白馬の王子様ってやつ?乙女だねぇ、怪力姫」
「ちょ、馬鹿!ちゃんと聞きなさいよ!」

 ついくのいちの言葉にキーキーと叫びつつ、「まぁまぁ落ち着いて続きを」とか促されると再び言いづらいような感覚に苛まれる。思わず正座している姿勢を正して、手を膝の上に載せた。

「…それで、」
「うん」
「馬に乗ってたのが、」
「うん、誰?」

 思い出すだけでも、胸の奥が熱くなるような感覚。苦しいのと少し似ているかもしれない。下げていた視線を、一度くのいちに渡す。目が合うと、それからすぐにまた畳を見てしまう。拳をぎゅっと握った。

「お館様だった」
「………」
「馬から降りてさ、言うんだよ」
「なんて?」
「…お前、いい女になったな。って」

 くのいちが、ピタリと動きを止める。ついでに口も動かなくなってしまった。余計に居づらさを感じてきて、やっぱり夢の話なんてするんじゃなかったと後悔し始めた時、不意にくのいちが笑った。なぜ、ここで笑う?

「なーんだ、願望じゃん、願望」
「ちょ、アンタねぇ…人ごとだと思って…」

 いつもみたいにニヤニヤ笑ってるくのいちを見てるとなんだかいろいろ腹が立ってきて、思わずその緩んだ頬をギューッとつまみ上げた。

「いた、いたたたたた!怪力姫、痛い!」
「うるさーい!あたしの切ない気持ち返して!」
「なんだ怪力姫、切なかったの?」
「う……うるさいわねっ。切なくって悪い?」
「いーえー別にぃー」
「……やっぱりむかつく!」

 一度は離してあげた頬を再びつまみ上げる。けっこう強くつまんでやったから、本気で痛がって腕をバシバシ叩かれる。

「…まったく。どうせお館様がまだ生きてるアンタには分かんないわよ」
「うーん、ま、確かに分かんないかも…いててて…」

 つまんでやった頬が赤くなってる。ざまぁみなさいよ!と言おうとして、やっぱり私の願望にしか過ぎないのかな、と頭の中で呟いた。いい女になれよって、お館様が言ったくせに。言うだけ言って、結局いい女になるとこと、いい女になった後を見ててくれないなんて。

「…勝手すぎる」
「そうかにゃー?」
「……そうかにゃーって、アンタあたしの心の声を読んだの?」
「え、口に出てましたけど?」
「まじで?」
「まじで」

 くのいちの顔を改めて見ると、おかしかった。片方だけ頬が赤い状態がこんなにヘンテコだなんて思わなかった。思わず吹き出すと「怪力姫のせいだかんねー!赤みが引くまで幸村様のところに戻れないー!」とか言いながらポカポカと叩かれた。

「ごめんごめん、ちょっと強くつねりすぎた」
「ホントだよ、もう。ホント怪力なんだから」
「うるさーい。またつねるわよ」
「つねられる前に逃げますよーだ」
「なんですって!」

 売り言葉に買い言葉、あたしたちのやりとりって結構単純だけど、こうしてじゃれあうのって悪くない。今度は逆の頬をつまんでやろうと思って飛びかかると、くのいちはひょいと避けてあたしは見事に畳に突っ伏した。それを見たくのいちが「忍者ナメないでほしいにゃー?」とか言うから「なにをう!?」とか言ってまた飛びかかったり、バカみたいにやりあってると遠くから幸村様の声が聞こえた。

「あ、幸村様が呼んでる!」
「へっへー、スキあり!こっちも赤くしてやるぅぅぅ」
「あひゃひゃ、やめてー」

 幸村様の声に反応して一瞬動きを止めたスキを見て頬をつまむ。するとまた痛い痛いと腕を叩かれる。赤くなるまで離してやるもんですか!
 と、思っていたけど流石は忍び、今度はあたしの力が一瞬だけ弱まったスキをついていなくなった。私の身体は空振りしてまた畳に突っ伏す。なによこれ!あたしは畳が友達なわけじゃないのよ!バッと上半身を上げて見ると、襖の前にくのいちの姿があった。そして私と目が合うと、人差し指を自分の口元に添えてみせた。

「…甲斐ちんの気持ちはまだ分かんないけど、氏康のダンナの気持ちはちょっと分かるよ。最近、甲斐ちんいい女になってきたと思う」

 そしてそれだけ言うと、最後に「じゃあねー」とか言って消えてしまった。未だ下半身はべったり畳に付けたままだった姿勢から、ハッとして窓に駆け寄った。既にくのいちは幸村様と一緒に歩き始めていた。まったくといっていいほどこっちを振り返らない。

「…なんなの、あの子」

 いつもそう。結局あたしのこと心配してくれてるんだ。あたしだってあの子のこと心配してるけど、お互いそれは口に出さない。口に出しちゃいけないわけじゃない。でも出さない。それがあたしたちだから。でも―――

「いい女になってきたって、なによ」

 余計、お館様の口から聞きたくなるじゃない、馬鹿。
 でも悔しいから。あの子に慰められて借りができちゃったのが悔しいからあたしはこう言うの。

「あたしは元々いい女だー!うがぁーっ!」

 その瞬間、政兄が驚いて階段から転げ落ちたのはあの子には内緒。


























***
氏康のダンナってしびれるぅー。←
かっこ良すぎて惚れまくりですが、嫁が義元公そっくりっていうのがまたイイです。笑





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