世の中ではバレンタインだのなんだので浮かれてやがる。そんなくだらねぇもんにいちいち付き合ってられるか。と、毒づいていたが自分の鞄を見て海堂は少し唖然とした。今年のバレンタインデーとやらは休日と重なっていて学校は休みだが、部活のために午前中出てくるのを予想済みでロッカーの前に誰が置いたのか箱があり、その中に俺宛てのチョコレートが積んであった。バレンタイン?くだらねぇ。そうは思っていても、いくらなんでも貰ったものを…それも食べ物を捨てるなど罰当たりなことはできない。とりあえず鞄に詰め込み、気にしないことにして部活に励み、そして鞄の中身のことをすっかり忘れた状態で戻ってきて、思い出して唖然としているのだった。世の中には物好きなやつもいるもんだな…。最早呆れたような気持ちすらしていた。甘いものはあまり好きではないが、見たところチョコレートを置いていった連中もそれはわかっていたようであまり甘くなさそうで、量的にも少なめのものばかりのようだった。しかし個々では良くても、それがいくつもあると話は別だ。もともと菓子類を食べない海堂にとっては地獄以外の何ものでもなかった。もちろん思いつく手はあった。よく食べる桃城や菊丸先輩にやれば喜んで消費してくれるだろう。しかしなんだかそれは己のプライドが邪魔をして実行に移せなかった。しかもつい今しがた、桃城にチョコレートが入った鞄を覗かれて冷やかされたばかりだ。その時は「うるせぇ」の一言で片付けてしまったが、もっと上手い返し方があったのではなかろうかと、少々気に病んだ。たとえば、食いたいんなら食え、とか、こんなもんいらねぇからお前が片付けろ、とか、とりあえずどうにかして処分しなければならなかった。家に持ち帰ったところで弟も食べない。母親も食べないだろうし父親などもってのほかだ。むしろ社交辞令で受け取ったものを持ち帰ってきて俺と弟に「食べていいぞ」と渡すだろう。どうしたらいいんだ。
 頭をフル回転させながらロッカー内を片付けた。じゃ、お先ッス。と未だ残るらしい皆をちらりと横目で見てから部室を出た。するとすぐ横に乾先輩が立っていた。
「行こうか、海堂」
「はい」
 休日の部活はいつもより早く終わるため、その後はよく乾先輩と特訓をした。乾先輩の組んだメニューをこなすのにも慣れてきたところだ。実際は乾先輩の見積もったメニューよりも少し多くやりこなすが、それすらも見抜かれているらしいことは知っていた。しかし俺はそれ以上に特訓に励むことはしなかった。俺が出されたもの以上にトレーニングをすることを知っているうえでメニューを組んでいるのだから、俺がまたそれ以上にトレーニングをしても意味はない。身体を壊すだけだ。というよりも、前に一度やりすぎて疲れきった果てに、乾先輩の特製汁を飲まされたことがあった。死ぬかと思った。
「ふむ、海堂の場合小さめの袋がだいたい27個ほどといったところか」
 いつも特訓をしている川原に向かう途中に、いつもよりも膨らんでいる鞄をまじまじと見られた挙句に個数を言い当てられた。
「なんでわかるんすか」
 言い当てられたことに若干気味の悪さを感じながらも、問い返してみた。
「なんとなくだ。しかし俺が予測した数は23個。4個も誤差を出してしまった。やはり人間の心理が相手では予測が難しいな。しかも女子ともなると」
 俺の予測では、今年のバレンタインデーは休日と重なることと、渡したくても渡す勇気がない女子がいることを考えて少し少なめに予想を立ててみたんだ。増してや海堂は甘いものが好きではないから、尚更少なめにな。言いながら、いつものノートに何かを書き個む。たぶん俺の鞄の中のチョコレートの個数だろう。
「乾先輩はいくつ貰ったんすか」
 特に会話が続く様子でもなかったので、なんとなく話を振ってみた。すると乾先輩の表情が少し固まった。そしてちょっと恥ずかしそうに「理屈じゃない…」とだけ口にした。それ以上恥ずかしがる乾先輩を見るのは非常に恐ろしかったので、その話題は続けないほうがいいだろうと判断した。
 それからいつものように、乾先輩に見てもらいながらトレーニングを行った。川の中に入ってブーメランスネイクの練習をしていた最中、乾先輩が少し何か言いたげな顔をしていたようだが距離があったために話しかけられることはなかった。その後ランニングに移っても特に何も言われなかったので大したことではなかったのだろうと思っていた。
「そういえば手塚は今年もすごい量を貰っていたな」
 帰り道も途中まで一緒なので二人で歩いていると、思い出したように乾先輩が口を開いた。
「すごかったっすね。俺も見ました」
 思い出しただけで倒れそうになるほど、手塚部長はたくさん貰っていた。もちろん鞄に入りきらずに別の袋に入れて持ち帰ろうとしていたのを見た。
「俺が見た限り76個はあったな…しかし手塚は学校だけでなく、近所の人などからも貰っているようだからまだ増えるはずだ」
 淡々と述べられる数字に卒倒しそうになる。チョコレートの話になると精神力で勝つなどとは言えなくなる。気が狂いそうな数字だ。
「手塚部長は全部、自分で食べるんすか」
 果たして乾先輩に聞いて明確な答えが返ってくるかはわからなかったが、聞かずにはいられなかった。30個近く貰った自分ですら困っているというのに、手塚部長はどのように処理するのだろう。
「うん、自分で食べるんじゃないかな。手塚の場合は部長や生徒会長という割と目立つ役割をこなしているから人目につきやすいことと、直接渡そうとしても受け取り拒否をされるが、今日のように間接的な方法で渡された場合には渋々でも持ち帰るということが予測されやすいためにああなるんだ」
 直接渡しづらいことと人様からの頂き物を捨てることを嫌うところでも海堂と手塚は似ているな。今まで前を向いて話をしていたが乾先輩が少しだけこちらを向いた。その顔はとても普通の、普段の表情だった。
「ああ、そうだ」
 俺が返事をしないでいると、また思い出したように乾先輩が声を出した。
「海堂、今日のブーメランスネイクの振り抜きの練習中に気がついたんだけど…フォームがより良くなったな」
「え、あ、そ、そうすか」
「ああ。以前から、もう少し腰のひねり方と肩の位置を変えることが出来れば…と思っていたんだが、身体に染み付いたフォームはなかなか変えられないものだ。フォームを変えるということは、プレイスタイルを変えることに繋がってしまう場合もあるからな。海堂のブーメランスネイクは苦労して掴み取った技だ。尚更、フォームをいじるなんてことはできないと思っていた」
「………」
「あれはどうやったんだ?自分で直したのか?」
「あ、いや…そうっす。俺、自分の部屋に鏡があるんすけど、素振りしてたらたまたまその姿が映ってて…ちょっと違うんじゃねぇか、って…」
「…なるほど。すごいな、海堂。ここまでやれるとはな。海堂に関するデータを更新しておこう」
 言って、くい、と大してずれてもいない眼鏡を中指で押し上げた。
「…ありがとうございます」
 とりあえず誉められたことに対しての礼を述べると、ああ、ちょっと待て。と言って乾先輩は鞄を地面におろした。ジッパーを少し開けて、何やらごそごそと探しているようだ。不思議に思ってじっと見ていると、ああ、あったあったと言って何やら箱を取り出した。
「これをやろう」
 鞄を持ち直した乾先輩から渡されたのは、濃い紺色の小さめの箱。金色の流れる字でGODIVAと書いてある。
「…ゴディバって、」
「チョコレートだ」
 書いてある字を読んでみれば、さも当たり前かのような言い返しを受けた。
「…乾先輩が…俺にっすか?」
 あまりの事態に少々顔が引きつる。もともとバレンタインデーというのは、女性が男性に想いを込めてチョコレートを贈るものであって。
「そうだ。俺から海堂に、だ。さすがに手作りは気持ち悪いだろうから市販のものだ」
 正直、もらったことより何よりも手作りでなくてよかったという気持ちが本音だった。これが手作りだった日には俺は本当に死ぬことになっていただろう。
「気が振れたんすか?」
 しかしバレンタインデーに、男が男にチョコレートだと?女同士で渡し合うということが最近流行っているらしいと聞くが、さすがに男同士は気持ちが悪すぎる。実のところさっきから背中から腕にかけて鳥肌が立っている。
「気持ち悪がる確立は100%、予想しなくても分かることだ。しかし俺の目的は別のところにある」
「別のところ?」
 俺が聞き返すと、立ち止まっていたままだったことを思い出したのか乾先輩がまた歩き出した。俺もすぐに歩き始め、さきほどと変わらずに二人で並んで歩いている状態になった。ただ変わったことと言えば、俺の右手に例の紺色の箱が握られていることだった。
「海堂、お前は俺の組んだメニューをしっかりとこなして、俺が望んだように力をつけてくる。俺はそれが嬉しいんだ」
「…はあ、」
 なんだか誉められているようだが、いまいち意味がわからずに微妙な返事をしてしまう。
「知っているか?お返しは3倍返しという言葉を」
 言って、少し口元を綻ばせた。
「3倍返し?」
「俺は海堂が、3倍返しで返してくれることを期待しているんだ。俺が今回あげたのはチョコレートだが…3倍返しというのはもちろんチョコレートの話ではない。テニスでの話だ」
「………」
 次は俺が、しかし今度は無言で立ち止まってしまった。それにすぐに気づいた乾先輩も、1歩進んだところで立ち止まって振り返った。
「お前が3倍の力をつければ、俺ももっと力をつける。俺たちが力をつければ、皆も力をつけてくる。例えこれから先、俺と海堂がシングルスで試合をして俺が負けたとしても、それほどまでの力をつけてやったのは俺だからな、きっと嬉しいと感じるだろうな」
 ニッと、口元を笑わせる乾先輩を見ながら、ああ、俺はいい先輩を持ったな。と思った。




















***

冬にバレンタインネタを書いてる私って…
てか2月って既に3年は引退…とかリアルなことは考えるべからず。時系列がおかしかろうが俺は気にせん!すべては妄想だからだ!笑






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