「どうした赤也。文句があるのなら言ってみろ」
 どうあがいてもこの人には勝てない。そんな気がした。それはテニスでの話ではなく、人間として、だ。頭の良さとでも言うべきか。この人の頭の回転数は並じゃない。俺なんかどう頑張ったって追いつけないような、もはや違う次元にあるんだとすら思える。
「…なんで俺だけ、壁打ちだったんすか」
「ああ、そのことか。壁に書いてある点に当て、更に返球したボールを地面に書いてある点にあてる。コントロールを鍛えるためには一番効果的だろう」
「そうじゃなくて!」
 俺の訴えもどこふく風といった様子で、相変わらず涼しい顔を少しも崩さない柳先輩に俺はやきもきした。
「じゃあなんだ。もっと明確に言葉を選べ。そうでなければ伝わらん」
 ほら、この顔だ。この表情。ちくしょう。
「先輩達は試合形式の練習だったじゃないスか!俺だって試合したかったッス。ここ最近ずっと基礎練習ばっかりで、俺もう試合したくて仕方なかったの柳先輩だって知ってたじゃないッスか!」
「ああ。知っていた」
 とうとう俺がわめきだしても、やっぱりこの人の表情は少しも崩れない。俺の訴えに対して、即答でひとこと答えてしまったのだ。バカにしてんのか、と思うと頭に血がのぼるのが自分でもわかる。
「……、」
「だが赤也。お前とて基礎がどれほど大事かわかっているだろう。基礎があってこそ、応用が使える。ここ最近のお前のテニスは、どうも基礎が崩れてきているように思う。だから今日はひとりだけ壁打ちをさせた。それが不満だったのか?」
 不満だったのか、と言われてイラッとした。不満もなにも、さっきも言った通りだ。試合がしたくてたまらなかったって、さっきから言ってんだろーが。
「…目が充血してきたな。俺に意見してみろ」
 どこまでも余裕な顔の柳先輩。その涼しい顔、どうにか崩してやりたい。
「だいたいアンタいつもそうだろ。幸村部長と真田副部長とアンタ、三人は俺と練習試合できないように組みますよね。なんでッスか。俺はいつだってアンタたち倒す気でいるってーのに」
「まだお前に俺達は倒せまい」
「ああ?どこからその自信が湧き上がってくんスか。試合なんて毎回なにが起こるかわかんねーだろ」
「ならば言わせてもらうが、総括的にお前を見ていても精市と弦一郎と俺の三人のうち誰か一人にでも勝てる可能性は0パーセントだ。どこからその自信が湧き上がってくるのか、俺からもお前に尋ねたいものだな」
 ぎゅ、と拳に力がこもる。爪は短く切りそろえていたが、あまりに強く握り締めすぎているようで手のひらに爪が刺さって痛い。しかし今はそんなことどうでもよかった。とにかく売り言葉に買い言葉、更には俺の発言を引用されたものだから腹立たしい。
「…俺は絶対、アンタたち三人を倒す。ナンバーワンは一人でいい。強いのは俺だ!」
「ふ、勢いのみで俺達に挑むのは自殺行為と言えるだろう。とにかく今のお前では無理だ。いくら目が充血しようとも凶暴化しようとも、俺達はお前の技などすべて的確に返球することができる」
「だから…試合なんてどうなるかわかんねーっつってんだろーが!」
「ふん、その時は勝っても次の時に負けてしまっては意味がない。一か八かの賭けでの勝利など本当の勝利ではない。ただの偶然でしかないのだからな。お前はそんな偶然の勝利が欲しいのか?たまたま俺達に勝ったからといって、そこで満足してしまうのか?」
 すらすらと述べられて、ぐ、と押し黙る。次に言葉が出てこない。ちくしょう、悔しい。ますます頭に血がのぼる。ああああ、腹が立つ。なんでこんなやつが強いんだ?なんで俺はこんなやつに負けちまうんだ?
「……」
 悔しい気持ちが胸の中をうずまいて、出口を探してまわってる。もうどうしようもなくただ柳先輩の糸目をにらみつけた。するとまた、ふ、と息をもらすような笑い方をして、その瞼をあげた。鋭い視線が、俺を怯ませる。
「だいたい、口で俺に勝てるとでも思っているのか?」
 言われた瞬間、ああ、そうだったと思った。この人に口で敵うはずがない。真田副部長には力で敵うはずもないし、幸村部長には臨機応変さと芯の強さでは敵わない。あー、俺、なにやってんだろう。色々考えると、先輩たちってみんなそれぞれに得意なことを持ってて、俺には敵う隙なんてまったくない。柳生先輩は他人への気遣い、仁王先輩は他人の行動を読み解いて自分のものにする実力、丸井先輩は妙技と食い気(これは誉めるところじゃねーか…)、ジャッカル先輩は超人的なディフェンス。こうやって考えてみると俺には何もないような気がする。ただ目が充血して、暴走して、相手にボールぶつけまくるだけ。いつも失格ギリギリのところだ。
 頭にのぼっていた血が、爆発することなくさーっと引いていくような感覚がした。
「赤也」
 不意に呼ばれたかと思うと、もう柳先輩の目はいつもの糸目になっていた。俺が声をあげることもなくじっと見つめると、近づいてきて俺の顎を片手で掴んだ。
「なっ…」
 一瞬、これから殴られるのかと思って体が硬直したが、無理やり上を向かされて、あ、と言う暇もなく目薬を差された。柳先輩はよく目が充血すると目薬を差してくれるが、いつもその動作は素早すぎて頭がついていかない。以前その様子を見ていた丸井先輩が「赤目モードの時に目薬差したって効果ないんじゃねーの、乾燥とか疲れ目の充血じゃないんだし」と言っていて、それに対して柳先輩は「目薬は普通そういった用途に使うものだが、効果はどうであれ目薬を差すという行為自体で赤也の暴走しすぎを食い止める。そのために行っているに過ぎない」と言っていたのを思い出した。
「………」
「今日は充血が引くのが早いな。少しは落ち着いたか?」
 顔を正面に戻して、柳先輩を見る。その顔はさっきと少し違って穏やかだった。ちくしょう、この人わざと俺をイラつかせて遊んだな、と思ったが再びキレる気にもならなかったので、そのことに関しては何も言わないでおくことにした。
「…どうも、すみませんっした」
 目線をはずして、口を尖らせて言うと、頭をわしゃわしゃと撫でられた。俺って実はなにもねーんじゃん、って落ち込んでる今では、その手を払いのけることすらする気になれなかった。
「赤也」
「なんすか」
 何度呼んでも同じですよ、赤也くんはしょんぼりモードですからね、もう目を合わせる気もしません。と、心の中で呟く。
「なんだか突然落ち込んでしまったようだが…」
「……」
「お前は誰よりも向上心の高いやつだ。誰よりも負けん気が強くて、どこまでも上を目指すことのできる人間だ。お前の一番の武器はそれだ、なにも案ずることはない。その気迫と積み続ける経験、そして実力を持って、俺達に挑んでくるんだな」
 ぽんぽんと頭を撫でて、その手が離れる。柳先輩の体が俺の横を通り過ぎて、パタン、と後ろから部室のドアが閉まる音がした。ああ、悔しい。あの人は俺の考えていることまでお見通しなのか。敵わない。敵うはずもない。なのにあんな言い方されたら、もう頑張るしかねーじゃん。俺の一番の武器は向上心?…わかったよ。やるよ。やってやろうじゃん。俺はいつか、三人のバケモノを倒す。それも6−0で倒してやる。
「…っし!」
 俺は両手で自分の両頬を叩いて、直立したままだった右足を、大きく一歩踏み出した。
























***

あ?終わり方がおかしくなった。口で俺に勝てるとでも思ってんのかって言わせたかっただけなんだ。



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