柳生先輩が眼鏡を外した顔が見たい!と、ダブルスでペアである仁王先輩に訴えてみた。だってこの間、水泳の時すら眼鏡を外さないとか聞いたもんだから、どんだけ素顔が貴重なんだろうと思って気になって仕方がない。すると仁王先輩はいつもより気だるい表情で「あー、そうじゃのー、俺もまじまじと見たことはないが…でも俺と入れ替わった時には顔出とるじゃろ、見えんかったのか?」お前さん、目は悪くなかったはずじゃろ?と言って顔を覗き込んできた。違うんスよ、変装とかじゃなくて、本当に素面の、素顔の柳生先輩が見てみたいんッス!と多少ジタバタしながら言ってみる。
「んなこと言われてものー………あ?そういえば、」
「なんすか?」
「一度だけ、自分で眼鏡を外したことがあったの」
「え?いつッスか?どんな場面でっ?」
「もうそりゃだいぶ前のことじゃ、一度だけ、柳生が他校との練習試合で負けたことがあっての」
「えっあの柳生先輩が?」
「そうよ。その時の柳生は…まぁスランプみたいな状態だったってのもあるが、どんな理由でも負けを許さないのが真田じゃろ、」
「…鉄拳制裁すか?」
「おう。真田の前に立った柳生は自ら眼鏡をはずしたんじゃ」
「……なんか想像できるッス。かっこいいじゃないですか」
「まぁしかし俺も真正面から見とったわけじゃないからな。素顔を直視したのは真田だけじゃろうな」

 結局その時、スランプに陥っていた柳生先輩は焦った末に日常的に並外れたトレーニングをしていたようで、いざ殴られようとした瞬間に倒れてしまい鉄拳は喰らわなかったらしい(俺も一回倒れてみようかな!)。とにもかくにも、柳生先輩の素顔が見られるかもしれない条件は理解した。柳生先輩が誰かとの試合に負けて真田副部長の鉄拳を喰らうことになれば、見られるんだ。そうと決まれば俺の行動はすばやくなる。柳生先輩のレーザーをどうしても破ってみたいと柳先輩に頼み込んで、試合を組んでもらうことができた。なんだか柳先輩には俺の思考なんて読まれてそうだが(なんか意外とあっさり承諾されたんだよなぁ)、柳生先輩と試合ができるとなればもうそんなことはどうでもいい。
「じゃ、いきますよー!」
 いざ試合を始めてみると、さすがというべきか、まず動きが素晴らしい。ネットのこっち側から見てても不思議だ。柳生先輩のテニスはそのあだ名の通り、紳士の嗜むもののようだ。しかも隙がない…。がむしゃらにぶつかっていく俺のテニスとはまるで違う。ちくしょう、このままじゃ俺が普通に負けちまう。
「柳生先輩っ!」
 ぱこーん、とボールを打ち返しながら話しかける。
「なんですか切原くん、試合中ですよ」
 律儀に返事を返すところでさえ、紳士らしさを感じる。
「レーザー打たないんですかっ!」
 柳生先輩の右側へ打ち込む。
「いいんですか?打っても」
 対角上、俺の右側へ打ち返される。
「俺は柳生先輩のレーザーを破るために試合お願いしたんです、よ!」
 ちょっと挑発するように、右利きである柳生先輩の打ちうやすいところへ打球をぶちこんだ。すると、ふ、と柳生先輩の口角があがったのが見えた。
 パシ、と音がした、と思った瞬間には俺の足元でボールがバウンドしてた。
「!」
「ふふ、反応が遅れていますよ、切原くん」
 ずれてもいない眼鏡をくい、と押し上げる柳生先輩。ていうかちょっと待て聞いてねぇ、レーザービームの威力が上がってるなんて誰からも聞いてねぇ!このあいだのOBとの練習試合の時だって威力に違いはなかったし、え、待てよ、いつの間にか威力をあげてたのに、OB相手に本気出さなかったってことか?おいおい…やべーよ、こんなの打ち返せるわけがねぇ!
 しかし試合を挑んだ側である俺が、やっぱ無理でーす、なんて言えるわけもない。そのまま試合続行。もうタイムなんて13分をゆうに越えてる。あー、敵わない。俺の攻撃を凌ぎきってるわけじゃねぇから、延々と追いかけっこみたいにスコアがついていく。あー、だめだ、隙がねー。もうどうでもよくなってきた。チャチャッと終わらせたい。
「おや、切原くん…目が充血してきていますね」
 言われた瞬間、俺はまさにジャンプしたところで、無意識に柳生先輩の右肩を狙ってた。一瞬だけ我に返って、あ、やべ、とか思ったけど遅かった。
 スッ、と音がした。いや、しなかったかも。でも効果音的にはスッ、だった。それは柳生先輩のよけ方でもあったし、右肩とボールが掠れた音でもあった。一瞬で周りが静かになって、俺たちの試合を見ていたジャッカル先輩が視界の端で顔を真っ青にしているのが見えた。柳生先輩がボールをよけた姿勢を立て直し、襟を触る。その表情は特にいつもと変わらない。
「間一髪でした、」
 そしてまた口角だけをあげて微笑む。あ、なんか俺今ムッときたかも。
「レーザーの威力があがってるなんて聞いてねーよ」
 ぼそり、呟いてから背を向ける。また柳生先輩が鼻で笑ったような気がして、更にムッとする。再びゲームを始めても、一向に隙の見えない柳生先輩。俺はもう頭にのぼった血をどうすることもできずにただひたすら猛攻撃をした。無理な体勢からでもスマッシュを打ち込み、どんなに正確なコーナーショットも俊足で拾いに行った。そして俺は気がつく。柳生先輩の素顔が見たい…だって?そんなの、眼鏡壊しちゃえばいいんじゃん。その時、たまたま絶好のロブがあがった。もーらい、と思って高くジャンプする。その綺麗な紳士の顔にダンクをお見舞いする気だった。
 バゴッ、とおよそテニスではあまり出ないような音をさせてボールを打っていた。今度ガット張替えに行こう。しかし俺が次に見たのは、柳生先輩の、眼鏡をかけたままの顔だった。それを着地しながら見た。まるでスローのように見えた。俺のボールを、柳生先輩はいなしてしまった。ラケットの面を俺のほうに向けて、下から素早く引き上げていたのだ。俺の強烈なダンクは、ロブがあがった瞬間に体めがけてダンクがくることを咄嗟に予測した柳生先輩に、それはそれは見事にいなされ、そのボールは先ほどよりも高いロブとなって俺を通り越す。俺が着地して振り返ると同時、そのボールはラインのちょっと手前に落ちた。
「………」
 無言で、柳生先輩を振り返る。その顔はさっきと同じで、口角をあげて微笑んでいた。口角だけを、わずかにあげて。と、次の瞬間、首の後ろが硬くも柔らかくもないもので叩かれる。そこはナントカのツボがあるところで、そこって叩かれたら失神すんだよな。いや、俺の場合失神とまではいかなかったが、一瞬体の力が抜けてガクッと地面に膝をついた。誰だ、と目が真っ赤な状態で睨み付けようと顔をあげる。そこには見慣れた糸目の長身データ男。
「柳生、すまないな。赤也が限界のようだ」
 そしてそれだけを告げると俺の首根っこを掴んでコートから離れ始めた。なにすんだ!まだやんだよ!と喚いたがそのままベンチに座らされ、容赦なく首を掴まれて上を向かせられる。そして素早く俺に目薬をさすと、はぁ、と浅くため息をついた。この人の行動が素早すぎてなにがなんだか理解が追いつかないが、とにかく試合を中断させられてしまった。
「なにすんスか!俺まだやれ、」
「赤也」
 抗議の声をあげようとすると、呼ばれるついでに柳先輩の目が開く。するとまるで俺の体は動かなくなる。これってやっぱりアレ?柳先輩の目って開いたら石になる…のか?ていうか金縛り…かも。ほら、この人ちょっと日本人形っぽいし。
「頼むから柳生だけは怒らせないでおいてくれないか」
 しかし柳先輩の口から出てきたのはお怒りの言葉でもなんでもなく、頼みごとだった。
「へ?なんでッスか?」
「お前な…柳生こそ立海レギュラーの中でも最も恐ろしい人物だということを知らないのか」
「そんなわけないでしょ、あの人紳士なんだし」
「そこだ赤也。ああいう礼儀正しく節度を守っているタイプこそ、根が恐ろしかったりするものだ。柳生は根本的なところで精市に通じるものがある、と言ったらわかりやすいか?」
「幸村部長と…ですか?」
「ああ。まぁ俺自身、柳生が激怒したところを見たことがないので何とも言えんが…」
「でも…そいうやよく聞くかも。大人しいやつほどキレたら怖いって」
「ふむ。まぁそういうことだな」
 俺の持っているデータから推測してみたんだが、おおよそ柳生が激怒した場合赤也の充血モードの13倍の威力だろう。とノートを開きながら呟いた柳先輩。ちら、と柳生先輩を見る。さきほどのコートよりも離れたところに、後姿があった。ん?
「っあーーーー!!!!柳生先輩っ!!!!」
 途端俺は大声で叫ぶ。これは柳先輩すら予測できなかったようで、咄嗟に両耳を手で塞いでた。しかしそんなことよりも、俺が指差したさき、その後姿は、右手に持ったタオルで顔や首の汗を拭き、左手には……眼鏡を持っていた。
「ん?」
 しかし振り返った柳生先輩の顔は、いつもの眼鏡姿だった。振り返る動作のうちにかけてしまったのだ。唖然とする俺を見つけた柳生先輩は、今度はにわかに口を開けてさわやかに笑った。


























***
小ネタにするつもりが…長くなってしまった。とりあえず赤也目線は書きやすいことに気づいた。




back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -