タタタタタタタタ、

 部室には控えめだが尋常ではない音がしていた。その音を出しているのは柳で、右手の下には電卓が置かれていた。左手で書類を押さえ、糸目は開眼されることもなく文字を追っているようだった。
「………」
 たまに電卓を叩く音が一瞬だけ途切れる。これは左手で書類をめくるときに入力する文字が途切れるからだ。
「………」
 小さなテーブルを挟んで向かい側に座る真田は難しそうな顔をしてその様子を見ていた。その腕は組まれていて、背中はパイプ椅子の背に預けられている。
 部活が終わって、着替える前に真田は部誌を、柳はデータノートを書いているときだった。真田が「そういえば蓮二に頼みがある」と切り出し、「俺にできることであれば受けよう」と柳も返事をしたのだった。そして真田が出した紙の束が、今まさに柳が左手に置いてある書類だ。内容は予算についてのもので、いろいろと誤差が生じているところに臨時での出費などが重なり、部費の状態が少しわからなくなってしまっていた。テニス部の部費を担当している教師からこの書類を受け取ったものの、ありとあらゆる数字が細かく並んでいて真田は目が痛くなっていた。しかしこういったものは蓮二が得意だろう、と思い立って渡してみたのだった。
 そして今、書類にざっと目を通した柳が所々訂正を入れ、最終的に数字を出しているところだ。

タタタタタタ、タ

「ふむ。確かに出費は前年度よりも多くなっているな。しかし先日の強化合宿を兼ねたジュニアカップで優勝したときの賞金が加わり、更に来月予定されている県大会でも優勝するだろうから赤字率は下がるだろう。今年度前半使いすぎた分、後半少し抑えていけば大丈夫そうだな」
 柳の眉尻がわずかに下がって口角がわずかにあがる。ふ、と息をつくように笑うときの顔だ。
「そうか。さすがだな蓮二。俺はその数字を見ているだけで頭が痛くなるようだったぞ」
 相変わらず気難しい表情がとれないまま、真田が柳の糸目を見つめる。
「人には向き不向きもある。俺の場合は親が会計士だからな。自然と数字には慣れている。門前の小僧、習わぬ経を読む…といったところだな」
 言いつつ電卓を書類の上に乗せて真田の前に差し出す。
「しかし蓮二、お前は暗算が得意だろう。なぜ電卓など」
 さきほどの信じられないスピードでの検算はまるで柳の暗算が形として現れたようなものだったが、いつも柳はどんなに大きな数字であっても正確に暗算で答えを導き出せていた。しかし今回はなぜか「電卓を借りたいのだが」と言ってきたので、真田は少し疑問を感じていた。
「ふ。いつも暗算で計算をするのになぜ今回は電卓を使ったのか……それは過信しすぎだ、弦一郎。今回の部費に関しては確実に正しいデータを出す必要があった。少し入り乱れて誤差が生じていたからな。俺とて人間だ、間違いが起こる確率もなきにしもあらずだ。俺の暗算と電卓での計算、最終的に答えが合うかどうかの確認をするために使用しただけのことだよ」
 さらりと述べてしまう柳を見て、真田はひどく感心した。
「ふむ。なるほど…いい心がけだ。お前は本当に妥協というものを知らないのだな」
「弦一郎に言われてもな…結局は同じ穴の狢に過ぎないな」
 また柳がふ、と笑った。真田もようやく眉間の皺を伸ばした。
「しかしなぜあんなに電卓を早く叩けるのか…と言いたそうな顔をしているから言っておくが、俺は1秒間に数字を7文字しか叩けない。最も早い人は1秒間に8個もの数字を叩くというのだから、これくらいで驚いていてはいけないな」
 今度は眉はそのまま、口角だけわずかにあげた顔をする。にやり、とした顔だ。心の内を予測されて少し恥ずかしくなった真田は書類と電卓を掴み取ると「いいからさっさと着替えろ」と言って部室を出た。職員室に向かう途中、少しだけ立ち止まって電卓を叩いてみたが1秒間に1文字叩くのがやっとだった。





























***

柳は電卓すっげー早いと思う。でも真田は絶対使えないと思う。もう並んでる数字を探すのに必死!みたいな。笑




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