「かわいいのか…?」
 隣でジャッカルが呟いた。
「どうやら3年の女子の間では人気が高いらしいのう」
 俺が答えてやれば、そういうものなのか…と言って目を細めた。
 目の前のコートでは相変わらず長いラリーが続いていて、俺たちが負けるはずがないという意気込みが伝わってくる。なにも練習でそんなに疲れることせんでもよかろう…。

 今日の練習はいつもと違うペアでダブルスをやることになった。これは今現在入院中の幸村の発案だった。
『いつも同じペアで練習をしたってつまらないだろう。たまには違う人間と組んでみなきゃ、突然の怪我なんかにも対応できなくなるよ。それにいつものパートナーの良さに改めて気づくのも必要なんじゃないかな』
 いかにも幸村らしい発案だと思った。積み重ねは大事だと言っても、確かに毎回同じような練習ではすべてに行き届かない狭いテニスになってしまう。いい案じゃの、と俺も乗り気になって試合に挑んだ。最初は丸井と俺が組んで、相手はジャッカルと柳だった。守備範囲の広すぎるジャッカルと、職人肌で無駄のない柳のペアはとてつもなく厄介で、柳に鉄柱当てを拾われた丸井が意地になってしまい、連携がとれなくなって結局俺たちのペアが負けた。
「ジャッカルの守備範囲が異常に広いおかげで俺の妙技が成り立ってたなんて…」
 試合の直後、丸井はジャッカルの肩をポンポンと叩いて頷いていた。俺は俺で、いつも俺に合わせて動いてくれていた柳生が恋しくなった。丸井がボレーに集中すればするほど、俺の仕事が増えてとても面倒だった。柳生なら空気を読んでくれるのに、と試合中何度思ったか知れない。
 そして今行われているのは、柳生と柳のペアと、真田と赤也のペアだった。なんとも異色すぎるペアに、これは見物とばかりにギャラリーがたくさん集まっていた。半分は女子だが、残り半分はサッカー部など自分たちの部活を放棄して来たものだった。
「まかせろ赤也!」
 まさに試合は熱戦で、真田が声を張り上げると周りが静まり返るからかえって面白かった。
「頼んだッス!真田副部長!」
 そして相手の柳・柳生ペアのようにその場の空気や人間の思考を読み解く能力が優れているわけでないふたりは、とにかく声を出して連携を取るしかなかった。コートを半分の分けてまるで太陽と月のようだった。
「レーザービーム!」
 しかしこればかりは柳生も声を張り上げていた。技の名称を叫んで相手に知らせてしまう行為は非常にまずいが、この技においては誰にも取れるはずがないと自信を持っているらしい。そしてそれが決まると、柳の口から「予測通りだ」と呟かれた。たぶんその場面でレーザービームが決まる確立を算出していたのだろう。
「おうおう、熱いのう柳生のやつ」
「そうだな。同じチーム相手にレーザー使うなんてな」
 ふたりして腕を組んで見ていたわけだが、もうその頃からジャッカルは違和感を感じていたようだ。実は俺も、ちょっと気になってきた頃だった。
「真田副部長!俺が取ります!」
「まかせたぞ!」
 相変わらず騒がしい真田・赤也ペアのコート。そこから二人が掛け合うたびに、ギャラリーの女子から控えめだが黄色い声があがるのだ。最初こそ気にしていなかったものの、試合が進んで白熱してくると少しずつそっちのほうにも耳が傾くようになってきた。たぶん俺もジャッカルも、概要がつかめてきたからだろう。
「赤也!」
「わかってますって…真田副部長っ!」
 赤也がジャンピングスマッシュを決める。柳生と柳が「してやられたな」と顔を見合わせ、着地した赤也が軽く手をあげた真田とタッチする。
「威力があがってきたな」
「えっへへ…そうッスか?俺はもっと精進しますよ!」
 珍しく誉められて嬉しそうな顔をする赤也。その瞬間、さっきよりも黄色い声があがる。ふむ…なになに…え?かわいい?
「聞こえたか、仁王」
「おお。聞こえたのう」
「かわいいのか?」
「どうやら3年の女子の間では人気が高いらしいのう」
 試合は再び真田の強烈なサーブから始まり、またしても長いラリーが続く。それを見ながらぼんやりと考える。今まで考えたこともなかったが、そういえば赤也は年上からよくモテるように思う。まぁレギュラーの中でひとりだけ2年生ということもあるし、確かにやんちゃな印象はあるのかもしれない。母性本能とやらを刺激しとるのかもしれんなぁ。丸井も、見た目やら何やらで同学年か、年上からモテるような気はする。やっぱりガキでも、そういう本能はあるんやのう…。
 いつまでラリーをやっているのかと意識をそちらに戻せば、ちょうど赤也のラケットがボールに触れようとしていた。あの構えと視線、ショートクロスで抜くつもりじゃな。
「!」
 しかしその瞬間、赤也が打ち込もうとした場所に柳生が現れる。驚いた赤也が打ち損じてひょろく打ち上げてしまった。空気の抵抗を受けてふらふらとボールが情けない弧を描いて、その下までバックした柳の左手に落ちた。
「弦一郎。そろそろ終了だ」
 言われてから真田が校舎の大きな時計を見る。
「む、もうこんな時間か」
 終わらなければな、と言ってネットに近寄ると柳と柳生に握手をした。赤也も同じように握手を交わしてから、得点を見た。
「ふぃー。ラリーが長すぎて全然試合が進まなかったッスよ〜」
「しかし結果的に真田と赤也の勝ちだ。よかったな」
 自分の飲み物とタオルを手に取って、疲れた様子の赤也が言葉をこぼすとすかさず柳が口を挟んだ。
「ゲームは2−1で真田くんたちがリードという形で終了してしまいましたね」
 眼鏡を外すことなく器用に顔の汗を拭った柳生が、良い疲労です、と付け足した。
 ぞろぞろと引き上げていくギャラリーを少し見送ってから、俺とジャッカルもメンバーのもとへ歩く。俺は一直線に柳生のところへ行き、お疲れさん、と声をかける。
「どうじゃったか?俺の大切さがわかったじゃろ」
 冗談交じりに言ってみると、柳生はいつもの顔で笑った。
「そうですねぇ…柳くんは仁王くんとまた違った良さがありましたね。もともと自分ひとりで何でもできてしまう人ですから、やはり私は合わせるしかなかったのですが…でもやはり、仁王くんのように好き勝手に動いてくれるほうが気は楽ですね」
「誉められとるのかわからんの」
「仁王くんと組むのは落ち着くという意味合いですので決して悪く言ったつもりではありませんよ」
 柳生は大概他人を誉めることに長けているらしかったので、俺も「そうか」とだけ言っておいた。
「それにしても赤也、お前さん3年のお姉さま方からかわいいって言われとったぜよ」
 それからワカメ頭が視界に入ったので声をかける。
「えぇっ!俺がッスか?」
「おーおー。自覚がないとはなー。尚更"かわいい"のう」
 驚いて目を丸くする赤也の頭をわざとらしく撫でながら言ってやると、やめてくださいよ、と手を払われた。
「だいたい、俺は男ッスよ?かわいいだなんて、」
 まったくもって意味不明という顔で反論しようとしたが、再び口を挟まれる。
「よくある話だ」
 柳だった。
「俺も前々から知っていたぞ。お前は年上からの人気が上々だ。どうやらお前の行動が母性本能を刺激しているようだな」
 柳の言葉は赤也を尚更疑問の海へ追いやり、そしてまさに「男にかわいいだと?くだらん」と言おうとしていた真田の口を塞いだ。
「ぼせいほんのうッスか?」
「ああ、そうだ。言うなれば親としての子への補助行為…わかりやすく言えば、世話を焼いてやりたくなるということだ」
「俺の世話?」
「つまり…、赤也。お前は小さい子供は好きか?」
「え?ああ、まぁ…嫌いじゃないッスよ?」
「かわいいと思うか?」
「そうッスね、かわいいッスね」
「それと同じことだ」
 言って、さぁ部活を終わろう、とコートに向かって柳が歩き出す。他の部員もコートに集まっていく。取り残された赤也に、「お前はまだまだガキっぽいっちゅーことじゃ」とトドメを刺すと、「そ…そうなんすか…」とショックを受けた様子だった。俺はニヤリと笑い、これでしばらくの間は退屈せんな、と確信した。
























***

不完全燃焼が得意です。


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