RiGHT NOW(2)
「全く、とんだ貧乏くじや」
ボソリと吐き捨て、ショッピは頬杖をついた。彼の向いで大口を開けてピザを頬張っていたゾムは、何のことかと小首を傾げる。思わず零れた愚痴だと言い訳して、ショッピはズズとスムージーを啜った。ゴクンと五枚目のピザを平らげたゾムは、口端のケチャップを指で拭いながらまたメニューをペラペラと捲り始める。
「そうくさくさせんでも、観光と思って楽しもうぜ」
「それはそうなんやけど」
どうも面倒ごとを押し付けられたような気分が拭いきれない。ゾムがリゾットを食べるかと勧めてくれるが、元々小食なうえ目の前で彼の食事風景を見ていてすっかり胸やけしていたため、ショッピは丁寧に断った。
二人がいるのは、円卓会議で議題に上がった某国の、都市部にあるカフェテリアだ。観光と言う名目にそぐわぬよう、ゾムはラフな迷彩柄のパーカーを羽織り、ショッピはヘルメットの代わりに耳あてつきの帽子をかぶっている。
「このまま、カフェ巡りでもするつもりなん?」
「ああ、それでもええなぁ」
追加注文を終えたゾムは、楽しそうにケラケラと笑う。
やはり、先日の戦争で安易にチーノのルートを潰したことは痛かった。当時のショッピの役割はエーミールやウツたちが目を引き付けている間に、敵の中枢システム系に忍び込んで情報の奪取と攪乱をすることだった。それに先立ち、チーノが兵士として潜り込み、ショッピを安全に忍び込ませるルートを確保してくれたのだ。しかしチーノの役が戦死したという設定にしたため、彼経由での潜入は難しい。
「ショッピくんは、大先生みたいな手は使わんのやね」
「大先生みたいって……ハニトラとか? 俺はあそこまでマメじゃないんで無理っすよ」
「そーなん? 大先生との通話でノリノリやって聞いたけど」
「それはそれ」
きっぱりショッピが言うと、丁度ゾムの追加注文が運ばれてきた。ショッピがスムージーのグラスを持ち上げると、開けたテーブルいっぱいにリゾットやケーキが並ぶ。ゾムはニヤニヤと笑って早速スプーンを手に取った。嬉しそうに頬張るゾムを眺めつつ、ショッピはストローを前歯で噛む。
「さて、まあ、自由にしていいとは言われたけど、一か月しかないんよな……」
「そもそも、俺ら、何かする必要あるん?」
この国は水面下でW.R.Dに歯向かう意思を持ちつつも、大きく表立った行動をしていない。例の円卓会議で出た話では、わざわざ隠されている弱みを掘り起こしてまで戦争をけしかけるだけの旨味がないということだった。だからゾムとしては、潜入してまで機密情報や軍事計画を抜き取る必要性など感じていなかったのだ。
ストローを噛んだまま、ショッピがニヤリと笑う。その笑顔が彼の先輩と似てきたな、とゾムは咀嚼する口を動かしながら思った。
「やだなぁ、ゾムさん。『戦争を起こすだけの旨味』がないなら、作ればええんすよ」
その国の軍人である男は、苛々とした心を抱えながら書類を机に叩きつけた。執務机を挟んだ向かいでは、ピンと背筋を伸ばした状態で副官が起立している。上官のピリピリとした雰囲気を感じ取ってか、表情は硬い。
「全く、こんな小国に好いようにされるとはな」
「……恐れながら、先日の作戦は聊か性急だったかと」
ギロリと鋭い視線を向けられ、副官は「出過ぎた真似を」と肩を強張らせた。
「……あの小国は大国から独立したばかり。その技術力には目を見張るものがあるが、幾ら傭兵経験のある人間が中枢にいようと、国防力には限界があるものと思っていたが……」
その目算は見事に外れて、ほぼ不可侵と同義の約定を結ばされてしまったわけだ。ほぼこの上官の独断である作戦は、副官の与り知らぬうちに計画されていた。気づいたときには実行の前日といった調子だったから、作戦の隙を指摘する暇もなかった。こっそり胸の内で吐息を漏らしながらも、副官は背筋を曲げずに伸ばし続ける。
「W.R.Dと争わせて戦力を削ぐにしても、そのまま吸収されてしまう恐れもあったのでは……」
「それはそれとして、ウチが改めて戦勝国となれば旨味が増すだろう」
叩きあげの副官と違い、家柄だけで今の地位に就いたこの上官は、けっして無能というわけではない。が、実戦経験の差というものだろうか、時折こうした楽観的な考えが抜けきらないのだ。
またこっそりため息を吐いて、副官は机に投げつけられた書類を手に取った。
「ともかく、こうなってしまってはこちらの不手際と言わざるを得ません。今は時期尚早、彼の国に対する処遇は、折を見た方が良いかと」
ふむ、と小さく呟きながら、上官は背もたれに身を沈ませる。この男もそれは身に染みたのだろう、苦く顔を歪めながら口元へ手をやる上官へ頭を下げ、副官は部屋を退室した。