TEA-BREAK(1)
あるところに、一つの国があった。王が治める国で、勇猛な軍人たちが守る国だ。15歳以上の男は3年の兵役を受けなければならない法律があったので、多くの国民が軍務歴を持っている。あるとき、新しい法律が制定された。10歳から14歳の子供たちを、特別兵士として徴兵するというものだ。反発の声も多少あったが、王の“説得”によってやがて聞こえなくなっていった。
集められた子供たちは、個々の能力に合わせてグループ分けされ、短い者だと一か月ほどで親元に帰された。長いと年単位で訓練を続ける子供たちもおり、そのうちの幾人かは国が運営する研究所の極秘プロジェクトに参加していたという話だ。
極秘であるので、そのプロジェクトの内容は公にされていない。存在していたかどうかでさえ、定かでないのだ。所謂、都市伝説と同様のものであると考えて差し支えない――その国の存在自体を含めて。
――とある国のタブロイド紙の片隅で連載されている、都市伝説紹介コーナーの一部。

さて、ここからは新聞にも載っていない、噂ともいえないほど不確かな与太話だ。根拠も証拠もない、作り話しかもしれない話。
その極秘プロジェクトに関わっていた子供たちの中で、特に重要なポジションにいたと思われる子供たちが4人いたらしい。
一人の少年は、狩人の家に生まれたらしい。弓矢の腕は勿論、狙撃の腕も確かなもので、彼に扱えない飛び道具はないのではないかと言われたそうだ。それだけでなく彼はとても身軽で、どんな木の上や屋根の上にもヒョイと飛び乗ることができた。そんな彼は、人と動物の遺伝子を組み替える研究プロジェクトに参加していたらしい。
別の少年は、大工の家に生まれた。日々家の手伝いで木材を調達していたためか、その年の子にしては屈強な筋力を持っていた。さらに彼は読書が趣味で、たくさんの本を読んでは、そこで蓄えた知識を使って家族や町の人々の力になっていた。研究員たちが着目したのは彼の筋力で、最強の兵士を育成するプログラム作りをしているグループに協力をしていたという話だ。
ある少年は、義肢装具士の家で育った。義足や義手の作り方だけでなく、それを取り付けるために必要な医療知識を、彼はごく自然に吸収していった。また、発想力が豊かで彼の作成する玩具は普通の物とは一味違うと評判だった。彼は人よりも小柄で力がなかったので、初めはすぐに親元に帰される予定だったそうだ。しかし彼の知識量を知った研究員が、人と機械を繋ぐ研究チームに誘った。そうして、彼はそのチームに助言をするようになったらしい。
その少年は、ごく普通の家庭に生まれた。父がいて母がいて妹がいる、平々凡々な家庭だ。体力も技術も並みで、定期的に行われるテストでも下から数えた方が早かったほどだ。ただ、他と比べて彼は洞察力と推理力が優れていた。それは時に、人の心を見透かしているのではないかと思わせるほどだった。
――動物の遺伝子を混ぜられ、人ではなくなったと嘆いた果てに、心と記憶を壊してしまった少年に。
――恐怖も痛みも感じなくなったことで、破壊をすることでしか自我を保つことができなくなってしまった少年に。
――機械と融合したことで自分という存在が曖昧となり、狂気に陥りかけてしまった少年に。
彼は望んでいた言葉と、忘れていた温もりを与えることができた。
彼の洞察力が注目されたのは、それがきっかけだったようだ。その後、人間の脳の許容量を人為的に引き上げる実験の被検体にされ――己の心を守るために“もう一人の自分”を作りださなければならなくなった。


「何だよ、それ」
いきなり何を話しだすかと思えば、とぺいんとは盛大に顔を顰める。その表情が面白いと言うように、ニット帽をかぶった男はクツクツと笑った。
「ノアから聞いた、お前らの美しい友情話」
「茶化すなら本気で怒るぞ」
「悪かったって」
素直に謝ってらっだぁは手元の書類にペンを走らせる。向いの席に座ってその動きを眺めながら、ぺいんとは大きく息を吐いた。
「コイツに話すなんて……クロノアさんも口が軽いんだから」
「流れの傭兵だったお前らに宿を貸して、独立のときは後ろ盾になってやったのは誰でしたっけ?」
「それはそう」
咄嗟に即答し、ぺいんとは苦く顔を歪めた。またクツクツ笑って、らっだぁはペンの蓋をしめる。
「俺が無理やり聞いたようなもんだから、そう拗ねんなよ」
「拗ねてねぇよ」
ほい、とらっだぁはぺいんとの鼻先へ、サインを書き終えた書類を差し出す。少々乱暴に受け取ったぺいんとは、書類に不備がないことを確認してから丁寧に丸めて筒へとしまった。
「さんきゅ」
「しかしほんとに貰って良かったの? スパイ派遣を不問にするために、かっぱらったんだろ?」
「言い方。……微妙に遠いんだよね、その農村。ウチのモットーは、手の届く範囲なんで」
そこで採れた農作物を優先的に輸出してもらう約定で十分。大切な書類の入った筒を振って、ぺいんとは立ち上がった。頬杖をついて、らっだぁは彼を見上げる。
「なぁ、良い取引のついでに教えてくれん? お前らの結成秘話」
「はぁ?」
「ノアも、そこは教えてくれんかったんよ」
ぺいんとはフンと鼻を鳴らした。
「じゃあ無理」
「えー」
「俺らのリーダーの意向なんで」
べぇ、と舌を出してぺいんとは扉の向こうへと消えていく。一人残されたらっだぁは、ふぅと吐息を漏らした。
「ノアの意思なんて関係なく、話す気なんてないだろっての」
あの国の4人は4人とも、仲間に関しては嫉妬深いようである。
らっだぁは立ち上がると、執務机の引き出しにしまっていたファイルを取り出した。そこに整頓されているのは、とある国が見舞われた災害の記録だ。
始まりは、自然災害だった。城壁や田畑に大きな打撃を受けた国は、やがて食糧難に見舞われる。暫くは何とか食いつないでいたが、やがて飢えに耐えかねた国民が暴動を起こした。国営の建造物のセキュリティが不具合で機能せず、国民たちは簡単に国の中枢部まで上がりこむことができたらしい。決定的なとどめは、災害のせいで餌をとることができなくなった獣たちが、国の中心部までやってきたことによる獣害であった。
「セキュリティ解除はしにがみ、獣害はノア……暴動に乗じてトラゾーの怪力ってところかな」
何れも、聞いた話を彷彿とさせる災害ばかりだ。残るは自然災害であるが……それを人為的に引き起こしたとあれば、それはもはや化物か否かといった問題ではない。
「それを狙っていたのか……」
自然災害が起こることを予測し、その結果食糧難になることまで予想したうえで、仲間たちの能力を最大に活用して、あの国から脱出した。だとすれば、彼が100パーセントの力を発揮したとしたら。
「……敵には回したくないな」
その予定はさっぱりないが、これからも良い距離の友人としてあり続けたいと、国を運営する男は思うのだ。


帰還の道中、馬車に揺られながら、ぺいんとはぼんやりと過行く風景を眺めていた。先ほどのらっだぁとの会話が、グルグルと頭の中を回っていく。
クロノアは随分とぺいんとを持ち上げるような話し方をしたようだが、ぺいんとからすれば救われたのは自分の方だ。それは他の二人も同じだろう。4人が4人共、お互いの拠り所になっている。

その日の射撃訓練で、ちっとも的を撃ちぬくことができなかったぺいんとは、厳しいと評判の教官にこってりと絞られていた。涙を堪えるために歯を食いしばって訓練場の隅に座り込んでいたところ、初めに声をかけてくれたのがクロノアだった。
「君、さっきの射撃訓練に参加していただろ?」
座るぺいんとに目線を合わせるように膝を曲げたクロノアは、背中にしにがみを連れていた。
「あの教官に当たるの、この子初めてなんだって。どんな様子だったか教えてくれないか?」
「でも……俺、一つも的に当てられなくて、ただ怒られていただけだし……」
「そうなの?」
クロノアは目を丸くした。それから少し考える素振りをして、「じゃあ」と微笑んだ。
「射撃については、俺が教えるよ。得意なんだ。丁度別の子にも教える予定だったし」
そう言ってクロノアは少し辺りを見回して、離れた場所にいたトラゾーを呼び寄せた。
「基礎練でへばる? 呼吸法を変えてみると、楽になるかもよ」
体力に自信があると言ったトラゾーは、そう言ってぺいんとの基礎練に付き合ってくれた。
「射撃より、銃の分解と組み立ての方が得意なんですよね。……は? 掃除くらい、自分でやってくださいよ!」
手先が器用なしにがみは、何だかんだ文句を言いつつも手伝ってくれた。
「兵役終えたら、弓矢の打ち方も教えてあげるよ」
誰よりも射撃が得意なクロノアは、微笑んで未来をくれた。

……この国のきな臭い噂は知っていた。それでも、彼らが傍らで笑っていたから。笑って、明日を約束できたから、生きていくことができた。そんな彼らが突然姿を消したとしたら、何を捨てても探しだすのは当然だ。その果てにどんな姿であろうと見つけることができたなら、手を離すことなど選択肢に浮かぶ筈もない。
――……君は、だれ? 俺のこと、知っているの?
――近づくな! 俺はお前を、壊したくない!!
――僕が僕でなくなっていく……それが酷く、怖いんです……!
「大丈夫……大丈夫だって……」
そっと手の平へ右目を押し付け、ぺいんとはあの時と同じ言葉を繰り返す。
「俺たちなら、大丈夫。俺たちが笑える世界を、きっと創れる……」
それはあの時から変わらない、ぺいんとの――4人の夢だった。


□簡単な設定
ぺいんと:脳の限界許容量を引き上げる実験の被検体。負荷に耐え切れず、心を守るために別人格を作りだす。現在はオンオフができるようになったが、自身で定めた時間制限を超えると頭痛で3日ほど寝込む。
クロノア:人間と動物の遺伝子を掛け合わせる実験の被検体。キメラを作る実験だったので、猫の耳と尾を移植され、拒否反応を抑えるために遺伝子も弄られた。そのショックで、心と記憶(特に徴兵される前)を失ってしまう。生体的にも猫に近いところがあるので、ネギ類やチョコは避けている。毒耐性は傭兵時代に培った。
しにがみ:機械と人間を融合させる実験の被検体。機械を手足のように扱えるため、自身の存在の境界が曖昧になっていた。狂気に陥りかけた経験からか、頭のネジが外れていると思われる傾向にある。城の一角には彼と国中の電子機器を繋ぐことができる機械が設置されているが、滅多に使われない。使用されたのは、総統誘拐事件のときだけである。
トラゾー:痛覚と恐怖を遮断する実験の被検体。無茶をした際に額から眉間へかけて大きな傷を負ったことがある。その傷と能力発同時に鋭くなる目つきを隠すため、白い帽子をかぶっている。発案はぺいんとで、帽子を調達したのはクロノアで、太鼓判を押したのがしにがみ。
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