EP3-05
※動画ネタだけど、キャラ性格はロック寄り。

「お前たちには、戦ってもらう」
ズシリと手にかかる鉄の塊の重みが増す。勝った者には娯楽の褒美を、負けた者には生存日数の没収を――二人とも剣を捨てるならば、柵の外で見守る残り一人に罰を与える。
蓄えた髭を撫でながら、この飛行船のオーナーを名乗る男は宣った。その傍らに立っていた生真面目な看守が、難色を示すように眉間へ皺を寄せた。戯れが過ぎると小声で進言したようだが、傲慢な領主のふるまいを続ける男にそれは通じない。看守は諦めたように一つ息を吐いて、一歩下がった。
「……」
クロノアは、この戯れ(レク)のために渡された剣へ目を落とした。
首を切るために研いだ様子はない。かといって、怪我をしないように完全に潰しているわけでもない。角度によっては皮膚や服くらい、簡単に切り裂けるだろう。
クロノアは、剣の扱いに長けているわけではないが、武術の心得がある分、有利なことは明白だ。ぺいんともそれは分かっているのだろう、かすかに握った剣が震えている。
負けた方が処刑までの日数を減らされる。かといって、引き分けではしにがみが日数を減らされる。ならば、クロノアがとるべき行動は一つだ。
「っ!」
鋭い洞察力を持っているくせに、時折咄嗟の判断が遅れるぺいんとは、今もどう行動したらよいのか考えあぐねて棒立ちになっている。その隙をつくように、クロノアは剣を振り回した。
「クロノアさん!」
ガキィン。鉄の高らかな音。ビリビリと痺れているだろうに、ぺいんとは最後の意地で剣を手放さない。
そうだ、それでいい。心の中で呟き、クロノアは彼の頭上へ弾きあげた剣へ向けて、自身の剣を横に薙いだ。
右、左、右、時々上。クロノアの方が、身長も筋力もある。さらに遠心力に振られやすい剣を軸として振り回すことで、ぺいんとの身体は簡単に左右に動いた。そうして誘導しつつ、さり気なく自分の背で観客の目を遮ったが、鋭い看守には意図を気づかれてしまいそうだ。指摘されないことを願いながら、クロノアはわざと大きく動いてぺいんとの視界に入った。
「うわ!」
反射的に、ぺいんとは両手で握った剣を振るう。普段なら、柄などで防ぐところだ。今は、必要ない。
「え……!」
「クロノアさん!!」
驚愕に見開かれたぺいんとの瞳。普段よりもずっと高いしにがみの声。それらが焼き付くような感覚に陥りながら、クロノアは天井を見上げた。

ぺいんとの剣が、クロノアの左肩へと突き刺さる。そのまま袈裟切に引き抜かなかったのは、ぺいんとの手から力が抜けてしまったからだ。クロノアは小さく「う」と呻いただけで悲鳴を上げることもせず、ぐらりと仰向けに倒れていく。
当の本人よりもぺいんとは青い顔をし、しにがみは喉を引き割かれたような悲鳴をあげる。一人落ち着いた、寧ろ愉悦に満ちた笑みを溢す領主を一瞥し、リアムは区切られた闘技場へ足を踏み入れた。
「そこまでだ、8番」
「リアム看守……」
「ゴルゴン様、決着はつきました。9番はこのまま救護室へ運びます」
力の抜けたぺいんとの手から剣を取り上げ、地面に転がっていたもう一振りの剣も拾ってチェストへしまうと、リアムはクロノアの身体に腕を回して担ぎ上げた。
「必要、ない……」
小さく呻きながら、気絶していなかったクロノアがぼやく。しかし、リアムはそれを黙殺した。
ゴルゴンは髭を撫でながら少し視線を動かし、リアムの行動を許可する。軽く会釈してから、リアムは茫然とするぺいんとたちをその場に残し、救護室へと向かった。

簡易病室の狭い個室へ入り、抱えていたクロノアをベッドへ座らせる。消毒と包帯を探そうと救急箱に手を伸ばしたところで、ベッドから「必要ない」という固い声が聞こえてきた。
包帯を片手に振り返ると、クロノアは出血した肩を抱くように背を丸めていた。
「囚人といえど、けが人は手当する」
「必要ない……痛み止めさえもらえれば十分、です」
リアムは、クロノアが手で隠そうとしている傷口を見やった。先ほどしまうときに確認した剣は、模造品というには重量があった。出血量は多くないし、傷が深いわけでもないだろう。だが、痛み止めだけ渡して放置は、リアムの常識が赦さない。
「新しい刑務服に着替えても、止血していなければまた汚す。そうなればさらに余計な心労を8番たちに与えることになるぞ」
「……」
クロノアはぐぅと唸るように口を噤む。それを勝手に了承ととって、リアムは彼の刑務服を上半身だけ脱がすと傷口へ消毒液をかけた。
「っ」小さな呻きを無視し、包帯を手早く巻く。きつめに締めてしまえば、傷口から滲む血も見えなくなる。
武術の心得がある者は、武器を持ったときの動き方をある程度型にはめることができる。その型通りに相手の手足が動くよう、立ち回ることも、また可能。リアムの目の前で、クロノアはそうしてぺいんとに勝ちを譲ったのだ。泥をかぶる存在を、自分だけにするように。そういう性分なのだろう。生まれつきなのか、生育環境故なのかは分からないが。
「あとは痛み止めを飲んでおけ。眠気が起こるだろうから、暫くここで休んでいろ」
リアムの渡した瓶の蓋を開いたクロノアは、少々眉間に皺を寄せた。副作用に警戒する様子を見せたが、結局は瓶へと口をつけた。苦味のある液体を飲み干してほっと息を吐く様子を見届けて、リアムは簡易病室の扉を閉めた。
リアムが新しい刑務服を持って病室へ戻って来ると、入口の前にゴルゴンが立っているのが見えた。ゴルゴンはリアムに気づくと、蓄えた髭を一撫でする。
「どうだ、9番の様子は」
「傷は深くありません。先ほど痛み止めを与えたので、眠っているかもしれませんが」
「そうか」
ふむ、と小さく頷いてゴルゴンは髭を撫でる。
「リアム、お前は屋上プールにいる6番と8番の方を見ていろ。その刑務服も、9番に渡しておこう」
「監視に関しては職務ですので勿論……しかし、領主さまのお手を煩わせるわけには……」
「リアム」
ギロリとゴルゴンの瞳が剣呑な光を湛える。時折、この領主は嫌な雰囲気を漂わせる。法に殉ずる者として見過ごせない予感もあったが、ここで上司に逆らう正当な理由も見当たらない。リアムは再び姿勢を正して敬礼すると、ゴルゴンの言葉通り屋上プールへと足を向けた。



暗闇の中、泥のように眠っている。むず痒さに身を捩って四肢を動かすさまは、寝起きの悪い幼子のようだった。その四肢へ、『青』が伸びる。『青』は身体を撫でるようにするすると動いて、やがて晒された頤と心臓の上で止まった。まるで、それぞれを抑えつける手のように。
――ずぶり、と『青』が皮膚の下へ入り込まんとするように、沈みこんだ。
「――っぁあ!」
ハッとして、クロノアは目を見開いた。
開いた視界は眩しさのせいか、ぼんやりと滲んでいる。明瞭としない何かの影が、照明を遮るようにしてクロノアの顔を覗き込んでいた。
「なに……」
掠れた喉をヒクリと動かす。喉を圧迫されていたような感覚があったが、動かしてみればそこは容易に動いた。
「起きたか」
スルリと耳に入り込んできた声に、ハッと我に返る。パチパチ瞬きしながら身体を起こすと、眩しさに染みたのかじんわりと涙が滲み出た。クロノアの顔を覗き込んでいたと思われた相手は、思ったよりも遠い位置に立っていた。
「ゴルゴン、さま……」
蓄えた髭を撫でながら、ゴルゴンはフンと鼻を鳴らす。
「残念だ、9番。8番に負けるとはな。お前には期待していたのだが」
「……ご期待に沿えず、不徳の致すところです」
訥々と言いながら、クロノアはベッドから足を下ろした。自分をここへ運んできた筈のリアムの姿は見当たらない。狭い個室にゴルゴンと二人きりという状況に、クロノアの背筋はソワソワと落ち着かなかった。
「少し、話をしよう、9番」
「はあ……」
なるべく手短にならないだろうかと思いながら、クロノアは顔を上げた。
――キィン。
「……」ピタリと、クロノアの動きが止まる。ゴルゴンはベッドに座ったままの彼へ歩み寄ると、ダラリと垂れた左手を取り上げて手首に巻かれていた腕輪に触れた。通信機能を切断したのだ。その一連の動きを、クロノアはぼんやりとした瞳で見つめるばかり。
ゴルゴンが手を離すと同時に、クロノアの左手はぶらりと垂れてベッドに落ちた。
「まだかかりが弱いか……仲間を誘導して刑務所送りにする働きはうまくいったが、その後長期間明けすぎたな」
ゴルゴンはカラリと片手に持っていたランタンを揺らす。舐めるような青い炎が、クロノアの青みの増した瞳で揺らめいた。闇夜に浮かぶような炎が揺らめき、突然バチリと消える。弾かれたようにクロノアの顔が動き、キョトンとした瞳がパチリパチリと瞬いた。
「ゴルゴン、さま?」
少しの間、記憶が飛んでいたような感覚がする。クロノアは自身の中に浮かんだ違和感の理由が分からず、眉を顰めた。いつの間にか目の前に立っていたゴルゴンを見上げると、傲慢そうな視線がジロリと肌を撫でるようだった。
「取引をしようか、9番」
クロノアは眉間の皺を深くして、慎重にゴルゴンを見上げた。ゴルゴンが後ろで組んだ手に、青い炎を宿したランタンを持っていることなど、知らぬまま。
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