mio angel(1)
松野トド松は一介のバーテンダーだった。珍しいことと言えば、三つ子の末弟であるという点くらいか。長男はフリーターで、次男は講師暦数年の養護教諭―――つまり、一般的に正社員と呼ばれるようなのは、トド松くらいだ―――。両親の仕送りに大分頼りながら、マンションにそんな兄弟三人で暮らしている。
仕事場のバーはそこそこ繁盛しており、潰れる気配も首を切られる心配もない。上司や同僚との間にいざこざもなし。裕福とまではいかないが、それなりの暮らしを送れる給料を貰える。自己中心的な兄たちに振り回されることも度々だが、毎日は楽しいと感じる。
そんな日々で、唯一の悩み事といえば、
「……うわ」
週一で届く、真っ赤な薔薇の花束とイタリア語で愛を綴ったメッセージカードだった。
「なに、トッティ。まぁた来たの?」
腹を掻きながら長男のおそ松が、玄関で立ち尽くすトド松の元へやってくる。頷く代わりに抱えていたそれらを突きつけると、おそ松は昼寝でもしていたのか半分眠そうな顔のまま苦笑した。
「あっついねぇ〜」
「茶化さないで。全っ然嬉しくない」
吐き捨てるように言って、トド松は兄を押し退けるとリビングへ向かった。ダイニングテーブルについて茶を啜っていた次男の一松が、トド松の抱える花束を見て「うわ」と、不機嫌そうな顔を更に歪めた。
「また?」
「また」
軽く頷いて、トド松はテレビの前にあるローテーブルへ花束を放った。
いくら週一という間隔が空いていたと言っても、持つと顔を隠すほどの量はそうそうなくならない。部屋の至るところに花瓶にいけた花が飾られており、鬱陶しいほどの香りを振り撒いている。
元々鼻のよい一松は、その香りの強さにうんざりとして指で擦った。
「好い加減にしてよ」
「僕に言わないでよ」
もういける花瓶もない。先週送られてきたのだって、おそ松が飲んだビールの空き缶に刺しているのだ。これ以上、どこに置こうか。
頭を悩ませながら、トド松は一松の隣の椅子に座った。
「捨てちゃえば?」
「こんな大量に捨てたら、ご近所さんに不審がられるよ」
「お前の職場に持ってけば?」
冷蔵庫から取り出したコーラを片手に、おそ松は一松の向いに腰を下ろした。彼の提案に「えー」と不満げな声を漏らしながら、トド松はテーブルの上で腕を伸ばす。
「さすがに変じゃない?店長に何言われるか……」
「じゃあどうする?天ぷらにして食う?」
「お腹壊しそうだから却下」
「それは同意」
二人の弟から間髪入れずに却下され、おそ松は言葉を詰まらせた。ぷっくり頬を膨らませて拗ね始めるおそ松に手を振り、トド松はチラリと薔薇の花束を見やった。
店に持って行く、か。まあ、それなりに良いアイデアかもしれない。
店長にはやはり、何事だと驚かれた。トド松が曖昧な笑みを浮かべて明確に答えないでいると、面白がった同僚から、告白に失敗したのかとからかわれた―――そいつの足はしっかり踏みつけておいた―――。
結局適当に押し付けた花束は、店長の手によって半分は店内を彩る色に、もう半分は花弁に崩してカクテルのアクセントへ使われることとなった。さすが、バーを経営するだけはある。薔薇の花弁が浮かんだカクテルを貰った客は、うっとりとした様子だ。
まあ、自分に贈られた花束が誰かを喜ばせる糧になったのなら、良かった。
「……」
色目を使って店長にお礼を言う女性客の様子にヒクリと口元を引き攣らせながら、トド松はグラスを磨く。力を込めすぎて割ってしまいそうだ。
「マスター」
カタン、とスツールを鳴らして、トド松の正面の席に誰かが座る。一店員のトド松をそんな風に呼ぶ恰好つけた客は、一人しかいない。
「……僕はマスターじゃないです。カラ松さん」
何度目かになるやり取りにめげた様子も見せず、男は立てた人さし指をトド松へ向けた。ウインクと一緒に拳銃を打つ真似をして、「いつもの」と注文する。小さく息を吐いて、トド松は承ったと返し、背後の棚へ手を伸ばした。
バーボンのロックが、このカラ松という名の客のお気に入りだ。いつもチビチビ舐めるように飲んでばかりで、酒に強いとは思えないのだが。ふと、店長が置いた花弁が目に留まり、トド松は何となくバーボンを注いだグラスの丸い氷の上へ、一つそれを乗せた。
「どうぞ」
トド松がグラスを差し出すと、カラ松は少々驚いたように目を丸くした。しかしすぐに柔らかい笑みを浮かべると、グラスを少し掲げてトド松に礼を言った。
「今日はやけに薔薇で彩られているな」
何かの記念日だったのかと問うてくるカラ松に、トド松は曖昧な笑みを浮かべて「今日だけ特別です」と返した。カラ松がその言葉で納得したのかは解らない。彼は花弁を濡らさないようにそっとグラスを傾け、小さく出した舌で茶色い液体を舐めた。全く量の減っていないグラスを置き、カラ松は頬杖をつく。
「何かつまめるものを」
「はい。いつものでいいですか?」
「今日は特別に薔薇の砂糖漬け、とかではないのか?」
「あはは、さすがにそこまでは」
それにあまり甘すぎるものは、バーボンに合わない。手早くスライスしたサラミを皿に乗せ、カラ松へと出す。既に赤くなった頬を更にだらしなく緩め、カラ松はサラミを口へと運んだ。
少々言動の可笑しさはあるが、カラ松は最近できたお得意様だ。トド松を気にいっているのか、彼の出勤日にだけ来店し、わざわざトド松のいるカウンター席に座る。一度そのことをおそ松に教えたら、今朝のような顔でからかわれたのは、あまり思い出したくないことだ。
その日もカラ松はたっぷり時間をかけてバーボンを飲みきり、真っ赤な顔と覚束ない足取りで帰っていった。「また会おう」なんて、いつもは言わない捨て台詞を残して。
(そういえば、いつもより機嫌良かった……?)
勤務終了後、控室で着替えながら本日の勤務を振り返っていたトド松は、小首を傾いだ。
店を出たのは、夜もすっかり更けた頃。それでもまだバーは開店していたし、他にも灯りが点いている店はちらほらと見られる。ぐぐ、と万歳して身体を伸ばし、トド松はネオンの光が射し入る薄暗い道を軽い足取りで歩いて行く。
その道中だ。より暗い路地から伸びてきた手に、背後から絡めとられたのは。
「!」
突然のことに声を上げることも腕を振り上げることもできず、トド松はネオンも入り込まないビルとビルの間に吸い込まれた。
腕ごと身体を拘束する手の片方が鼻と口元を覆い、息苦しい。背中に熱いものがあたり、抱きこまれたのだと察する。トド松がようやっと状況を把握して抵抗しようとしても、力が強く振り解けない。サッと背筋が氷り、トド松の胸中に死の一文字が浮かんだ。
物取りか、通り魔か。どうすれば家へ帰れるだろう。そんなことも思い浮かんだが、はっきりとした打開策は思いつかず、しかも恐怖で身体が竦んだ。
「……っ」
首に触れたサラサラとしたものは、髪の毛だろうか。ついで項に生温い何かが触れ、トド松は引き攣った声を上げたが、それは分厚い手の平に吸い込まれた。ふ、と生温かい風が項の毛を撫ぜる。笑った、のだろうか。
「嬉しいよ、ミア・アンジェロ」
どこか聞き覚えのある、低い声。その主を突き止める前に、好い加減息苦しくなったトド松は意識を失った。
囁かれた言葉は、花束と共に贈られてきたメッセージカードに書かれていたものと、同じだった。
次にトド松が目を覚ましたのは、真っ白なシーツを敷いた柔らかいベッドの上だった。頭の下にさしこまれた枕の手触りも良く、一度目を覚ましたトド松は枕の感触を確かめてから、また頭を埋めた。
ふわり、と鼻を擽る芳香に記憶が刺激される。これは、薔薇の香りだろうか。
「―――って、ここどこだ!?」
再び睡魔の波に乗ろうとしていたトド松は、そう自分を一喝してガバリと身体を起した。
警戒しながら辺りを見回す。天井から垂らされた天蓋は、完全に閉じ切らず部屋の様子がよく見得た。欧州風のこの部屋は、どこかのホテルの一室だろうか。部屋の中心に置かれたベッドが、部屋の半分を占めている。いや起き上がった正面に扉があるから、向こうにはまだ部屋があるのだろう。この部屋に他に人は見当たらず、誰かいるとしたらその扉の向こうか。
昨夜の最後の記憶に残った低い声が、頭を刺激する。そういえば、あの声は誰だったのだ。恐らく、扉の向こうに声の主はいるのだろうが。
どうしたものかとトド松が考えあぐねていると、固く閉ざされていると思われていた扉があっさりと開いた。
「目が覚めたかい?」
颯爽とした様子で姿を見せたのは、昨夜も会った常連客―――カラ松だった。片手で持った盆を窓辺のテーブルに置き、昨夜のスーツからラフな恰好に着替えたカラ松は、ベッドに膝を乗せた。
「カラ松、さん……」
「ノン。カラ松でいい。ミア・トド松」
割れ物を触るような手つきでトド松の頬を撫で、カラ松はウインクを一つ。ぞわ、とトド松は鳥肌が立つのを感じた。
「何言って……ていうか、ここどこ?!何でこんなこと……!」
「ここは仮宿。向こうの家と比べれば少々陳腐ではあるが、仮の愛の巣には充分だろ」
まるで話が通じている気がしない。苛々としたまま、トド松は掴んでいた枕を振りかぶって、カラ松を叩いた。
「話を聞け!質問に答えろ!」
「ストップストップ!」
慌てて枕を奪って、カラ松は降参するように両手を挙げた。フーフーと威嚇する猫のように息を吐いて、トド松は取敢えず持ち上げかけた拳を下ろした。
「で、何でこんなことを?」
「こんなこととは悲しいことを言う。言っただろ、愛の巣だと」
「誰と誰の」
「俺と、トド松の」
「……」
意味が解らない。引き攣った口元でそれを呟くことはできず、トド松は大きく息を吐いた。更に質問を重ねようとトド松が口を開きかけたとき、扉がまた開いた。
「おはようございまっする!」
「起きたの?」
黄色いポロシャツを着た男と、緑のベストを着た男が部屋に入って来る。二人ともカラ松と同じ顔をしていて、トド松は目を丸くした。三つ子なのだと、耳元にキスするように口を近づけたカラ松が、囁いて教えてくれた。
「ああ。さっき目を覚ましたばかりのようだ」
囁くついでに腕の中へトド松を閉じ込めたカラ松が、にこやかな笑みを彼の兄弟たちへ向ける。トド松がカラ松の腕を引き剥がそうとする姿を見て、緑の男が溜息を吐いた。
「その様子じゃお前、ちゃんと言ってないだろ」
「そんなことはない。毎週花束とメッセージカードを贈ったぞ」
「あれ、アンタだったのか!」
思わずトド松が声を上げると、カラ松は嬉しそうに頷いた。
「チョロ松に名乗るなと言われていたんで匿名で贈ったんだ。だが、まさかその花を使ってサプライズをし返してくれるとは」
本当に驚いたと言って、カラ松は前髪に口づけをする。おめでたい彼の頭では、匿名で贈っていた花をバーボンに乗せて提供したのは、贈り主に気づき尚且つその想いに応えたという意味にとったらしい。
ぞわぞわと、トド松の背筋が泡立つ。首に回された腕を外そうと手をかけるが、筋肉質なカラ松の腕は、簡単に外れそうにない。
緑の男―――カラ松はチョロ松と呼んでいた―――は心底呆れたといった風に溜息を吐いた。隣では入室してから一度も笑顔を崩さない男―――こちらは十四松というらしい―――が、バタバタと両手を振り回している。
「ほんと、お前ってサイコパスだな」
「やばいね!俺でも解る!」
「いつも言っているだろ、―――まずは外堀を埋めろって」
どく、と心臓を拳で殴られたような感覚。思わず硬直し、トド松はチョロ松を見つめる。カラ松たちと比べれば小さめの目を動かし、チョロ松はトド松を見返してくる。その目は夜の水面のように底が見えず、空恐ろしさを抱かせた。
そんなトド松のことなど余所に、カラ松は「そうだったな」と何でもないことのように頷いた。
「外堀って……何のこと」
「こういうことの外堀って言ったら、解るだろ」
家族以外、何かあるのだろうか。言外の台詞を読み取って、トド松は抱きしめられていることも忘れ、身を乗り出した。
「兄さんたちに何する気?!」
頼んでもいない花束を贈りつけ、婉曲した解釈で人の気持ちを推しはかり、無理矢理部屋に連れ込むような男と、それを肯定する兄弟だ。何を考えているのか解らない。
チョロ松は視線を合わさず、さてねと肩を竦めた。その返答にカッと頭に血が昇る。更に噛みつこうとしたトド松だが、カラ松に背後から羽交い絞めにされ、その場に押し留められた。
「ま、ほどほどにね」
「外堀埋めるの、手伝いまっする!」
「ありがとう、チョロ松、十四松」
人さし指と中指を揃えて立てて、カラ松は額近くで振る。チョロ松はツンとすましたまま手を振り、十四松は大きく腕ごと振って、二人揃って部屋を出ていった。
パタン、と扉が閉まる。
背にかかる圧が増したことでカラ松と二人で取り残されたことを今更ながら察し、サァとトド松の血の気が引いた。カラ松は毛布を抱きしめる子どものように、トド松の背中に頬を摺り寄せている。
「……兄さんたちに何かしたら、」
ただじゃおかない、という言葉は、口元に添えられた指に阻まれた。節だった固い指は、そっとわななくトド松の唇を撫で、顎を摘まんで後ろへ向かせる。そのまま、ちゅ、と流れるように口受けを落とされた。
「……二人きりのベッドの上で他の男の名前を出すもんじゃない」
「……そもそも、そんな関係、」
元からない、という言葉もまた、唇に吸い込まれてしまった。
触れるだけだった先ほどよりも更に深く重ねられ、合わせ目を舌で撫でられる。そのゾワゾワとした感覚に思わず薄く口を開いてしまい、その隙を逃さず肉厚な舌がトド松の口内に滑り込んできた。
「……んぅ」
首を反転させている体勢だから、うまく力をこめて降り解けない。ただ筋肉で覆われた肩に手を添えるだけだ。悪態をついても、唾液と共に飲みこまれてしまう。薄く開いた視界では、目を閉じてカラ松はキスに夢中になっている。舌同士を擦り合せ、ついでとばかりに上顎を撫でられると、腰に痺れが走る。これ以上はまずい気がして、トド松は好き勝手に暴れる舌へ歯を立てた。ぶわ、と鉄臭さが口から鼻へ広がる。
カラ松は顔を顰め、すぐに口を離した。
は、と熱い息が零れる。トド松の口端から垂れた唾を親指で拭い、カラ松は血の滲んだ舌でそれを舐めた。
「随分、情熱的なキスをするじゃないか」
「……気持ち悪いんだよ」
苦しかった体勢をカラ松と向い合うことで正し、トド松は流しこまれた唾を吐き捨てた。カラ松は目を細めて微笑んだ。片膝を立て、そこに腕を乗せ、カラ松はもう片方の手でトド松の頬を撫でる。弾かれたように、トド松はその手を叩き落とした。叩かれた手を一瞥し、カラ松は更に笑みを深めると、トド松の両手首を強い力で掴んで引き倒した。
「ちょ!」
文句を言う暇すらなく、トド松の身体は柔らかいシーツに沈む。
「そう照れないでくれ」
「照れて、ない!」
「ハハ」
軽く笑って、カラ松はトド松の腹を跨ぐように座る。照明を背にしたため、影の落ちたカラ松の笑顔が、トド松の背筋を振るわせた。前髪をかき上げたカラ松は、犬歯を覗かせるようにして、口端を持ち上げた。
「あまり意地悪なことを言われると―――加減できなくなる」
「……なん、の」
「本当は夜までのお楽しみだったんだが……」
折角温かい朝食も用意してきたのに、とカラ松はテーブルに置いた盆を一瞥する。それから一度トド松の上から退いて、テーブルの側の椅子に乗っていた黒い革の鞄をベッドに放り投げた。その着地点は逃げようとしていたトド松の退路を断つ場所で、彼はビクリと肩を飛び上がらせた。
もう一度ベッドに乗り上げたカラ松は鞄の口を開き、中を探る。チャラ、と音を立てて姿を現したのは、冷たい輝きを持つ手錠だった。及び腰になるトド松の腕を掴み、両手首に鉄の輪を嵌めた。そのまま拘束した腕をグイと万歳をさせるように持ち上げ、ベッドヘッドに並べた枕へ沈める。
文句を言おうとトド松が顔を上げると、カラ松が持ち上げたものが目に入った。性行為の経験はなくとも、知識はある。それが何か、何に使用するものなのか、トド松は知っている。嘘だろ、という呟きは掠れて消えた。その唇へ、カラ松はリップ音を立てるほど軽いキスを送る。
「たっぷりと愛しあおう、ミア・アンジェロ」
何度か唇を触れあわせながら、カラ松はそれを横におき、トド松の服に手をかけた。勤務帰りだったため、トド松の服装はワイシャツにスラックスというシンプルなもの。意外と器用にボタンを外され、トド松は歯噛みした。
ワイシャツを左右に割り開いて露わになった肌は、あまり外に出ないため白い。身体を起したカラ松は、ほぅ、と感嘆の吐息を漏らした。それに気恥ずかしさを煽られ、トド松はキッと彼を睨み上げた。気にせず、カラ松はスラックスと下着を片手で脱がすと、背後へ放った。
ひくりと震える太腿の片方を持ち上げて、カラ松はトド松の足の間に腰を据えた。これでは足を閉じることができない。ギリギリと歯を噛みしめるトド松を余所に、カラ松はペタペタと彼の適度に筋肉のついた腹を撫でる。
「できればアレをやってみたいんだが……トド松は初めてだしな」
ただ、下準備だけはやっておこうと呟いて、カラ松は鞄から取り出した筒を、トド松の性器にかぶせた。想像していたよりも窮屈なそれは、特に根元をきつく締め付ける。先端だけぽっかりと穴が空いており、そこだけ空気に触れて震えている。
カラ松は笑み、撫でるようにトド松の上半身へ触れた。その手が腹から胸へ上り、鎖骨の窪みを撫でる。トド松はこれが初めての性行為だ、勿論同性相手にも。当然、性器以外の愛撫で感じることはなく、ムズムズとしたくすぐったさに身を捩るだけだ。
この程度なら、痴態を晒すこともない。ざまあみろと内心毒を吐く。すると唐突に、カラ松が手を止めた。彼は更に鞄へ手を突っ込み、今度は先端が丸くなった機械と蛍光色のボトルをとりだした。機械は、電動マッサージ器と呼ばれるものだ。ただ、トド松の想像していたものより小さめだった。カラ松はボトルを開けると、穴に入口を添え、中身を一気に押し出す。ドロリとしたゼリーが、筒と性器の隙間を埋めていく。
「んぐぅ!」
ゾワゾワと明らかに無理矢理引き出されたような快楽が、下腹部を刺激した。媚薬入りのゼリーだったのか。空になったボトルを放ると、カラ松はゼリーを溢さないように機械を近づけ、その丸くなった先端を性器の先端に押し付けた。
ヒク、とトド松の喉が震える。カラ松はてきぱきと筒についていた留め具で動かないよう固定し、手を離す。す、と指を滑らせ、持ち手の末端に添える。やめろ、というトド松の声は、電動音にかき消された。
「ひ、あああああ!」
限界まで引き上げられたボタンのせいで、腰に伝わるほどの振動が性器の先端を抉る。声をだしてやるものかという意志は容易く破られ、トド松は頤を晒して鳴いた。ぴん、と爪先が伸び、ぱさぱさと白い枕の上で乱れる黒髪に、カラ松は思わず唇を舐める。しかしすぐに、休んではいられない、とまた鞄に手を入れた。
「ひ……ぐぅ……あ」
涙と鼻汁を啜る音に混じって、掠れた声が聴こえる。すっかり弛緩してシーツに沈み、与えられる振動に合わせてビクビクと震えるトド松を、カラ松は上気した顔で見下ろした。
胡坐をかいた足にトド松の臀部を乗せ、カラ松は差し出された窄みを指で撫ぜる。ヌト、とボトルから直接注入したローションが溢れ、指についた。ヒクリ、と腰が震え、窄みから伸びるコードが揺れた。前立腺に当たるような位置へ入れたローターだ。
「い……いか、せて……」
カラ松が顎に垂れる涎を舐めていると、トド松がか細い声で言った。先端と前立腺への二つの刺激を与えられ、しかも腸管には性器につけたゼリーと同じものがたっぷりと詰められている。性器は真っ赤になって、天を向いていた。しかし溜った快感を吐き出すことができていない。それというのも、初めに嵌められた筒が根元を締め付けているせいだ。
痒みを解消できないときのようなもどかしさと、グルグルと下腹部に渦巻く熱が、頭にも伝染するようで、トド松の意識は半分ぼんやりとしていた。
親指で拭った涎を舌で掬い、カラ松はトド松の顔横へ手を置いて身体を起す。
「駄目だ」
淀みなく言い切って、カラ松はトド松の目尻を拭う。トド松の目が小さく見開かれた。それに柔らかい笑みを返して、カラ松は胸元で震える芽を指先で摘まんだ。
「ぁん!」
既に立ち上がりかけていたそれを両手で同時に摘み、ピンと軽く弾く。「ひぁあ!」と一際大きく呻いて、トド松は喉仏を晒した。上体を屈めて喉に軽く歯を立てる。ヒクリと、また痙攣するようにトド松の身体が震えた。唇を触れたまま鎖骨まで降りて、歯を立てないように食む。胸から手を下へおろして、先走りの垂れた窄みを指で撫でる。
「まずはここで快楽を得るように、練習しよう。そうしたら四日間はじっくりと愛しあい、五日目に一つになるんだ」
それがカラ松の立てた計画だ。あとで風呂に入れ、たっぷりの泡でじっくり洗ってマッサージもしてやろう。耳元で囁くと、トド松の目にまた雫が浮かぶ。
腕の中に閉じ込めた愛しい人とのこれからを想像し、カラ松はうっそうと微笑んだ。