風で鳴る鈴
ちりん、ちりん。
風鈴の、音がする。
「は……ぁあ、……んぁ、あっ」
「……っ」
ちりん、ちりん。
硝子のぶつかる澄んだ音に、畳を擦る音と衣擦れの音が重なる。
大きく開いた障子戸から零れ入る陽光によって、薄く影を作っていたその室内は照らされていた。藍染の着物が日焼けた畳の上に広がり、その上に寝る青年が動くたび、新しい皺を刻んでいく。
「んぅ……!」
「……っは」
一層腸の奥深くを抉られ、セトは喉仏を反らすようにピクリと身体を硬直させた。それと連動するように中がしまり、セトの胎を突いていたカノも、熱く息を吐いて動きを止める。
着物に袖を通しただけのセトとは違い、カノは緩く前を広げただけ。そんな対照的な自分たちの様子に、カノはゾクリと背筋が泡立つのを感じた。それは顕著に身体の反応として現れたようで、酸素を吸おうと喘いでいたセトが甲高い声を上げた。その声にまた、煽られる。
「……っ」
ちりん、ちりん。
風に回される鈴の音が、まるで耳鳴りのようにこびりつく。それに合わせるように、カノはゆっくりと腰を前後させた。畳についた腕の間に閉じ込めたセトは、黒い髪を藍染と共に散らかして必死に快感から逃げようともがいている。口端でテラテラと光る涎に、カノは身を屈めて舌を伸ばした。
ぺろ、と顎を舐めると、ヒクリと反応したセトが少し動きを止める。ぼんやりとこちらを見上げる蜂蜜色を見つめ返して、そのまま乱暴に唇を重ねた。せき止められた呼吸が苦しいのか、セトは小さく呻いて目を閉じた。
快楽の涙にとろりと溶けたあの蜂蜜が見えなくなってしまうのは、カノとしても少し寂しい。ベロリと唇を舐め上げて、カノは目を開くよう囁いた。
「んは……も、むり……っ」
キスの合間に喘ぎながら呟き、セトは益々固く目を閉じる。その端から流れ落ちた雫が、愛染に濃い色を落とした。それを見て、カノは勿体ないと心中で呟く。零れる雫も、流れる汗も、溢れる涎も。できることなら全て舐めとってしまいたい。
(なんて言ったら、殴られるかな……)
頭ではそんなことを考えながらも、身体は欲に忠実に動く。塩味のする喉を甘噛みしながら、カノは足を滑らせて更に身体を密着させた。ぐ、とまた深く胎を突かれて、セトは大きく喘いだ。ヒク、と痙攣するように足が持ち上がり、快楽に耐えようとしているのか、太腿でカノの腰を挟んだ。
「ぁ、あ……は……」
「……もう、良い?」
汗や先走りの香りと混じって漂う蚊取り線香の匂いに、頭が痺れるようだ。薄く笑みを浮かべてセトを見下ろせば、涙で解けた蜂蜜が漸く顔を覗かせた。そこを手で覆い、コクンとセトは頷く。それを見るや、カノは腰に触れる足に手をかけて持ち上げた。
「―――あぁ!」
ぴん、とセトの爪先が天井を向く。カノは息を飲みこみ、動きを止めた。ダイレクトに脳天まで駆け上がる刺激に、全てを持って行かれそうになる。はあ、と熱く息を吐いて、カノは先ほどよりも強く腰を打ち付けた。
「ひぁ、ちょ、はげし……!」
「良い、って言ったのは、セト、でしょ……っ」
だらしなく大口を開けて喘ぐセトに、しかしカノのその言葉は届いていないようだった。ガリガリと畳を引っ掻く爪のせいで、色褪せたい草が欠片を撒き散らした。ただでさえ傷んでいるのに、止めをさしてるようだ。カノは腰を動かす合間にセトの手を取って、それを自らの背へと回した。少し迷うように空をかいていた指は、まるで当たり前のようにカノの少々骨ばった背にしがみ付く。対して長くもない爪が皮膚に食い込んで、じんわりとした刺激にまた、脳が痺れた。
ぺろ、とカノは口端を舐める。塩辛い。随分と汗をかいたものだ。この部屋にクーラーなんてハイテクな物はなく、ある冷房機器といえば縁側から吹き込む風だけ。そう言えば暫く風鈴の音を聞いていないな、と呑気に頭の片隅で呟く。
「カノ……」
「!」
きゅ、と腰にも足が絡まり、カノの身体が更に密着する。背中に回った腕の力も強まり、カノは少々驚いてセトを見やった。思考を読まれたのかと思ったが、セトの瞳は依然として蜂蜜色のまま。ぼんやりとこちらを見つめるそれを見つめ返し、カノは汗で頬に張り付いていた黒髪を掬い上げた。
「……何?」
「……蚊取り線香、煙い……」
「……本当雰囲気クラッシャーだね、君」
まあ自分も関係ないことを考えていたからおあいこか。そんなことを口には出さず呟いて、カノは小さく吐息を溢した。
ちりん、ちりん。
いつの間にか、また風鈴が鳴っている。土と蚊取り線香と汗と精液と。全てが溶けて混ざり合って、くらくらと思考までも溶かす。一種の麻薬のような空気を肺に満たして、カノはそっと額をセトのそれに重ねた。
ちら、と上向く蜂蜜色にニッコリと笑いかけて、すぐ近くにある唇を塞ぐ。セトは少し驚いたように目を細め、瞼を下ろした。
(また、隠れた)
熱でぼんやりとする頭の何処かで、またそんなことを呟いて。カノは目を瞑ると、深く深く唇を重ねていった。
ちりん、ちりん。
風鈴の音が、聴こえる。