04-2#『兄か弟か』
その日、受験勉強に勤しんでいた伊月のもとへ、珍しい人物からのメッセージが届いた。
「古橋から……?」
うっかりID交換をして以来、特にメッセージを送ったこともなかった相手からのメッセージ。その内容に、伊月は眉を顰めた。
『時間あるか?』という言葉と、チャットアプリの招待コード。伊月もアプリをダウンロードしている有名なチャットで、確かビデオ通話もできた筈。そのまま無視してしまっても良かったが、丁度歴史の暗記問題が煮詰まっていたこともあって、じんわり麻痺した脳が、伊月の指をアプリへと導いていた。
『あ、伊月だ』
「……どうも」
別室の家族に配慮してイヤホンを耳に差し込みながら、伊月は画面へ映った相手に向けてペコリと頭を下げる。四分割された画面には、古橋の他に数人の見知った顔が並んでいた。
『伊月、お前は兄か、弟か?』
興奮した様子の諏佐が、真っ先に問う。唐突な問に、伊月は思わず固まった。
諏佐と同じ画面に入っていた小堀が――どうやらこの二人は、いつもの家でチャットを開いているらしい――彼を落ち着けながら説明してくれる。
事の始まりは、劉と同じ画面に映っている紫原だったらしい。3人の兄と1人の姉を持つ末っ子の彼は先日、お菓子ばかりにお小遣いを使っていることを咎められた。そのときの兄姉たちの言い方が、「末っ子だからしょうがないが」といった様子であったらしく、意地っ張りでプライドが高めの紫原はそれに苛立った。少しばかり年が離れているからと言って、同じ両親のもとに生まれ育った兄弟だ、あんな風に子供扱いすることはないだろう、というのが彼の言い分だ。
それを一番に聞いたのは、親元から離れた寮生活で彼の第四の兄として振舞う氷室辰也であった。しかし如何せん、実際の氷室は一人っ子故、紫原の求める回答は与えることができなかった。それならばと同席していた劉にも愚痴をこぼしたが、彼こそ紫原とは対極の存在、4人の弟を持つ長子であったので、「これだから甘やかされた末っ子は」と兄の苦労話をもってして反論されてしまった。
陽泉内で、長子と末っ子の苦労対決は決着がつかない。そこで、劉が先に古橋へ連絡を入れ、丁度彼とリモートの授業をしていた諏佐にも話が及び、あれよあれよのうちに伊月まで連絡が届いたというわけらしい。
現在、兄組は古橋と小堀と劉。対して弟組は諏佐と紫原。実家では散々姉に虐げられてきた思い出がある諏佐は、紫原の愚痴に大きく首を振って同意を示した。古橋と小堀が「はあ、そんなものか」といった様子で話にあまり乗り気でないのも、彼の興奮を煽ってしまったらしい。
『で、どうなんだ?』
因みに、黛は一人っ子らしい。樋口と石田に関しては連絡がとれないため確認できていないようだが、石田の面倒見の良さから弟妹がいそうだというのが、諏佐の予想だった。
思わず伊月が、桐皇のメンバーはどうなのかと訊ねると、大分低い声で揃いも揃って兄か一人っ子ばかりなのだという答えが返って来た。これは部活でも似たような話が出た過去がありそうだ。
桐皇のあくの強いスタメンの中で、場の調整役とも言える諏佐が、小堀の制止を振り切る勢いで興奮している。余程、弟というポジションにおいて思うところがあったらしい。
彼に申し訳ないが、と前置いて伊月は頭をかいた。
「俺は、姉と妹がいるんです。だから、兄でもあり、弟でもあるので……」
どちらか一方にだけ全力で賛同というわけではない。姉に振り回される弟の気持ちも、思春期の妹から冷たくあしらわれる兄の気持ちも、どちらも理解できるのだ。
『……兄組が4で弟組が6だな』
『え、多数決? ていうかそれにしても……まさか兄弟の数で競ってるのか?』
『それなら、ワタシは弟が4人だから、7対6アル』
『兄と弟の数で多数派を取るなら、逆になるんじゃないのか?』
最早意地を張るしかないといった様子の諏佐に、困惑する小堀。劉と古橋に至っては、何をどう反論しているのか理解に苦しむ。議論のきっかけになった紫原は、お菓子で腹が膨れたことで苛立ちは収まったのか、呑気に欠伸を溢している始末だ。
「……あの、俺、受験勉強があるので……」
伊月がようやっと口を挟めるようになったのは、それからさらに数分後のことだった。


「て、ことがあってさ。気分転換になったような、ならなかったような」
「へえ。紫原くんのお兄さんお姉さんの愚痴は、中学時代から何度か聞いていましたが……諏佐さんもかなり鬱憤が溜っていたんですかね」
「なんか、去年のスタメンで諏佐さんだけ弟だったんだって。今吉さんが妹のいる兄で、結構からかわれたみたい」
「ああ、確かに青峰くんも桃井さんも、一人っ子でした」
「ちなみに黒子は?」
「僕は一人っ子です。因みに、高尾くんは年子の妹さんがいるそうです」
「じゃあ、例の集まりだと、諏佐さんと紫原だけなのか、弟」
「僕は古橋さんに、妹さんがいることが驚きです」
「それは……そうだな」
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