04-1#『注目している選手』
その日、鳴ったチャイムに促されて開いた扉の先には、私服姿の高尾が立っていた。
「どもっす」
「ああ……一人か?」
「僕もいます」
高尾の影から、ひょっこりと黒子が顔を出す。小堀が見ていたのとは違う方向から声が聞こえたので、思わず肩が揺れてしまった。
「黛さんいますか?」
「今日、三人で遊ぶ約束だったんすけど、家に忘れ物したから遅れるって連絡あって」
どうせなら迎えに来た方が早いと思って、ここまで来たという。二人を玄関に入れながら話を聞いていた小堀は、小さな違和感に首を傾いだ。それからすぐその理由に思い至って、「ああ」と声を漏らす。
「黛のアパートは、バス停の角を曲がった先だぞ」
「え」
小堀の推測を裏付けるように、高尾と黒子は顔を見合わせた。
「すみません、黛さんも、てっきり一緒に暮らしているものとばかり……」
「まぁ、半分そんなもんだな。結構頻繁に飯食いに来るし」
距離的にはそう変わらないから、どうせならこちらへ来てもらえばよいと小堀が提案すると、それもそうだなと高尾が素早くスマホを取り出した。
「ちょっと諏佐にお客さんが来ているけど、ゆっくりしていてよ」
小堀はそう言いながら、リビングの扉を開く。
一番に目に入ったのは、参考書やノートの広がるダイニングテーブル。そこで向かい合うように座っていたのは、諏佐と古橋だ。そういえば家庭教師と生徒の関係性であったと、黒子は思い出す。高尾と合わせて、黒子はペコリと頭を下げた。
「黛さん、こっち来るって」
小堀に促されるままローテーブルの横へ腰を下ろした黒子へ、高尾がスマホを振って見せる。簡潔ながらも不機嫌さを伝える文字が、『五分待て』で締めくくられていた。
「あ、」
黒子がそのことを小堀に伝えているうちに、部屋をキョロと見回していた高尾が何かを見つけたように声を上げた。何事だと小堀と一緒にそちらを見やると、ニヤニヤと笑いながら高尾はテレビ台の下に置かれていた雑誌を指さした。
「これ、WCの特集が載った月バスっすよね」
「ああ。諏佐がマメに揃えているから」
それを聴いていた諏佐はペンを置いて、「好きに読んでいいぞ」と苦笑する。それから少し休憩をしようと古橋にも声をかけてから、空のカップを片手に立ち上がった。
「誠凛のスタメンとカントクさんがインタビュー受けたんだっけ」
「ええ。今回は忘れられませんでした」
黒子はグッと拳を握りしめる。中学の頃の話を知らない小堀は、言葉の意味が分からなかったようで首を傾げた。
「インタビュー内容、部活内でちょっと盛り上がったんですよね。この……ここの項目で」
高尾が読むページを向いから覗き込み、黒子はある個所を指さした。
「『注目している選手』?」
「ええ。それも、NBAとかのプロ選手じゃなくて、これまでの大会や試合で出会った高校生選手で」
成程、憧れの選手としてプロを名指しすることが多い中、同世代から注目している一人を選ぶことは珍しい。それも、プロと遜色ない実力を持つキセキの世代を倒した故、質問項目として挙げられたようだ。
「火神はキセキの世代って、一人だけ複数じゃん!」
「青峰くんかと思ったんですけどねぇ。後から聞いたら、それは勿論だけど、結局一人に決めきれなかったって言ってました」
「火神らしいな」
苦笑しながら、小堀も高尾の肩越しに雑誌を見やる。日向や木吉は、強豪校で同じポジションの選手をそれぞれ挙げていた。
「いやあ、まさか伊月サンにそこで名前を出して貰えるとは思わなかったぜ」
上位互換の能力を持つ同じポジション選手となれば、それも自然なものだろう。誠凛3年は、余程同じ都内の強豪校、秀徳にライバル意識を持っているらしい。
「自分だったらどう答えていたかと、小金井先輩たちもノリノリで」
「へえ。他の部員は何て答えたんだ?」
諏佐が身体の向きを黒子たちの方へ向け、そう訊ねた。確かにそれは興味がある、と小堀も頷く。
「結構いろいろいました。降旗くんは正邦の春日さんとか……そう言えば、小金井先輩は諏佐さん、水戸部先輩は小堀先輩だって言ってましたね」
「あ、そうなんだ」
そこで自分の名前が出るとは思わず、小堀の声は少々上ずった。思わず諏佐を見やれば、彼も同じ感想だったらしく、口元を妙に歪めている。
「ちなみに、小堀さんたちだったら、どなたにします?」
「んー……俺は大坪かなぁ。やっぱり同じポジションは気になっちゃうよね」
「俺は宮地かな……結構パワーあるから、いろいろ勉強になった」
「お、ウチ大人気」
「そういう高尾くんは?」
「言わせんのかよ。お前だよ」
苦笑しながら、高尾は黒子へ向けてパタリと手を振った。黒子は一つ瞬きをして「はあ」と何を思っているのか分からない返答を溢した。
「そう言えば以前も似たことを言っていましたね。光栄です」
「ライバルだと思ってたのに、ひっでーの。誰だよ、荻原シゲヒロって」
「聞いたことない名前だな」
諏佐の知る限り、目だった高校生選手にその名前はなかった筈だ。
「そうですね……彼、一度バスケを止めたそうなので、知らないのも無理ないかもしれません」
黒子の声が、本人も知らずワントーン落ちる。微かに伏せた視線に気づき、高尾は彼の名前を呼んだ。
そのとき、来訪者を告げるチャイムが鳴り響き、高尾は柄にもなく驚いて肩を飛び上がらせた。

突然待ち合わせ場所を変更されて不機嫌な黛は、今までの話の流れを説明されると「へえ」とだけ溢した。
「ちなみに、黛は?」
「はあ?」
「黛さんは、黒子っすよねぇ」
小堀たちが納得したように黛を見やると、彼は荒々しく舌を打って、ケラケラ笑う高尾の頭を叩いた。
「で、その話題の荻原クンて?」
「僕をバスケに誘ってくれた小学校時代の友人です。転勤族のお家で、今の高校は知りませんけど、中学は明洸中だった筈です」
「中堅校か。確か、キセキの世代が三連覇した全中の決勝で、中々良い試合をしたんじゃなかったか?」
他の中学が軒並み無得点、一桁で試合を終える中、二桁まで食らいついた粘り強いチームだったという評判を、どこかで聞いた記憶がある。というのも、全中の決勝はインターハイ予選の日程とかぶっていた諏佐と小堀は、そちらの調整に忙しかったため、実際の試合を観戦していなかったのだ。同じく高校一年生だった古橋も中学の試合は観戦しておらず――そもそも同日に彼の高校は決勝戦出場をしていたのだ――試合結果は二人と同じく雑誌や人による又聞きだ。
「黒子と同じく、ガッツがある選手なんだな」
素直な感想を漏らす、当時の試合を観戦していなかった三人。黒子は、彼らにそれ以上説明を重ねず、そっと足元へ目を落とした。そんな微妙な空気を察して同じように口を噤んでいる者が、二人。
当時は黒子たちと同じく例の試合を実際に観戦しており、その頃から違和感を抱いていたが、高校でチームメイトとなった当事者の一人と接してその理由を既に察していた高尾。それと、諏佐たちと同じ情報量しか持っていなかったが、赤司と接するうちに何となく嫌な想像をしており、この場の黒子の態度で全てを察した黛。
二人はどちらからともなく視線を合わせ、黒子が口を噤むのならそのままでいようと頷き合った。

「紫原くんは、木吉先輩みたいです」
「まあ、あの試合見ていたら、納得するわ」
「劉は、同じ交換留学生のパパには負けたくないって、言っていたことがある」
「え、劉って陽泉の? 古橋サンと何話すんすか?」
「たまに日本語を教えている。後は同じ受験生だしな、一応」
「へぇ、で、そういう古橋は?」
ず、とお茶を啜っていた古橋は、カップを机に置いた。
「赤司だ」
「……へ?」
「赤司。赤司征十郎。キセキの世代の」
ヒクリ、と諏佐の口元が引きつる。この答えは、さすがに予想外だ。高尾も絶句しているじゃないか。
「……なんでだ? 洛山なら葉山とか……ああ、キセキなら黄瀬がいるだろ。同じポジション」
「? いますね」
だからどうしたと言わんばかりの顔だ。あまり表情筋が動いた様子はないが。
「……理由を、聞いても?」
口を開いたのは、黒子だった。理由、と反芻する古橋に、小堀たちは首を振って続きを促す。そんな周囲の反応に微かに首を傾けながら、古橋は「だって」と呟いた。
「すごいんだろ」
「……ん?」
「キセキの世代は十年に一人の逸材。その中で主将だった赤司は、特にすごい。だからだ」
高尾は首を捻りすぎて倒れてしまいそうだった。グルグル頭を回転させていた諏佐が、「つまり」と挙手をする。
「注目する選手としてお前は、自分が思う『高校生選手の中ですごいと思う選手』の名前を出したんだな?」
「はい」
ライバルとして意識している相手でもなく、二度と負けたくないと考えている選手でもなく、同じポジションとして目標とする姿でもない。ただ、『すごいと思った選手』として赤司征十郎の名前を出しただけだ。しかし、そういう点が古橋らしい。
それぞれがそういった結論に至って吐息を漏らす中、古橋は相変わらずの表情でお茶を啜っていた。
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