03-3#とある部活の2年生の邂逅

「え」
「ん?」
「あ」
その日、都内のショッピングモールで珍しい顔が並んでいた。

伊月俊は、後輩の黒子と共に部活の消耗品の買い出しに来ていた。目的は早々に達し、どうせなら少し店内を見て回ろうかと提案したのは、伊月の方だ。
大きな大会を乗り越えて以来、感情表現が豊かになりつつある後輩は、その瞳をキラキラとさせていた。実は今日発売の新刊が気になっていたのだと告白する彼の希望に従い、エスカレータを使って三階へと昇る。さて本屋はどこだろうかと店内地図を覗き込んだところで、ソワソワとした様子で黒子が口を開いた。
「スミマセン、ちょっとお手洗いに行ってもいいですか?」
ああ、と伊月は頷いた。この階のトイレは端にある。本屋はエスカレータを挟んで反対側にあったので、伊月はどうせだったらはぐれても大変だから、この場で待っていると言った。申し訳なさそうな黒子に、手を振り彼を促す。黒子はペコリと頭を下げて、少々足早に人ごみへと溶けていった。
階下から賑やかな声が聞こえてくる。吹き抜けになっている一階では、どうやらローカルバンドの演奏が始まるらしい。聞いたことのない名前だな、とぼんやり眺めながら、伊月は柵にもたれかかった。

古橋康次郎は、半ば強引に高尾によって連れ出されていた。全部が全部、高尾の我儘というわけではない。声をかけたのは古橋の方からだ。
古橋には、妹がいる。高尾も年子の妹がいるらしく、その年ごろの女学生が好むアイテムやショップにやたらと詳しい。先日古橋がうっかり地雷を踏んでしまったために絶賛お怒りモードの妹へ謝罪の品として、高尾にその手のショップへの案内と助言を頼んだのだ。霧崎第一の知人にそういったことに明るそうな者はいなかったし、そもそも妹がいそうな生徒が思い至らない。そこは、古橋の興味と想像力の限界というやつだ。
普通の男子高校生なら尻込みしそうな、パステルカラーで彩られたフワフワした店内装飾にも、古橋と高尾はそれぞれ違う意味で物怖じせず、無事に謝罪の品は見繕うことができた。購入品を鞄へしまい店を出たところで、高尾が妙にソワソワと肩を揺らした。
「ちょっと、ガチャコーナー見てきていいっすか?」
彼が指さしたのは、吹き抜けを挟んで向かい側に並ぶガチャガチャコーナーだ。壁沿いに三段ずつ積まれた筐体がグルリと囲むコーナーで、どうやら高尾が最近探しているシリーズの筐体があるかもしれないとのこと。古橋にそれを阻む理由はない。コクリと頷き、何ならここで解散してもいいと申し出た。用事は済んだのだから、これ以上高尾と行動を共にする理由はない。高尾は笑って手を振り、どうせなら今日の礼として昼食をごちそうになりたいと宣った。彼の先輩が聞いたら図々しいと頭を叩かれそうなセリフも、古橋は少し眉を顰めるだけ。何かを言う前に、高尾がサッサとガチャガチャコーナーへ向かってしまったせいもあるが。
人の多い道をひょいひょいと通り抜けて消えていく背中を見送り、古橋は仕方ないかと吐息を漏らした。
ふと、どこからか喧しい音が聞こえてくる。いつの間にか吹き抜けの柵周りには人が集まっており、階下を覗き込んでいた。いつまでも店前で立ち尽くしているのも可笑しいかと思い、古橋は人が比較的集まっていない、店内地図の方へと足を向けた。

劉偉は、後輩の紫原の案内のもとエレベータから降りた。
昨日は遠征試合があり、遥々秋田からやってきていた。このタイミングを利用して、荒木は本日東京で開催されている教師向けの研修会に参加している。顧問なしで新幹線に乗ることはできない。そのため、本日の陽泉バスケ部はオフだった。こちらに住む弟分へ会いにいった氷室を筆頭に、地元出身者は実家へ、他県出身者は観光へと繰り出している。特に希望がなかった劉は、同輩の用事に水を差すことも憚られて「ブラブラしてくる」という紫原に便乗することにした。
紫原の目的は、このショッピングモールに常設されている駄菓子屋だったらしい。安価で大量に販売されている菓子を眺めるのは、劉としても楽しいものだった。しかし幾ら経っても紫原の買い物が終わりを見せない。かれこれ、30分は経っている。2m越えの男子高校生が二人も狭い店内に並んでいるのも他の客に迷惑だろうと思った劉は、店外で待っていると紫原に声をかけて店を出た。
所狭しと商品が並んでいる店だったからか、通路へ出た途端、開放感があった。ふぅと小さく息を吐き、どこか良い休憩場所はないかと辺りを見回す。
ふと、劉は吹き抜けの周りに集まる人だかりを見つけた。エレベータを降りる際、一階の特設ステージで劉は知らないバンドの演奏会を広告するポスターがあったことを思い出す。暇潰し程度にはなるだろう、と劉はそちらへ向かった。

と、いう三者三様の理由から、彼らは顔を合わせる結果となった。
「久しぶりアル」
一番初めに声をかけたのは劉だ。思わず古橋をガン見していた伊月はハッとなって、手を上げた。
「ああ」「久しぶり」
伊月の声に、もう一つ声が重なる。え、と思って伊月が横を見ると、同じようにこちらを見やった古橋と目が合った。
「……そうか、誠凛とは試合していたんだったな」
「そうだけど……え、知り合い? 陽泉と霧崎って接点あったのか?」
「ああ、チガウ」
否定をしたのは劉だ。彼が古橋と東京駅で会ったときのことを説明してくれるが、伊月の眉間の皺はますます深まるばかり。黒子の一件から古橋の見方を少し改めたつもりではあったが、これも予想外だ。
「今日はどうして? 秋田からわざわざ観光か?」
「昨日、遠征試合だった。今日は監督が研修会だとかで、一日オフになったアル」
「一人か?」
「アツシがいるよ。あそこの駄菓子屋で買い物中。古橋は?」
「高尾待ちだ」
「え、そこまで仲良かったのか?」
「妹の贈り物を見繕うのに手伝ってもらっただけだ。アイツも妹がいるから」
家族構成まで把握している仲か。黒子より、コミュニケーション能力がずば抜けている高尾なら、あり得そうな組み合わせ、ではある。
「伊月は?」
「……黒子と部活の買い出しだよ」
劉と古橋は相槌を打ちながらそっと辺りへ視線を回した。傍らにいないのは、その性質で見つけられていなかったからだと思ったらしい。伊月は手を振って、こちらも待ち合わせ中だと付け加えた。
ポン。軽い音が、騒めきの間を縫うように聞こえた。一緒にポケットから振動が伝わってきたので、伊月はそこにいれていたスマホを取り出した。メッセージが一件、黒子からだった。
『すみません、トイレかなり混んでいて、時間がかかりそうです。もしお時間がないようでしたら、先に帰っていてください』
どうしたものか。そんなことを考えながら顔を上げた伊月は、劉と古橋も同じようにスマホを見ていることに気が付いた。
「アツシ、店のレジが壊れて会計に時間がかかるって」
伊月の視線に気づいた劉が、メッセージを見せながら言う。劉と伊月が二人して見やると、スマホをしまった古橋は小さく息を吐いた。
「……高尾は、ガチャコーナーでもう少し時間がかかるそうだ」
「……黒子も、お手洗いに時間がかかるって」
黒子の言う通り、目的は済ませてあるからこのまま帰路についても良い。だが、部活の延長戦のような買い出しで、後輩を置いて行くのは先輩として如何なものか、という思考もある。
古橋も、高尾を放って帰ってやろうかと思っていた。が、昼食を奢ってほしいと言われてしまっているので、ここで無視していると後でうるさそうだなという面倒くささが勝ちつつある。
黙り込む二人を気にせず辺りを見回していた劉は「あ」と声を漏らした。
「あそこのカフェ、ランチあるな」
そちらを指さして、劉は伊月と古橋を見下ろす。
「ランチ、済ませてアルか?」
伊月はまだである。古橋はどうかと視線を向けると、小さく首を振っている。
「高尾も昼食をどうのこうの言っていたから、丁度良い」
「取敢えず座りたいアル。ここは人が多くて疲れる」
少々逡巡した後、伊月はガシリと頭を掻いた。
「……まぁ、良いか、たまにはこんな日も」
伊月はスマホの画面を開くと、黒子へ向けて待ち合わせ場所のメッセージを送信した。
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -