天邪鬼と座敷童の平穏な未来。
・「平穏な日々」の後に花古ゴタゴタ騒動があったという前提。
・尻切れトンボ。


「俺、お前のSS辞めるわ」
まるで夕食のメニューを告げるかのような気安さで、黛はそう言った。
「……は?」


『僕、何かしてしまったんでしょうか』
「いや、知らねぇけど」
フライパンを持つため、火神はスマホを肩と頬で挟んだ。何かしているというなら、現在進行形で火神の家事の邪魔はしている。
「理由聞かなかったのか?」
『聞きましたよ。そしたら、初めの契約と話が違うからって言われてしまって』
火神は返答に迷った。
先の火神がSSを務める木吉を渦中に置いた婚約者騒動で、黛は随分と働くはめになった。主に、戦闘を伴う護衛という面で。天邪鬼は、嘘と真を言葉に織り交ぜることで相手を攪乱し、自身の存在を掴ませない隠匿の術を得意とする。反面、烏天狗である火神のような、純粋な戦闘力はない。赤司からも、それは承知の上で、護衛とは言いつつ周囲の警戒と危機回避を主とした働きを期待されていた筈だ。そりゃあ、契約外だと文句を言いたくもなるもの。
今回そんな黛が戦うはめになったのは、木吉を守ることで精一杯で、飛び散った火の粉を黒子へ向けてしまった火神の力不足が原因だ。そうなると、黒子からのこの電話も遠回しな嫌味のように感じてしまうが、彼に他意はないのだろう。
それよりも、火神には気にかかることがあった。
(結構面倒見良いと思ったんだがなぁ)
黒子を庇うように立ったり、ちょっとした身だしなみを整えたり。それに、戦闘能力が低くとも、彼は【鬼】だ。一度懐に入れたものに対する執着心は強い筈である。
「取敢えず、赤司にも相談してみろよ」
『……そうですね』
実質の雇い主はそちらだ。まだ声に覇気はなかったが、黒子も同意して漸く通話が切れる。
静かになったスマホをキッチン台に置き、火神は小さく息を吐いた。全く、彼らはいつも面倒くさい。
「ん?」
ふと、火神は自身の胸に沸き上がった感想に首を傾げる。どうして、『いつも』だと思ったのだろうか、と。


黒子はぼんやりとした気持ちでマジバの椅子に座っていた。
「黒子?」
自分のトレイを机に置きながら、伊月は黒子の顔を覗き込む。慌てて黒子が返事をすると、少し困ったように笑いながら、伊月は向いの席に座った。
「やっぱり悪かったな。俺なんかのために時間を作ってもらって」
「いえ。伊月先輩まで先祖返りとして目覚めるとは驚きでしたが、同じ先祖返りとしては放っておけません」
鴆の婚約者騒動の際、副産物的に伊月が百目鬼の先祖返りとして目覚めた。先祖返りとしては生まれたてとも言える彼のフォローとして、同じ学校に通う黒子が名乗りを上げたのだ。
「けど、黛さんはあまり良い顔しないだろ」
「ええ。それが少し意外で」
伊月は眉を持ち上げる。
「意外?」
「あの人、僕のSSも仕方なくって感じでしたから。……まぁ、そのせいで、SSも辞めてしまわれましたし」
「え、じゃあ今黒子のSSいないのか?」
「そういうことになるんでしょうかね。火神くんたちの渡米までまだ時間はありますし、赤司くんに相談します」
「うーん……」伊月はどこか座りの悪そうな顔をして、肩を揺らした。黒子が首を傾げてどうかしたのかと問うと、「いやあ」と言葉を濁しながら頭を掻く。
「……変なこと言うようだけど、先祖返りとして目覚めてからかな、妙に腑に落ちた感覚があると言うか……」
伊月の言わんとしていることが分からず、黒子はますます眉を顰める。
伊月はその反応を見て目を細めると、頭から手を下ろした。それからゆっくりと「黒子」と名前を呼ぶ。
「先祖返りは、」

『生まれ変わり』
そう呼んだ者もいると、電話の向こうの赤司は言う。そんな、未だ決着のつかない論争について述べるつもりはない、と黛は冷たく返した。
「用件は手短に言え」
『SSを辞退したと、黒子から聞きました』
遅かれ早かれ彼から連絡は来ると思ったが、予想以上に速い。過保護か、と内心毒づくと、それを察したように耳元で『俺が雇用主なので』と強い言葉が響く。
「いきなり辞めたのは悪かったと思うが、そもそも契約違反だろ。あんなに働かせやがって」
『それに関しては鴆の一族から謝罪を受けています。俺としても、特別手当を申し出た筈ですが、それを断ったのは黛さんでしたよね?』
「……同じ高校に先祖返りの先輩がいたんだ。アイツに頼んだ方が良いんじゃないか」
『ああ、百目鬼の……』
話は赤司の方まで通っていたらしい。思い出したような口ぶりで呟き、赤司はフムと何かを考えているようだった。
『どうかしたんですか?』
「……別に、」
なんでもない、そう言い切ろうとした口は、不自然な形で止まった。黛は開きかけた唇を閉じ、机の木目へ視線を落とす。電話口から、急かすような声は聞こえない。
「……生まれ変わりと、」
『はい』
「俺たちを生まれ変わりだと言ったのは、お前だったな」
先祖返りは、度々記憶を引き継ぐことがある。故に、人間を母体として妖怪たちが再生を繰り返すための手段とされ、生まれ変わりと形容する説があった。赤司は、その説をほぼ事実のように語ることが多かった。
黛はそもそも先祖返りについても、その成り立ちについても興味がない人間だったので、特に反論も同意も示したことがない。だが、先の騒動が落ち着いてから繰り返し浮かぶ情景があった。
「初めは、何だったかな、さすがにそこまでは覚えてねぇ。けど、アイツはいつでも近くにいるやつを選ぶ」
一番回数が多いのは、相棒と呼び合う烏天狗。次いで、暴れん坊な鬼。今生では同じ高校の先輩である彼だったり、キセキと呼ばれる彼らだったりしたこともある。それを、黛は――今生では黛千尋であった天邪鬼は、ずっと眺めるだけだった。
「そうして最後には別の奴らのもんになるのを見るくらいなら、視界に入れない方が精神安全上得策だろ。面倒なことには関わらないのがモットーだ」
そうして、天邪鬼はある期間になると座敷童の前から姿を消す。彼が、別の先祖返りたちと心を通わす姿を、見ないようにするために。
ふ、と電話の向こうで吐息が零れ落ちた。
『……同じことを、繰り返しますね。二人とも』
黛の眉間へ、自然を皺が寄った。
『あなたが今回は俺に話してくれて良かったです。今までは、その性質でのらりくらりと交わしてさっさと姿をくらましてしまっていましたから』
「はあ、そうだったか?」
だとして、それが赤司にとって何の不都合があるというのか。そう訊ねると、幾分強い口調で大ありだと言い返された。
ぬらりひょんは、座敷童と古いときから親しくしてきた。だからこそ、座敷童側の事情の方をよく知っている。
『一度、アイツから吐露されたことがあるんです。素直じゃない誰かさんが、すぐにどこかへ行ってしまう姿を覚えているから、近くにいる別の友で寂しさを紛らわせているんだと』
当時は何をやっているんだと呆れて、軽く説教してしまったほどだ。現在の本人がどこまでそれを覚えているかは分からないが、『とある人物の喪失』と『それによる寂しさ』だけを覚えているのだとしたら。
「……はあ?」
『今は昔ほど交通の便も、通信の伝手も悪いわけじゃありません。俺としては、そんな状況でも逃げ回るのは阿呆としか思えないのですが』
それに、大切な友である座敷童をこれ以上何度も悲しませるのは許しがたい。そちらが本音だろう言葉を言い捨てて、赤司は通話を切った。ツーツーと音のするスマホを耳から離して、その画面を見つめて、黛は口を開く。
「……はあ?」

自分から切断した通話画面を眺めながら、赤司はそっと息を吐く。
「そういう点でも、あなたたちはよく似ていると思いますよ」
嫌味ではなく、純粋な感想として。
聞き手がいないままに呟き、赤司はスマホを机に置く。その隣で灰皿に立てかけた煙管から、懐かしい香りが立ち上っていた。
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