天邪鬼と座敷童の平穏な日々。
・妖怪大行進とSSネタの続き。途中まで。
・ラインナップ外のキャラの妖怪のあれそれについてはぬら孫を参照にしました。
・花木と木古に見せかけた花古と、黛黒。


木吉と火神が一時帰国するという報せが入った。それを夕飯時に世間話の一つとして告げると、いつもは興味ない相槌しか打たない黛にしては珍しく、反応を示した。
「ああ、じゃあアイツも喜ぶんじゃないか?」
「日向先輩ですか? 確かに、口では鬱陶しいだけだなんて言ってますけど、一番楽しみにしているのは日向先輩ですね」
「いや、そっちじゃなくて」
黒子は首を傾いだ。
「誰の話です?」
「鴆の婚約者の話だよ」
絶句する黒子など気にせずのんびりと味噌汁を啜った黛は、そういえばあまり仲は良くなかったのだったか、とぼやいた。


件の婚約者とそのSSがやってきたのは、木吉と火神の帰国から三日たったある日だった。
「先祖返りの一族がよく考える政略結婚ってやつだ。俺だってこんなの願い下げなんだよ」
突然現れたかと思えば断りもなく相席して、その悪童は言い放った。彼のSSは淡々とセルフサービスのお冷を主人の分だけ持ってくると、注文品の完成を告げるブザーを持ってフラリとどこかへ行ってしまった。
都内のショッピングモールのフードコートで、誠凛一二期生で食事をとっていた最中の襲来だった。先祖返りの話を大ぴらにできず、関わりある木吉と火神、それから黒子だけ少し離れた席へ移動し、いきなり何事だと花宮へ鋭い視線を向ける――鋭い視線を向けたのは火神と黒子、それと離れた席に座ったままの日向たちで、木吉はのんびりとした様子で水を飲んでいたが。
「火神くんは知ってました? 木吉先輩の婚約者の話」
「知るわけないだろ」
火神は大仰に肩を竦めた。まぁ、誠凛入学の時点で担当者の情報をまともに得ていなかった彼だから、期待はしていない。
「お前は知ってたんだな」
「……個人名は先日知りましたが、その前から噂くらいは。血筋と能力を貴ぶ土蜘蛛の一族が、鴆と婚姻を結んだ、と」
土蜘蛛が先祖返りの界隈ではぬらりひょんに次ぐ大きな一族だったため、ちょっとしたニュースとなって黒子の耳にも聞こえていた。まさか、知人の話だとは思わなかったが。
そこで黒子は、とあることを思い出した。
「え、ちょっと待ってください。僕がその話を聞いたのは中三のときです。そのときから婚約していたのでは?」
つまり、IHとWCの予選で戦ったとき、既に二人は婚約者同士だった筈だ。そんな相手にラフプレーをしていたのか、いや花宮の性格を考えれば気にしなさそうだ。ドン引いた目を火神と黒子が向けたので、花宮はさすがに顔を歪めた。
そこに古橋が戻ってきて、花宮の前にうどんの載ったトレイを置いた。すると今度は木吉のブザーが鳴ったので火神が腰を持ち上げる。それくらいはできると木吉が苦笑して制止したので、火神は警護対象を大人しく見送った。
「……言ったろ、俺だって願い下げだって。木吉はどうだか知らねぇが、俺はあれが原因で破棄になったら良いと思ったんだ」
「では、婚約者が木吉先輩であるとご存知だったんですね?」
「……」
「知ってたよね、花宮は」
そこで口を挟んだのは、隣の席につくや否や机に突っ伏して寝始めていた瀬戸だ。彼の向いに座って水が入った紙コップを持ち上げた古橋が、ピクリと肩を揺らす。因みに花宮のSSなのは古橋の方で、瀬戸も先祖返りではあるが、そこまで重要な家柄でも戦闘能力があるわけでもない、ただ同類ということでつるんでいる仲だという。
「確か文通してたでしょ。そこで名前くらいは見てた筈だ」
「ち」
「ぶ、文通……」
あの、悪童花宮が?――思わずそんな意味を込めて黒子は彼を凝視してしまう。余計なことを言われたとばかり、花宮は舌を打つ。
「ああ、古橋に代筆させてたんだっけ?」
「は」
「健太郎」
その一言には、土蜘蛛の持つ威圧が込められていた。黒子は思わず身をすくませ、火神の肩に縋りつく。そんな小さきものの存在など視界に入れず、花宮はギロリと瀬戸を見つめていた。
「おしゃべりが過ぎるぞ。件なら、未来視でもしていろ」
「……冗談。そしたら俺、死んじゃうじゃん」
悪かったよ、と軽い調子で言って瀬戸は机に頬杖をついた。SSは相変わらず何も語らず、じっと黒い目で主の動向を見守っている。
自分よりも格上の先祖返りの威圧に触れ、黒子はブルリと身体を震わせた。そんな肩を撫でるように、暖かい手が触れる。顔を上げると、険しい顔をした伊月を始めとした誠凛メンバーが花宮を睨むように立っていた。
「おい、何の話をしていたんだ」
「……別に」
それ以上説明のしようがない。彼らは一般人で、先祖返りのことなど知らないのだ。それでも後輩が怯えていると思った伊月たちは、それで納得しないだろう。花宮は一つ息を吐いて、トレイを持って立ち上がった。
「あれ、花宮?」
トレイを受け取って戻って来た木吉が、立ち上がる花宮たちを見て首を傾げる。
「飯がまずくなる。俺らは席を変える」
「そうか」
「ああ……康次郎、お前は混ぜてもらえよ」
「え」
その声は、黒子たちだけでなく言葉をかけられた古橋自身からも零れた。見開かれる黒い瞳を一瞥もせず、花宮はトレイを持ったまま肘で瀬戸を小突くとさっさとその場を離れていく。中腰のままだった古橋は、振り返りもしない主を見て本気だと悟ったのか、ストンとまた腰をその場に落とした。花宮の小突きでも反応を示さなかった瀬戸は、再びぐっすりとした眠りに落ちているようだ。
「えっと……」
さすがに予想外のことに戸惑い、相田が黒子たちを見やる。
「ほんとに、何の話をしていたの?」
「……世間話、だった筈です」
それ以上、黒子にも説明のしようがなかった。

古橋の代筆を、木吉は気づいていたと答えた。何となく、試合で対峙した花宮とは違う人柄が、文面から感じられたというのだ。
「使用人に書かせているんだろうなぁとは思ったけど、まさか古橋だったとはな」
「すまない。アイツは、昔から無駄なことに時間を割くことを嫌うんだ」
再び腰を落ち着けて、古橋と瀬戸の机には木吉と黒子が同席する形になる。日向たちには、先祖返りの話は伏せて木吉と花宮の家の間に許嫁がいるとだけ説明した。
歯に衣着せぬ古橋の言葉に日向は口元を引きつらせたが、木吉は笑みを浮かべたまま否と首を振った。
「俺は楽しかったぞ、文通」
「……そうか」
ポツリと呟いた古橋の表情は動かない。


「どう思いますか?」
「俺に聞くのかよ」
「木吉先輩に聞いてもはぐらかされそうですし、火神くんにはそもそも答えが期待できなさそうです」
それはそうだろう。レポートの手を動かしながら、黛はぼやいた。ちらりと背もたれにしているソファを振り返る。そこに膝を畳んで座っている黒子は、眉を顰めた顔のままテレビをじっと見つめていた。
「……話を聞いただけの俺の、率直な感想でいいのか?」
「どうぞ」
「嫉妬してんのかなぁ、と」
どういう意味だと、黒子の顔が歪む。
「お前、もう少しラノベも読め。ハーレム物をとは言わんが、それなりに恋愛色あるやつ」
「ラノベで恋愛勉強している人に、恋愛ポンコツだって馬鹿にされています?」
「実際そうなんだからしょうがないだろ」
現在進行形なのだから、と口の中でぼやき、黛はこちらの顔を覗き込んでくる水色の頭を撫でた。

――俺は楽しかったぞ。
フードコートでの言葉が、脳内でリフレインする。
古橋は滅多に開かない引き出しから、お菓子の缶ケースを取り出した。蓋を開いて中を確認する。乱雑に積み重なっていたのは、どれも木吉との文通で貰った返事だ。綺麗にペーパーナイフで開封して、広げた便箋は折り目通りに畳んで封筒に入れ直してある。一番新しい消印は、一昨年の八月。高校一年のIH後だ。
その封筒を取り上げ、表面を指でなぞる。
「木吉からの返信か」
「!」
随分とぼんやりしていたらしい、花宮が部屋の扉を開けたことに気が付かないとは。自身の間抜けさに歯がみしながら、振り返ろうとすると、手から封筒を取り上げられた。
「花宮」
シゲシゲと封筒の表裏を見やった花宮は、フンと鼻を鳴らして古橋の方に放り投げた。空気抵抗を受けて可笑しな軌道を描くそれを、古橋はパシリと両手で挟んで受け止める。
「はなみ、」
「楽しかったかよ」
両手で封筒を掴んだまま、古橋はキョトリとした顔を持ち上げる。花宮はその顎を乱暴に掴み、グイと自分の方へと引き寄せた。鼻先が触れるほどの距離に花宮の顔が近づき、彼の瞳が古橋の黒々とした目を射抜く。
「はな、みや」
ヒクリ、と古橋の喉が動く。花宮は少し眉を動かし、パッと手を離した。気道を抑えつけられていたわけでもないのに、呼吸がやっと自由になった心地になって、古橋は小さく咳き込んだ。
「……そんなに大事なら……」
「? 花宮?」
「古橋、お前明日から俺につかなくていい」
「え……」
パサリと、力の抜けた手から封筒が零れる。そのまま封筒は、部屋を出ていく足を追いかけるように滑って行く。
古橋は、花宮のSSだ。花宮を守り、彼の日常生活をサポートするのが仕事。それなのに、彼の傍につかなくて良いとは、つまり。
「……俺は、要らないのか?」
静かに閉じられた扉の前で、封筒は止まる。零れた言葉も追いつけなかった封筒も、彼は一度も顧みることがなかった。


「火神がいれば低級妖怪は出てこないんじゃなかったのかよ!」
「いつもはそうだったんですけど……木吉先輩たちが一緒だからですかね?」
鞄で頭を庇いながら、黒子は木吉と共に攻撃の余波が届かない場所まで避難する。その際、居合わせてしまった伊月の腕を引っ張る。目の前の光景に呆気に取られていた伊月は、それで我に返って黒子に促されるまま足を動かした。
「何だ、あれ。黒子と木吉は知っているのか?」
「ええ、まあ」
公園の休憩所で立ち止まり、木吉は離れた場所で低級妖怪を蹴散らす火神たちの方を見やる。
「幽霊……にしては個性的だな」
「伊月先輩、もしかして視える人ですか?」
予想外に落ち着いた様子の伊月を見て、黒子は眉を持ち上げる。伊月は何と言ったら良いのか、と言葉を濁した。
「そう言って良いのかな。昔から人より気配には敏感でさ。何となく、黒子たちも普通の人と違う気がしたんだけど、単にバスケの強さがそう感じさせているだけだと思ってたよ」
苦笑する伊月に黒子が言葉を返すより早く、「だー! もう面倒臭い!!」という火神の大声が聞こえた。
三人がそちらへ視線をやると、闇を切り裂くように銀の一閃が空へ飛び上がる。星が瞬き始める夜空で大きな翼を広げたのは、妖怪の本性を現した火神だ。火神は手にした錫杖を振り回し、山のように積み重なった低級妖怪へ向けて振り下ろした。
「っ、おい、無茶苦茶するな」
火神の一撃の巻き添えを辛くも逃れた黛が、休憩所の屋根の上から文句を言う。彼もまた、頭に二つの角を持つ妖怪に姿を変えていた。ボロボロの裾をはためかせ、黛は木の杖を振り回す。
試合中よりも身軽に夜の公園を飛び回る二人を見て、伊月は今度こそ言葉を失っていた。後で説明が大変だなぁと呑気に考えていた黒子は、ふと木吉の傍に嫌な気配を感じて振り返った。
「木吉先輩!」
「ん?」
のんびりとした様子で、木吉は黒子の方を見やる。そこで自分の頭上に屋根とは違う影が落ちていることに気づき、首を回した。
大きな牙と長い身体を持つ妖怪が、タラリと唾液を垂らしながら木吉を見下ろしている。
大百足だ。どうしてこんなところに、もしや低級妖怪は囮で、こちらが本命だったのか。黒子はそんなことを考えながら、駆け出していた。それに気づいた伊月の声を、背中に受けながら。

「! 何だ」
「っ黒子!」
火神との合わせ技で低級妖怪を一掃した。元々戦闘向きじゃないのに、とんだ契約外労働だ。そんな文句を呟いていると、背後で大きな気配と音がした。それが黒子たちが避難した方角だと気づき、黛は慌てて駆け出した。
「!?」
火神も異変を察し、二人でその場に降り立った時、彼らは息を飲んだ。
そこにいたのは、一軒家ほどの大きさのがしゃどくろ。自重を支えるためか、身を屈めて手を地面についている。片方の手の下に大百足が潰されているのが見えた。そのすぐ傍で、尻餅をつく黒子と彼を支える伊月、そんな二人を庇うように翼を広げた木吉の姿があった。黛は慌ててそちらに駆け寄る。
「黒子、無事か!」
「木吉先輩!」
「は、はい……」
「新手か?!」
火神が木吉をがしゃどくろから庇うように立つ。振り上げた錫杖を引き留めたのは、木吉だった。
「違う。アイツは大百足から俺たちを守ってくれたんだ」
「アイツ?」
戸惑う火神の前で、シュルシュルとがしゃどくろの姿が解けていく。霞のような煙を纏って現れた顔に、伊月だけでなく黒子たちも息を飲んだ。
「あなたは……」
「出遅れてすまない。怪我はないようだな」
古橋康次郎はいつものように、淡々とそう言った。
「どうしてここに……花宮さんのSSの筈では……」
「……他でもない、花宮の指示だ」
『花宮』の名で、古橋はチクリとどこかを痛めたように目を細めた。どういうことだと、木吉が着物の襟を正しながら立ち上がる。黒子は黛に肩を支えられており、伊月は片膝をついた状態で疑問を飲み込んだまま成り行を見守っていた。
古橋は真っ直ぐ、木吉を見つめる。
「木吉鉄平、主人からの命により、俺は今日からお前のSSだ」
数秒の沈黙の後、「はあ?!」と正式なSSである筈の火神の裏返った声が夜の公園に響き渡った。
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