002
三班に分かれたことで、洋館内も三つに区切って探索することとなった。伊月たちは、そのまま二階の他の部屋を見て回る。
「端から行くか?」
階下の別班の話声と足音しか聞こえない、静かな建物だ。念のため扉へ耳を添えて物音がしないことを確認してから、伊月はゆっくりとドアノブを回した。

「何て言うか……全体的に普通だな」
四つ目の部屋を見回して、火神はポツリと呟いた。玄関から向かって右端から順番に扉を開いていったが、どこも似たり寄ったりな間取りをしている。ベッドが一つと、こじんまりとした本棚とチェスト。初めに黛を寝かせたあの部屋が、一番物が多く、それこそベッドに近い位置に家具が並んでいたように思う。
「ここにも特に目ぼしいものはなし……か」
チェストの引き出しを開き、伊月は嘆息した。
「最初に見つけた部屋が主人の部屋として、後は客間か?」
「そういうもんなのか?」
「内装の様子で何となくそう思っただけだ。他の幾つかは使用人の部屋の可能性もある」
家族の部屋とするにも、初めに降旗が扉を開けた部屋との格差が気になる。緑間の意見に伊月は成程と相槌を打っていたが、火神にはさっぱりだった。黒子は分かるのだろうかと彼に声をかけようとして、また姿を見失ってしまっていたことに気づく。
「黒子?」
慌てて辺りへ視線を向けると、捜していた水色がベッドの影からひょっこりと顔をだした。
「そんなところで何してんだよ」
「すみません、何か落ちてないかと思って」
黒子は臀部の方へ手を回しながら立ち上がる。何かあったかと火神が訊ねると、黒子は首を横に振った。
「おい」そうして顔を突き合わせていた火神たちを、伊月が呼んだ。彼は緑間と共に、本棚の前で立って何かを覗き込んでいた。火神と黒子もそちらへ寄って「何かあったんですか?」と訊ねた。緑間が、広げていた本を見せるように傾ける。少し黄ばんだ表紙のそれは、誰かの日記のように見えた。
「なんだ、それ?」
「日記なのだよ」
パラパラと頁をめくり、緑間が言う。次に聞こえた言葉は、幾ら占いを信じる彼だったとしても、俄かに信じがたいものだった。
「この館に住んでいた、メドゥーサのな」


赤司たちが一階に降りてまず開いたのは、玄関から向かって左手に位置する扉だった。一番に目についたのは、煤と灰で汚れた暖炉だ。その前に一組のカウチと机。他にもソファがあるから、大人数で団欒することを目的としたリビングだったようだ。
机の上に、何かが置かれている。紫原たちが物珍し気に部屋を見回すうちに、赤司はスタスタとそちらまで歩み寄ると、他と同じように埃をかぶったそれを見下ろした。
それは、八角形のボードだった。木目の見える滑らかな盤には、グルリと二重の円を描くように五十音が並んでいる。さらに、穴の空いた三角形の小板が、その円をなぞるような適当な位置で止まっていた。
「それなぁに?」
じっとそれを見つめていた赤司の背後から、紫原がにゅうと首を伸ばす。福田たちも気が付いたようで、同じように机を覗き込んだ。
「恐らく、ヴィジャ盤というやつだな。海外で降霊術に使われるものだ。一般的にはアルファベットと数字が多い筈だが……」
す、と赤司は指で文字をなぞった。指の脂をうけても掠れることのない文字は、木を彫った上にインクを流しこんであるらしい。インクではなく埃がついた指先を見つめ、赤司はフッと息を吐いた。
「降霊術……?」
怯えたように、福田が呟く。
「日本でいうと、こっくりさん、あれで使う鳥居と五十音を書いた用紙のようなものだ」
文字を示す十円玉の代わりがこれだ、と赤司はその指で小板を叩いた。そこでふと、盤の中心に何かを閉じたような切れ目があることに気がつく。
「こっくりさんて……ここに住んでいた人は、それで遊んでいたってことか?」
趣味が悪い、と福田が呟く。それよりも切れ目が気になった赤司は、これは何だろうかと顔を近づけた。
ぱちり。
そのときである。
目蓋のように、その切れ目が開き、ぎょろりとした赤い目玉と目があったのは。
「ひい!」
赤司の背後でそれに気が付いた河原と福田は、声を引きつらせた。目玉はパチリパチリと動いた目玉は、やがて赤司に焦点を合わせると、ニィと笑うように目を細めた。
「……」
グルグルと、小板が一人でに動く。本来、こっくりさんの十円玉のように、複数人の手を乗せて動かす筈の小板が、意思を持つように動いて一つずつ文字を穴に通していった。
「『やあ、何か用かい』」
小板の動きを凝視する赤司の頭上で、紫原が文字を読み上げる。赤司が少し顔を上げると、怯えた河原たちに引っ付かれた状態で、紫原はどうするのだと視線で問うた。
ふむ、と赤司は顎を撫でる。非科学的なことは信じないのが赤司だが、目の前で起こる事象を否定することも合理性に欠ける。取敢えずと思い、赤司は盤へ視線を戻した。
「では、君は何者か? この館に俺たちを閉じ込めたのは君か?」
小板が、グルグルと動き回る。
『個体識別記号のことならば、裏に記載されている。役割のことならば、君の質問に否と答えよう。これはただ、知恵を与えるだけのモノ。問があるなら答える。善も悪もなく、全てありのままに』
「……成程」
「な、何か分かったのか?」
怯えた様子の福田に是と返しながら、赤司は盤を持ち上げると裏を改めた。そこに一つだけ刻まれている文字を見てから、盤を元の位置へと戻す。
「取敢えず、ヴィジャ盤と呼ばせてもらう。この館を出る方法はあるのか?」
『入口も出口も一つだけ。そこが開かないならば、彼女に頼むしかない』
「彼女?」
突然出て来た三人称に、赤司の眉がひそまる。誰のことだとさらに訊ねようとしたとき、部屋の外で大きな物音がした。
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