クラムボンの花壇#3
・初めは「有閑倶楽部な誠凛バスケ部」設定で書こうとした名残のある探索パート。
・伊月無双になるし、他校の推しを出しづらくなるのでやめた。
・進学校霧崎の三年は夏で引退していると思うので、花宮の言う「冬」は後輩たちの新体制の話です。
・火神のアメリカ編入は、誠凛合服期間の秋入学時期だとしています。


部活を早めに切り上げて一年生を帰し、誠凛の二三年生は火神の自宅へと集まっていた。霧崎第一のスタメンと、今吉、大坪。彼らが呼んだ秀徳の宮地裕也、緑間も顔を並べている。
以前訪れたときよりもさらに家具の減った室内を見回し、降旗は浮かんだ寂寥感を噛み潰した。
「うわ、広」
「その割には家具が少ねぇな。ミニマリストか?」
「いや……俺、来月にはアメリカ行くんで」
原と山崎の素直な感想に、火神は言いよどみつつも正直に理由を告げた。それを聞いた花宮が「へえ」と目を細める。
「一時留学、とかじゃなさそうだな。こりゃ冬は楽なゲームができそうだ」
「お生憎様。ウチの選手はそう簡単にやられないわよ」
ニッコリとした笑みでキッパリと斬り捨て、相田は日向たちと共に机を囲むようにして腰を下ろす。肩を竦めた花宮がその輪に加わるように座ると、他校組も座った。
「さて、じゃあ作戦会議としゃれこもうか」
音頭をとったのは、今吉だ。
現状を整理すると、黒子、伊月、高尾、黛、諏佐、古橋の消息が断たれたのは昨夜だと思われる。高校生組の家庭からは、既に警察へ捜索願が提出されているという話だ。黛と諏佐に関しては、大学生で片方が独り暮らしということもあり、様子見されている。
「霧崎第一の意向を尊重して、警察に提供しない情報をワシらは握っとる。それがあるとないとじゃ、捜査方針も変わってくるほどのな」
「だからこちらでも捜索をする、そういう話なんですね」
苦く顔を歪めて呟いたのは、緑間だ。いつもなら下校を共にする高尾が、事件当日は一人で帰って行った。その先で事件に巻き込まれたために、少なからず苦い思いを抱えているのだろう。
「情報を与えない代わりに、警察の掴んでいる情報もこちらは入手できないからな。自分たちでも聞き込みをしなければならない」
「くそ、こういうときコミュ力カンストの高尾がいれば……」
裕也は乱暴に舌を打った。少し考えこんだ緑間が、黄瀬の協力を仰ごうかと提案する。彼の知り合いで高尾の次に当たり障りなく人から話を聞きだせる力を持ったのが、彼だった。それに首を振ったのは相田だった。
「そこに関してはこちらに任せて。今、うちのメンバーが、黒子くんたちが行ったであろうマジバを起点に、聞き込みしているところよ」

クンクンと、黒い鼻で地面を探りながら、その小犬は道を進んで行く。やがて公園の中に続く道の途中で立ち止まると、ワンと一つ鳴いた。
「この辺りか〜」
辺りをキョロキョロと見回し、ふと小金井は前方から歩いて来るシェパードとその飼い主の姿に目を止めた。
「こんにちは! かっこいいワンちゃんですね!」
「こんにちは。そちらも可愛らしい子ですね」
二号のリードを持った小金井は、小走りに駆け出すとシェパードの飼い主の前で立ち止まった。丁度小便の始末をしていた若い男性は顔を上げ、ニコリと笑みを返す。
「最近飼い始めて、今散歩コース開拓中なんですよ。この辺りっておススメですか?」
「そうなんですね。朝晩は人気が少ないので、あまり迷惑にはならないかって思ってます」
その分、暗くなると街灯も少なく不気味になるが、と男性は少し肩を竦めた。
「へぇ。お化けとか出そうな感じですか?」
「あはは。お化けは出ないけど、ちょっとやんちゃな人たちはいるかも」
昨日だって、と男性は小さくぼやく。
「昨日?」
「喧嘩だったのかな。あの辺りから少し暴れるような音がしたもんで、回り道しちゃったよ」
「へぇ……」
男性の指さす方を見やりながら、小金井は土田へ視線をやる。土田はコクリと頷き、男性の示した方へ足を進めた。

「同中の友達が、昨日のその時間にもバイトに入っていて、高尾と伊月先輩を見たらしいです」
たった今世間話を聞かせてくれた店員へ手を振りつつ、河原はスマホを耳に当てた。一足早く店外にいた福田と合流し、並んで歩道を歩いて行く。
何度か、誠凛バスケ部で軽い打ち上げに使っていた店舗だ。伊月と河原が並んで話している姿も見たことがあり、昨夜も「あ、河原の先輩じゃん」という感想と共に印象に残っていたらしい。伊月はどこかへ向かって歩道を走っていたという。
相田の指示で、福田がメッセージアプリを通じ、土田へそのことを伝える。
「高尾は伊月先輩より、数十分早く店を出たそうです。誰かと一緒だったと思うけど、顔までは覚えていないと。けど、トレイは三つだったそうです」
高尾がゴミを捨てる直前、別の店員がそれまで積まれていたトレイを回収していたために分かったことだ。客が一人しか通り過ぎていないのに、トレイは三つも重なっていて「不思議なこともあるなぁ」と思ったそうだ。それくらい印象の薄い人間が二人――高尾の同行者は、黛と黒子でまず間違いないだろう。
河原はさらに二三言相田に返事をし、「了解っす」通話を切った。
「カントク、なんて?」
「このまま土田先輩と合流しろって。少ししたら、降旗も来るからって」
「おし」
福田も頷き、二人は足のスピードを速めた。

日が傾いて薄暗い道を、辺りへ視線を向けながら歩く。少し肌寒い風が吹きつけたので、土田は首元を手繰り寄せた。ポツポツと店はあるが、夜が更けないと扉が開かないものが多い。監視カメラの類は期待できなさそうな軒先を眺めながら、土田はゆっくりと足を進めた。
ふと、足を止める。開発途中の空き地が多い道の途中に、広い駐車場を持つコンビニがあった。
「……」
歩道と駐車場の境に立って、土田は足元のコンクリートを爪先でなぞる。新しい、ブレーキ痕がそこにはあった。
暫くそれを眺めていた土田は、視線を感じた気がして顔を上げた。制服を着た少女が一人、ゴミ袋を手に持って土田を見つめている。彼女は土田と目が合うと、慌てて頭を下げた。土田も頭を下げると、少女はピューッと店裏へと駆けていく。
ふむ、と土田は口元へ手をやった。それからそのままコンビニへ入り、ドリンクのコーナーを物色する。「戻りました」ゴミ捨てへ駆けて行った少女が、そう声をかけてレジへ入る。缶珈琲を手に取って、土田はレジにそれを置いた。
「いら、しゃいませ……」
パッと顔を上げた少女は、少し言葉を詰まらせる。先ほど見つめていたことを恥じるように視線を動かす彼女へ、土田はニコリと微笑みかけた。
「お疲れさまです。バイト、忙しそうですね」
「あ、はい。ありがとうございます……」
慣れた動作なのだろう、手際よく会計を進めていった少女は、土田から受け取った小銭を握りしめ、思い切ったように顔を上げた。
「あ、あの!」
「はい」
土田は柔らかく返事をする。少女は緊張したような顔で、「その制服、どこの高校ですか!」声を裏返した。
「ちょっと離れたところにある、誠凛高校です」
「あ、そう、なんですね……」
「誰かお知り合いがいました?」
土田が何気なく訊ねると、少女はドキリとしたように肩を飛び上がらせた。
「そ、そういうわけでは……! ただ昨日、落とし物をした人が、その制服だったので……!!」
顔を真っ赤にした少女は、言い訳するように手を振る。土田は僅かに眉を顰めた。
「落とし物?」
「大胆ねぇ」
カラカラ笑いながら店の奥から顔を出したのは、恰幅のよい女性店員だ。彼女もパートのようだが、ベテランなのだろう。『研修中』の文字がついた少女の名札と違い、女性のものは使い古された様子があった。
「昨日、携帯を落としたイケメン高校生くんのことが気になったのよね」
「そそそ、そんなこと!」
ボフン、と音が聞こえてきそうな反応だった。土田は苦笑しながら、落とし物のことを訊ねた。
「うちは新設校で、他と比べて生徒数が少ないんです。もしかしたら知り合いかも。良ければ特徴を教えてもらってもいいですか?」
「すみません、一日経っても本人が来ない場合は、警察に届けることになっているんです……」
マニュアル通りの言葉を告げた少女の後ろで、「良いじゃない少しくらい」と口を挟んだのは女性だ。
これ、と女性が持ち上げてみせたのは、土田の記憶より傷だらけだったが見覚えのある携帯だった。

「伊月くんの動線は何となく分かってきたわね」
タブレットの地図にタッチペンで書きこみをしながら、相田は呟く。彼女と部員たちの会話を頷きながら聞いていた日向は、ふと顔を上げて首を傾げた。他校生が妙な表情を浮かべていたのだ。
「どうかしましたか?」
丁度火神と水戸部が、人数分の軽食と飲み物を持ってきた。そして日向と同じように緑間たちの表情と空気に首を傾げ、何事かあったのかと訊ねる。
「いや……」
「本当は自分たちだけで十分だったんちゃう?」
「アンタまでそんなこと言うなよ……」
花宮は疲れたように吐き捨てた。そんなことより、と相田は今吉を見やる。
「今吉さんの言う伝手は?」
「今確認中や。……と」
今吉はポケットからスマホを取り出した。画面を見て、ニヤリと口を歪め「ナイスタイミングやな」と呟く。
「よお、急にすまんな、石田」
『小堀たちから連絡もらったときは驚いたぞ』
石田――石田英輝は、現在静岡の国立大学に通っている福田総合のOBだ。今吉はスピーカーフォンにして机に置く。
「それで頼んでたことなんやけど」
『ああ。……丁度今来たところだ』
石田の声が少し遠くなり、誰かと会話するような声が断片的に聞こえる。暫くして乱暴に座る音と舌打ちが聞こえて、遠くなっていた声が近づいた。
『……何だよ、俺に用って』
「……久しぶりなのだよ――灰崎」
緑間が声をかける。ハッと鼻で笑う音がした。
『珍しいもんだなぁ、シンタロー。俺に聞きたいことって何だよ』
緑間の顔が歪む。どうしてこんな奴に、という感情がありありと表れている。眉間に皺を寄せながら、緑間は花宮が書いたメモへ目を落とした。
「……ある男について教えて欲しい」
秀徳との協力を取り付けられたのは、ある意味で幸いだった。机に置かれた電話越しに、嘗てのチームメイトと言葉を交わす緑間を見ながら、花宮は内心呟く。口を割らせる方法は幾つか考えることができたが、知人に相手させる方が成功率も上がる。
緑間が告げた名前を聞いて、灰崎は暫く黙り込んだ。
『そいつを知っていたとして、お前に教える義理はねぇだろ』
嘲笑したような声色に、緑間の頭がカッと熱くなる。普段の緑間なら、この男との問答すら時間の無駄と斬り捨てていただろう。しかし今は、相棒を助け出すための大切な手がかりだ。膝の上で握りしめた指をほどき、緑間はゆっくりと息を吐いた。
「頼む、はいざ、」
パコン、と電子機器を隔てた向こうから音がした。『いって! なにすん――』声が遠くなり、バタバタと何か騒がしくなる。
『……聞いたことはある』
少し間があってから聞こえてきた灰崎の声は、不承不承と言った様子だった。緑間は思わず目を瞬かせてしまったが、電話の向こうで何が起こったか察した今吉はこみ上げる笑いを噛み潰して花宮から冷ややかな視線を貰った。
『中学の頃は素行が少し悪いくらいの噂だったが、高校に入って足を壊したとかで、相当荒れたって』
件の男が運動部だっただけに、同じ穴の貉というか、その手の身の上話は灰崎のところまでよく聞こえていたらしい。
「面識は?」
『直接はねぇよ。高校は確か都内だった筈だ』
こっちは静岡だぞ、と灰崎は吐き捨てる。中学でも、自分の才能に調子づいてやんちゃする程度の人物で、灰崎ほど無茶なことはしていない。そういう、小物だった筈だ。
『そういうのはテツヤの先輩にでも聞けよ。確か同じ無冠がいた筈だろ』
「なに?」
『そいつが足を壊したの、無冠のいるチームとの試合が原因だって聞いたぜ』
投げやりにそこまで言って『あ、無冠って同中じゃないんだっけか?』と呑気なぼやきが聞こえる。
それを耳に流しながら、日向は鋭い視線を持ち上げた。日向の睨みを受けても、花宮は平然とした顔で肩を竦めて見せる。
『ってか、いきなり石田サン伝いに呼び出して聞きたいことってこれ――』
「そいつの活動範囲は知らねぇのかよ」
灰崎の言葉を遮り、花宮が口を挟む。灰崎は突然割り込んだ人物を訝しがったようだが、『……そっちに残っているオンナなら知ってっかも』そうぼやいた。
「すぐ連絡とれ。で、ここ一か月の動きと活動範囲を今吉サンにメールしろ」
『はあ? 何、お前石田サンの……』
灰崎の言葉を最後まで聞かず、花宮は通話を切る。彼から黒い画面になった携帯を返された今吉は、少々険しい顔をして「説明しぃ」と告げた。
「今吉サンもだけど、そこまで鈍くねぇだろ。誠凛のいい子ちゃんたちは」
チラリと視線を向けられ、火神の腰が持ち上がる。それを水戸部が止めた。日向たちからも「落ち着け」と言われてしまえば口を噤むしかなく、火神は大人しく膝を折って座った。
「今更驚くことじゃねぇよ。お前らがやってきてから、分かっていたことだしな」
花宮が動向を知りたい男は、つまり霧崎第一との試合でラフプレーを受け、足を故障した元バスケ選手。大方、止めを刺したのが古橋だったのだろう。
「何が適当な推理だよ」
日向は花宮を見つめ、ギリと歯を噛みしめた。灰崎の証言で、初めに火神が告げた言葉に間違いはないと証明されたようなものだ。
黙り込む花宮を、チームメイトである瀬戸たちは見つめるばかりで口を挟もうとしない。今吉が深く息を吐いて、花宮の名を呼んだ。
「……半分正解、なんだろうなぁ」
小さな舌打ちと共に、花宮はそう口火を切った。

「あれ」
降旗は足を止めた。土田や福田たちと合流するため、伊月の携帯が落ちていたというコンビニへ向かっていた途中のことだ。
「小堀さん」
「君たちは誠凛の……」
驚いた顔をして足を止めたのは、黒い鞄を担いだ小堀だ。防寒着を着込んだ彼は降旗を見つけて足を止めると、「部活帰り?」と訊ねた。降旗は曖昧に「そんなところです」と頷いた。
「小堀さんは? あ、大学の帰りですか?」
「いや、ちょっと気晴らしに……家にいてもちょっと落ち着かなくてさ……」
小堀はそう言いながら、鞄を持ちあげて見せた。何が入っているのか降旗が訊ねると、小堀は望遠鏡だと答えた。
「望遠鏡?」
「俺、天体観測が趣味なんだ」
へぇと感心しながら、降旗は辺りを見回す。確かに中心部に比べてこの辺りは町明りが少ない。もう少し高さがあれば、星もよく見えることだろう。
「この辺りに穴場があるんですか?」
「穴場というか、」小堀は少し言い辛そうに視線を動かして、ある方へ伸ばした指先を向けた。
「あっちの山、親戚の持ち物でさ。立ち入り許可貰っているから、よく出かけているんだよ」
「へ」と降旗は口をポカンと開ける。
小堀が指し示したのは、例のコンビニの通り過ぎた先にある山。相田が推測した伊月の動線の、直線状にある山だった。
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