クラムボンの花壇#2
・モブ古あり


(あれ?)
その日、降旗は朝練を休んで誠凛高校の図書室にいた。図書委員の朝当番の日だったのだ。滅多にいないが、朝から図書室を利用する生徒たちのために、カウンターに座っているだけの簡単な仕事だ。以前、公式試合に出場するため放課後当番を交代してもらったこともあり、今日は素直に自分の当番を全うすることにしたのだ。
当番は二人一組で行う。今日の相方は、同じ部活に所属する黒子の筈だ。しかし当番の時間になっても現れない。メッセージアプリも確認してみるが、何の連絡もない。彼が連絡もなしに遅刻することは……たまにあった。
(今日は図書当番だけど、何かあったか? 病欠なら、お大事に……と)
メッセージアプリにそれだけ打ち込み、降旗はポケットへ携帯をしまった。通知設定をしていない黒子が、メッセージを確認するには時間がかかる。学校を欠席してしまっているかどうかは、あと数十分もすれば分かることだしと、降旗はまだ楽観視していた。
このあと、黒子は学校を無断欠席していると、クラス担任の口ぶりから判明することになる。


放課後、誠凛バスケ部の部室に揃った顔ぶれに、降旗はゴクリと唾を飲み込んだ。
日向と相田、火神と降旗という誠凛メンバー。他は体育館で練習中だ。そこに加え、他校からの来訪者が二名。桐皇OBの今吉と、秀徳OBの大坪だ。彼らは母校の後輩から相談を受けて、やってきたらしい。
「相談?」
「最近続く、嫌がらせの話よ」
ピリ、と部室内の空気が張りつめる。
今吉たちの話によると、誠凛バスケ部でここ最近起きている嫌がらせが、同じように桐皇と秀徳でも起きているらしい。今吉の推測では、都内のWC出場確定校に同様の嫌がらせがされているだろう、とのこと。
「なんでわざわざ……」
「嫌がらせをするような犯人の思考回路なんて、想像するだけ無駄や。ただ、ワシらがこのタイミングであんたらと話したいと思ったのは、その嫌がらせが嫌がらせの域を超えて来たからや」
「それってどういう……」
「高尾が、昨日から自宅に帰っていないらしい」
それまで沈黙していた大坪が、降旗の疑問に答えた。
「部活は通常通り参加していた。昨日は、帰りに黒子と会う約束をしていたため、緑間とも学校で別れたと言っていた」
「その黒子も、昨日は外泊すると家族にメールを出している……そうやな?」
今吉の言葉に、頷いたのは火神だ。降旗は思わず、固い表情の彼を見やった。
「……キャプテンからその話を聞いて、お袋さんに連絡したら、昨日は俺の家に泊るってメールが来たって……」
しかし昨日は火神の家に宿泊どころか、それを依頼する連絡すら来ていない。彼もまた、高尾に会うからと学校で別れたのだ。「そうだ」その話を聞き、降旗の記憶中枢が刺激される。
「黒子、昨日は黛さんにも会うって……もしかして三人で会ったのかも。黛さんに連絡すれば……!」
「黛も連絡がつかん」
大坪は、渋く顔を歪めた。
「樋口から連絡があってな。黛、今日の講義欠席しとるらしい」
「そんな……」
愕然とする降旗を気の毒そうに見やって、大坪は吐息を漏らした。
「さらに小堀からワシに連絡が入ってな。諏佐も昨日から帰っとらんらしいねん」
何故海常の小堀から、と相田が疑問を口にすると、どうやらその二人は高校卒業後ルームシェアをしているのだと今吉から説明された。
「黒子、高尾、諏佐さんに黛さん……キセキ進学校の関係者が行方不明って」
「あと、ウチからは伊月もだ」
日向の言葉に、降旗と火神は驚いて彼を見やった。彼は腕を組んだまま「まだ他の一二年には言うなよ」と念押しして、伊月も昨日の部活終了後から行方知れずなのだと説明した。
「スタメンを、再起不能にするつもりでしょうか?」
「黒子、高尾、伊月の三名についてはそうだろう。だが既にOBとなった黛と諏佐まで巻き込む意図が分からない」
黛に至っては、唯一の関西圏高校だ。三名の誘拐に巻き込まれただけ、とも考えられるが、二人はどちらも一八〇センチ越えの男子大学生。余計な荷物を増やすだけだ。
「そこで誠凛さんに聞きたいんやけど、火神の家に泊るってメールを黒子が送るってことは、よくあるんか?」
どうなのだと今吉だけでなく、日向と相田の視線も火神と降旗に向かう。頷いたのは、降旗だ。
「スカウティングや、同学年だけで遊ぶときによく泊まることがあるので。黒子、ほぼ定型文って感じで同じ文面使っているし、あまりメールフォルダを整理する方じゃないので、送信済みフォルダを見れば、簡単に偽装はできる筈です」
「やっぱり誘拐犯の工作と考えるのが自然か……」
メールについて知っている人間だけに犯人を絞り込めるかと思ったが、そう簡単にはいかないか。独り言ちた今吉は、最後の手がかりにかけるかと携帯を取り出した。
「最後の手がかり?」
「あー……先に言っとくわ、すまんな、誠凛さん」
今吉の言葉に降旗たちは首を傾ぐ。何かを打ち込んだ今吉は、携帯をポケットにしまってからもう一度謝罪した。
「実はな、昨日最後に諏佐と話したのは、多分ワシやねん」
携帯越しの通話だった。その途中、諏佐は『知人を見つけたからかけ直す』と言って通話を切ったのだ。
「知人……?」
「呼び止める声も聞こえとった。だから、思い当たるところにも連絡入れたんやが……ビンゴだったみたいや」
部室前が、騒がしくなる。小金井や土田が誰かを呼び止める声がする。戸惑う降旗たちを意に介さず、今吉は部室の扉を開いた。
「!」
ガタリと、ロッカーに寄り掛かっていた日向は身体を起こす。火神も顔を険しくし、相田も苦く顔を歪める。降旗はただただ困惑して、今吉が招き入れた来客たちを見つめた。
「『フルハシ』……やっぱり、お前さんとこのやったか」
「ち……アンタの呼び出しじゃなきゃ、無視してたよ」
部屋に入って来たのは二人。他にも連れ添っていた二人は、戸惑う小金井たちと共に廊下に留まっている。降旗はその顔触れに、先ほど今吉の挙げた名前の持ち主がいないことに気が付いた。
ダン、と日向は手近のロッカーを叩いた。
「霧崎第一! 何しに来た!」
花宮は静かに、激昂する日向を見つめる。
「まさか、今回のこともお前たちが、」
「半分」
日向の言葉にかぶせたのは、花宮と共に入室した瀬戸だ。「だね」と同意を求めるように、彼は花宮を見やる。花宮は忌々しそうに、舌打ちをした。
「ああそうだよ。ウチの報連相下手な馬鹿の、尻拭いをしにきたんだよ」

「古橋の尻ぬぐい?」
日向は顔を険しくした。
「まさか、お前らがラフプレーしかけたチームの報復とか言わねぇよな」
嫌がらせも拉致も全て、霧崎第一に罪を擦り付けるために。日向の言葉に、花宮はフンと鼻を鳴らした。
「馬鹿が適当な推理してんじゃねぇよ。……今吉さん、あの餓鬼は?」
辺りへ視線を動かした花宮が訊ねると、今吉はゆっくりと首を振って「諏佐たちと同じ状況や」と答えた。花宮は顔を歪め、乱暴に舌打ちする。
「当てが外れたな。……健太郎、原、ザキ。帰るぞ」
「待てよ!」
サッサと踵を返そうとする花宮を、火神が肩を掴んで止めた。
「手前ら、何か知ってんだろ。黒子たちは何に巻き込まれたんだよ」
「……馬鹿に話すことはねぇ」
「何だと!」
火神の手を片手で払い、花宮はギロリと鋭い視線を向けた。
「あの七番が関わっているってことは、アイツが犯人か!」
「んなわけないじゃん、ほんと頭ゆるゆるなやつ」
嘲る言葉をかけたのは、廊下に立っていた原だ。原はパチンと割ったガムを、左手でまとめてとると、口へ押し込む。その隣に立っていた山崎も、呆れたように吐息を漏らして右手で頭をかいた。
「……」
「こっちはかかる火の粉の躱し方も想定したうえで、ラフプレーやってんの。撃って良いのは撃たれる覚悟のあるやつ、的な?」
「……だけど今回は火の粉を躱しきれなかった……か、躱す気がなかった人物がいた。それが、あの七番なのね」
冷静に状況を観察していた相田が、静かに口を開く。花宮たちは是とも否とも言わない。
「アンタらが直接手を出すのはコート内ってのは、こっちも重々承知よ。だから嫌がらせの容疑者として、候補にもあげていなかった。……様子を見るに、そっちも何かしらアクション起こされているようだし?」
相田の細めた瞳が、山崎の右手と原のポケットに入れたままの右手を見つめる。山崎はバツが悪そうに、包帯を巻いた右手を背中に隠した。
「その口ぶりだと、何かこの事件に関わる手がかりを持っているのね? だったら、」
「何か勘違いしてない?」
相田の言葉を遮り、瀬戸はため息を吐いた。
「撃たれる覚悟を持って撃つってのはさ、他人に尻ぬぐいを任せるって意味じゃない」
「お前ら、警察に情報提供すらしてないってことか!」
日向が思わず声を荒げるが、花宮たちの態度は変わらない。さすがに、今吉と大坪は眉を顰めた。
「花宮、それはあかんやろ」
「いつまで先輩面してくるんすか。俺はもう、アンタの後輩じゃない」
「お前らだけの話じゃねぇんだぞ! ウチだけじゃなく秀徳も巻き込まれてんだ!」
掴みかかろうとする日向を抑えながら、大坪は険しい顔で花宮たちを睨む。廊下に集まっていた後輩たちは空気を読んだ小金井たちが体育館へ連れて行ったが、彼らの怒声がそちらまで響いていないとも限らない。火神も頭に血が上りつつあり、このままでは乱闘騒ぎになってしまう可能性すらある。
(どうしよう……どうしよう)
頭を回せ、いつものようにスローペースじゃなく。今、この場で状況を変える方法を思いつけ。目が回りそうな感覚の中、降旗はそう心の中で唱えながら歯を噛みしめた。
――当てが外れた。
「っ……あの」
裏返った声が、部室に響く。花宮たちの視線を受けて微かに震える指先を叱咤しながら、携帯を取り出した。
「きっと、あなたたちが欲しがっている人物の連絡先を、俺は知っています」
一度怖がらせてしまったから謝罪したい、だが一方的に連絡してしまうと余計怯えさせてしまうかもしれない、そちらのタイミングで良いので黒子に渡したメールアドレスに連絡をくれると嬉しい――そんなメモを、黒子伝手で渡されて以降、登録だけしていたアドレスがある。連絡は、まだ一度もしていない。
『あの餓鬼』――黒子がいないことで当てが外れたと、花宮は言った。緑間や他のメンバーは、黒子と比べて接点が少なかった故の選択だったのだろう。
花宮は眉間の皺を深く刻み、降旗を睨むように見つめる。
「……なんで俺らが自分の尻ぬぐいのために、そいつの力を借りなきゃいけねぇ」
「警察も頼らない、かといって同じ被害を受けたところと手を組む気もない。そんな状態じゃ、幾ら頭が良いからって、技術や手数については限界がある筈です。だから手っ取り早く、同世代の持つ力を利用しようとするんじゃないかなって」
元チームメイトが被害にあっていることを引き合いにするつもりだったのか、もっと他に取引条件を考えていたか、そこまでは降旗には分からない。しかし花宮が黒子に期待するだろう『当て』を、降旗は他に思いつかない。
「赤司征十郎の連絡先」
ゴクリと唾を飲み、降旗は彼の名前が表示され、アドレスがギリギリ見えない位置にスクロールした画面を、花宮の顔面に突きつけた。
「こちらから提供する情報は、これです。取引を、しましょう」
花宮たちの持つ情報の提示。それが、今この場で降旗が、誠凛側が望むことだった。



「いや、俺ら赤司の連絡先聞きに来たわけじゃないし」
切れ味の良いハサミで、心臓から真っ二つに切り裂かれた気分だった。

「フリ――!」
「ぶわっはっはっはっは!!」
人目をはばからない大きな笑い声を背に、降旗は部室の隅で頭を抱えて蹲る。
「あー、おもろ」
「お前は他校の後輩を笑いすぎだ」
今吉は眼鏡をずらして目元を拭い、大坪はそんな彼の肩をバシンと叩いた。
「けど、面白い案やな」
大元の原因である古橋について、花宮たちは重要な事実を握っている。しかしそれを警察に話すつもりはない。学生だけの手では、手段にも限りがある――なら、『学生』の中にある『力』を最大限に利用しよう、と。考えとしては、悪くない。
「……虎の威を、堂々と明言しながら立つ狐がいるとはな」
「花宮ぁ、好い加減にし」
今吉は眼鏡の位置を正すと、花宮の首に腕を回した。
「ワシも誠凛に加勢するで。なんせ、こっちも大切な親友が巻き込まれとんのやからな。嫌がらせにかけては天下一品――そう言ってくれたのは、どこの誰やったやろうかな?」
花宮は暫く眼鏡越しに薄く開いた今吉の瞳を見つめ、小さく舌を打った。
「おい、12番」
「へ?」
降旗が力なく顔を上げると、花宮は彼の緩んだ手から携帯を取り上げた。それから開いたままだった連絡帳に目を通し、また舌打ちを溢した。
「肝心な奴が入ってねぇじゃねぇか……」
「誰なん? 黒子のアドレス帳当てにしとったってことは、帝光中の誰かなんやろ?」
今吉の疑問に答えたのは、ポケットに手を入れたまま立っていた瀬戸だった。彼が出した名前に、相田たちの顔が強張る。
「なんで、そいつを……」
「餅は餅屋っていうだろ」
だからと言って、と言葉を濁す降旗たちを見やり、大坪はフムと顎へ手をやった。
「……そちらに関しては、こっちに伝手がありそうだ。なぁ、今吉」
「まぁ、そうやな」
ニヤリと笑い、今吉は花宮を見やる。
「こっちの手数が増えたなぁ。……どないする? 花宮」
瀬戸も原も山崎も、花宮を見つめる。花宮はゆっくりと息を吐いた。
「……だから、アンタは敵に回したくねぇんだよ」
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