不思議の国の片隅で。
・不思議の国のアリスグッズ配役ネタ。原作はまるっと無視しています。
・月黒、黛黒
・明言はしていないけど、赤→黒と赤→黛もある。


コツン、と叩かれたピンクのとげとげした玉が、コロコロ転がる。それはゆっくりとしたスピードで芝生の上を移動していき、小さなゲートをくぐった。くぐったところで丁度止まったピンクの玉は、もぞもぞ動いてピンと小さな手足を伸ばす。ハリネズミだった玉はお腹に抱き込んでいた旗を小さな手足で持つと、祝うようにパタパタと左右に振った。
「お見事」
その様子に思わず手を握りこんでいた黒子は、背後からそう声をかけられた。少し離れた場所で見守っていたフラミンゴの伊月が、パチパチと手を叩いて喜んでくれる。黒子は振り返って、ペコリと頭を下げた。
「漸く木吉さんのハンデを貰わずに、ボールを転がすことができました」
「うん、打ち筋もよくなってきたと思うよ」
伊月がそう言いながら手招きするので、黒子はピンクハリネズミの木吉を手の平に乗せてからそちらへ向かった。伊月が座っていたのはピクニックシートを広げた一角で、先ほどまではなかったお茶菓子が並んでいる。
「美味しそうです」
「そうか?」黒子を隣に座るよう促しながら、伊月は少し照れたように笑った。
「帽子屋のお茶会に比べると、チープなもんだけどな」
「黄瀬くんのお茶会は、格式高くて緊張してしまうので……僕、ピクニックシートを引いて、保温瓶から注いだ紅茶と、ジャムがちょっと乗ったくらいのクッキーでするお茶会の方が好きです」
「それは、とてもいいことを聞いたな」
ニッコリと微笑んで、伊月は黒子の望んだとおり、保温瓶から紅茶を注ぎ入れたカップを差し出した。礼を言って黒子が受け取ろうとすると、その手前でひょいと下げられる。伊月がそんな意地悪をしたことは初めてで、黒子は思わず硬直してしまった。
伊月はそんな黒子に苦笑しつつ、顔を彼の背後に向ける。
「人のものを横取りはだめですよ、王様」
「ち」
聞き覚えのある乱暴な舌打ちと共に、黒子の頭に重みがかかった。伊月の言葉とその言動で正体を察し、黒子はため息を吐いた。
「重たいです、黛さん」
パッと手を払うと、黒子の隣にドサリと腰を下ろす。そのとき、バサリと重たいマントが黒子の肩にかかって、視界を一瞬隠した。
「俺の分はあるのか?」
「仰せのままに」
黒子にカップを渡し直すと、伊月はバスケットからもう一つカップを取り出した。そちらにも紅茶を注ぎ、黒子を乗り越えて隣に座った黛へ差し出す。
甘いバニラの香りがする紅茶を一口啜り、黒子はほうと息を吐いた。それから、隣で無感動に紅茶を啜る黛へ視線を向ける。
「で、いいんですか? この国の国王が護衛もつけずフラフラして」
王冠はさすがに置いて来たようだが、王威を示す服はいつも通り。しかし片膝を立てて座る姿は、とても権威ある者の姿勢とは思えない。
「護衛対象を見失う騎士の方が問題だろ」
シレッと黛は言うが、護衛騎士の性格を知っている伊月は無茶を言うなあと苦笑した。
「お前こそ、何度こっちに迷い込む気だよ」
「二号が、こちらへの入口を見つけるコツを見つけてしまったようで」
黒子はチラリと、芝生の方でミドリハリネズミと一緒に昼寝する小犬を見やった。黛は苦く顔を歪めながら、伊月が紙皿に並べたクッキーを一つ摘まむ。
「こう頻繁に出入りしていると、また女王サマに目をつけられるぞ。忘れたのかよ、あの裁判」
「その節はとてもお世話になりました」
初めてこの不思議の国に迷い込んだとき、ここは女王の独裁政治に支配されていた。黒子はそんなつもりなかったが、迷い込んだ不思議な場所に翻弄されているうち女王の逆鱗に触れてしまったらしく、裁判にかけられた。そこを救ってくれたのが、女王の権威の影に埋もれてしまったハートの国王、黛だったのだ。以降、女王の政治も落ち着き、以前ほどピリピリした雰囲気も和らいだとの話だ。
「今の女王さまは、賢君だと聞いていますけど」
「政治に関してはな。……でも何か、お前に対する執着は強まっている気がする」
「はあ……」
黒子はピンとこず、首を傾げる。伊月はコメントし辛くて、こっそり苦く顔を歪めた。
そもそも初めに黒子がこの世界に迷いこんだのも、女王が魔法の鏡で彼を見つけたことがきっかけだ。厳しいルールで統治する以外、執着のなかった女王が初めて興味を示した人物。黒子がこちらの世界に迷い込んで裁判にかけられるまで、女王の画策だったのかは用として知れないが、そうであっても可笑しくはない。
黒子は腑に落ちていない様子だが、赤司の彼へ対する執着を示す証拠が、伊月の目の前にある。ハートの王、その人だ。
女王制だったこの国で、王の権威などあってないようなもの。それがわざわざ作られたのは、赤司が黒子を見つけた頃だった。目の前で並んでクッキーを齧る姿など、よく似ている。それもその筈だ、赤司は黒子の真似物として、ハートの王を見出したのだから。
王としての立場を甘受しながらも、誰かの代わりとしての生を飲み込めるほどできた性格でもなかった黛は、ちょっとした嫌がらせをしたこともある。それが先の裁判に繋がるのだが、非情にもなり切れなかった予想外に大事になったことに気後れし、黛は中途半端に裁判を遮った。まぁ結果的に黒子も助かったし黛もお咎めなく、暴君様は大分柔らかい雰囲気になったという話だから結果オーライである。
「……なんだよ」
いつの間にか疲れて眠ってしまった黒子は、黛の太腿に頭を預けて横になっている。額にかかる髪を指で掬いながら、黛は赤いジャムののったクッキーを齧る。
「いやぁ、王さまなら、少しは協力してあげてもいいかなって」
「はあ?」
意味分からん、と黛は顔を歪める。クスクス笑って、伊月も水色の柔らかい髪を撫でた。
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