02-1#影トリオの座談会
その日、高尾は駅前を通りがかった際、珍しい人影を見つけた。「珍しい」と口をつきそうになって、いやしかしそうではないと思い直す。先日連絡先を交換したときに、趣味のためなら遠出も厭わないと言っていたから、屋外で見かけることもある筈だ。
ではなぜ、珍しいと思ったのか。元々、彼と高尾は広い意味での居住区は同じだが、活動範囲は違う。そのため、今まで休日に遭遇することがなかったためであることが一つ。もう一つは恐らく、彼の持っている物によるのだろう。
「おっす、黒子」
「高尾くん」
声をかけると、黒子はすぐに本から顔を上げた。彼の手の中で、可愛らしい女子キャラクターの描かれた表紙の本がパタンと閉じられる。
「こんにちは。また会いましたね」
「おう。黒子も中野に用事?」
「いえ、ここで待ち合わせしているんです」
成程、立ったまま本を読んでいたのは時間潰しのためか。高尾がチラリと視線を動かすと、元来他人のそういった動きに聡い黒子は苦笑して「借り物なんです」と本を持ちあげた。
「いつもはカバーをつけているんですが、今日は生憎忘れてしまって……僕らみたいな人間がこういう本を読んでいても、周囲は気づかないから平気だ、と有難い先輩のお言葉もありましたので」
君には見つかりましたが、と黒子は小さく付け加えて肩を竦めた。
「先輩?」
「おい、くろ、こ……」
先ほどからもしやと思ってはいたが、予想通りの声が背後から聞こえて高尾は思わず口元を引きつらせた。クルリと振り返ると、無表情を盛大に顰めた男と目が合う。
「久しぶり、って言っていいんすかね? 洛山の黛センパイ」
「……敬意を全く感じられないが、取敢えずですます調なだけマシか」
顰めた顔のまま吐き捨てるのは、黒子と同じ特性を持った他校のバスケ部OBだった。

「なんでカラオケ?」
「以前は喫茶店だったんですが、予想以上に白熱してしまいまして」
ここなら大声を出しても平気だと聞いた。黒子はソファに鞄を置きながらそう言うと、机に広がっていたメニューに目を落とした。
「先に飲み物と食べ物でも頼みますか? 降旗くんのおすすめはパーティーセットらしいです」
「まあ、それで」
黒子の向いにドカリと腰を下ろした黛は、続けてドリンクバーの注文も黒子に任せると、「で」と視線を動かした。
「なんでお前までついて来るんだ」
「え、面白そうだったんで」
入口近くで二人の様子を眺めていた高尾は、ニヤッと笑う。
「用事があったのでは?」
「中野のトレカショップにね。目ぼしいカードなかったし、不作でちょっと気分下がってたんだよね」
そこにこんな珍しい、と言えなくもない組み合わせの二人組に遭遇したのだ。ちょっとくらい混ぜて欲しい。高尾が笑顔でそう言うと、注文を終えた黒子がすっかり諦めたように吐息を漏らした。
「いいんじゃないですか? 高尾くんは面白おかしく吹聴することはしないと思います」
「そうかよ……ほら、これ」
「あ、ありがとうございます」
黛はここに来るまでボディバッグ以外に持っていた紙袋を、机へ置いた。黒子が手元に引き寄せて中身を確認する。高尾も一緒に覗き込んで、目を丸くした。
「ライトノベルってやつ? もしかしてさっき黒子が読んでたのって」
「あ、あれは別の人から借りました。これは黛さんおススメのシリーズです」
ではこちらからはこれを、と黒子も自分の鞄を開き、本屋のロゴが書かれた真四角の包みを取り出す。本屋のレジ袋で丁寧に梱包したそれも、本らしい。
「以前お話した作家さんの本です」
「サンキュ」
「え、黒子もライトノベルを?」
先ほど読んでいる姿を見ただけでも意外性があったが、自ら購入するほどとは思わなかった。高尾の言葉に、黒子は首を振った。
「ああ、いえ。あれは直木賞作家の本です。黛さんが読みたいと言われたので」
「え、そうなんすか?」
「お前の中でどういう印象があるか知らんが、俺はライトノベルが一番手軽に読めるから好んでいるだけで、普通に普通の本も読む」
黛については、赤司からの情報を緑間経由で聞きかじった程度なので、印象も何もあったものではないが。
「え、つまりここは本を読んでの討論会場だったわけ?」
「そこまで高尚なものではないですが……」
「ていうか、お前、よくこのメンツで面白いことが起こると思ったな」
よく似た二対の瞳に見つめられ、高尾は思わず口をつぐんだ。

結論から言うと、高尾曰くの討論会は大層盛り上がってしまった。黒子と黛が課題図書――と言う名のライトノベル――を読んでいる間、高尾も黒子の所持していた同じシリーズの一巻を読破し、それに参加したのだ。
フリータイムにしておいて良かった、と氷が溶けて薄くなったジンジャーエールを啜りながら黛は少々悔しさを感じていた。あの対人関係に難ありと言われがちな緑間とチームの潤滑油になって、良好な相棒関係を築いている男は、やはり一味違った。
「高尾くん、本読まれるんですね」
「あはは、よく言われる」
カラカラと笑って、高尾はコーラのグラスを手に取る。
「俺、人生愉しんだもの勝ちだと思っているんだよね。楽しいことなら何でも歓迎なの」
「らしいですね」
黒子はカルピスが空になっていることに気づき、ドリンクバーへ行ってくると席を立った。黛もお代わりが欲しかったので、一緒に席を立つ。二人でドリンクバーに並んでいると、黒子が「良かったです」と呟いた。
「は?」
「高尾くん、結構強引なところありますから、黛さんは怒るんじゃないかと思いました」
「ああ……ま、ウチも後輩に似たような奴いたからな。アイツの方が幾分礼儀正しくてマシだろ」
賑やかで人懐っこい後輩なら覚えがある。かといって、可愛いと思えたかどうかは別問題である。
二人が部屋に戻ると、高尾は何かを考えこむように腕を組んで座っていた。
「高尾くん?」
黒子が声をかけると、高尾はパッと顔を上げた。「考え事ですか?」と訊ねると「まあちょっと」と言いながら、黛と黒子をじっと見つめる。
「……何だよ」
「いやぁ、二人はやっぱり似てないようで似ているなって思って」
キョトリと目を瞬かせ、黒子は隣に立つ黛を見やる。すると彼も同じタイミングでこちらを見やったので、パチリと目があった。目が合った途端、黛は顔を顰める。成程、こういうところかと黒子は一人納得した。
黒子テツヤと黛千尋には、幾つもの類似点と相違点がある。相違点としては、バスケのための体格と技術の有無、乱暴な口調と物腰柔らかい口調、潔さと諦めの悪さ、男らしい名前と中性的な名前など。類似点は、存在感が薄いこと、それを気にかけていないこと、表情の起伏が乏しいこと、負けず嫌いなところ、読書が趣味なこと――そして赤司征十郎と出会ったこと。
「俺としては、そうやって新型だ旧型だと言われて比べられるのは、御免だね」
黛がソファに座ったので、黒子もまた腰を下ろした。
「比べているわけじゃないっすよ。似ているなーって感想。黛さんの、視野誘導のパスと通常のバスケプレイを織り交ぜたスタイルは、黒子には真似できない、黛さんのものじゃないっすか」
高尾はそう言って笑い、大分残っていたケチャップにポテトを沈めた。
「俺としては、先に同族嫌悪のライバルポジションにいたつもりなんで、ちょっとジェラシーみたいな?」
「はあ? 意味分からん」
「またまたぁ。黛さんも、黒子に負けたくないって思っているくせに」
ごふ、とジンジャーエールに口をつけていた黛から変な音がした。パチパチと目を瞬かせた黒子は、向いの席に座る黛へ視線を向ける。
「そう、なんですか?」
「……試合でまんまと俺を出し抜いてくれちゃったのは、どこの誰でしょうね」
荒々しく舌を打ち、黛は視線を逸らす。成程、と小さく呟いて黒子はグラスの汗を拭った。少し、手の汗も混じっている気がした。
「そういう意味では俺と黛さんも共通点ある……ていうか、俺ら三人とも影だし?」
「影? お前みたいな陽キャが?」
「一応、真ちゃんと合わせて、秀徳の光と影って異名貰ってます」
ブイサインをする高尾に、ああそういえばそんな話もあったなと黒子も思い出した
「ま、存在感薄めてってより、あの緑間の補佐ポジって意味ですけど」
「それは、まあ、うん」
「あ、黛さんも連絡先交換してくださいよ。メッセージアプリでグループ作りましょう」
「は?」
高尾の交渉術がすごいのか、黛が流されやすいのか、あれよあれよという間に、黒子の目の前で二人の連絡先が交換された。ピコン、と鞄の外ポケットに入れていた黒子の携帯が震える。それを開いてみると、ニヤリとした高尾の笑みが視界の端に映り込んだ。
「……何だよ、これ」
「『影同盟』って、何ですかこれ」
「えーいーじゃん」
黛と得てしてタイミング揃えて高尾を見やった黒子は、ブッと思い切り吹き出された。彼曰く、そういうところもそっくりだということらしい。



「……些細なコトでいいなら、僕も見つけましたよ、この三人の共通点」
「え、なになに?」
「赤司くんです」
「……」
「……お前、ほんとたまに傷を思い切り抉るよな」
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