有閑クラブな誠凛高校〜相談者:黄瀬の場合〜
例えば、仕事終わりの夜道とか、静かな自室とか、部活の合間に外の空気を吸っている瞬間とか。そういうちょっとしたときに、視線を感じる。じっとりとした感情を伴ったものではなく、ただひたすら、こちらを淡々と探るような感覚。それが、余計不気味だった。
職業と見た目から、こういった視線には慣れっこのつもりだった。友人たちに相談できる内容でもない、という点も大きかった。マネージャーにはそれとなく相談し、後は大人に任せよう。そう考えて一か月。
黄瀬涼太は、他校の友人と共に、都内の某ファストフード店にいた。

初めに異変に気が付いたのは、意外にもこの四月にキャプテンに就任したばかりの先輩だった。
練習や試合は問題なくこなしていたつもりだったが、昨年からずっと同じスタメンとして戦っていた彼には、言語化できないにしても何か思うところがあったらしい。しかし口下手な自分が問い詰めても難しいと思ったらしく、彼は元スタメンOBを呼び出した。
奇しくも同じ大学へ進学していた元スタメンの三人は、都合を合わせて揃って海常高校の体育館に顔を出し、練習終了を見計らって早川、中村と共に黄瀬をファミレスへ連行した。そうして一年間で染み付いた先輩への逆らえない習性を存分に刺激して黄瀬から話を聞きだした笠松は、ズズっとソフトドリンクのストローから口を離して一言。
「それってストーカーじゃねぇか」
全くもってその通りである。黄瀬は否定せず、「はい」と頷いた。
「警察には?」
「マネージャーには、一応相談してるっす。ただ、全部俺の『監視されているかも』っていう言葉だけだもんで、警察も動きづらいみたいで……」
「けど、お前はそれでメンタルやられてるんだろ。早川によると、動きに精彩を欠いているって話じゃん」
「てかきっかけなんだよ。お前、最近モデルの仕事セーブしてたろ」
「そうなんすけど……思い当たるのは、この前、緑間っちの妹ちゃんのピアノコンテストっすかね。高尾っちに誘われて行ったんすけど、そこで顔バレしちゃって」
「ドジ」
森山の言葉にも、返すものがない。
そんな彼らの様子を、のんびりソフトドリンクを飲みながら眺めていた小堀が、ふと口を開いた。
「それ、彼らの方が領分じゃないか?」

と、ここまでの流れを説明しきったところで、部活帰りに唐突にファストフード店へ連行され不機嫌に顔を歪めていた黒子と火神は別の意味で顔を顰めた。おや、と黄瀬が思ったのも束の間、二人は身体を後ろへ回して別の席にいた部員たちへと声をかける。
「朝比奈」
「ういっす」
火神の声一つで立ち上がったのは、彼に憧れて入部したという一年生だ。口端のソースをペロリと舐めて、朝比奈は火神の元まで歩み寄った。
「けどいいんすか、火神先輩の方は」
「まぁ何とかなるだろ」
「俺が引き継ぐよ。どうせ黒子と行動することが多いだろうし」
トレイを片付けながら、伊月が口を挟む。「フリもいるし」という彼の視線を受け、降旗は緊張した面持ちで「は、はい!」起立した。
「後は……」
「はいはーい、俺と夜木の出番でしょー」
思案顔の日向に向けて挙手をした小金井は、これまた固い表情で緊張した様子の一年の肩を引っ張った。「河原は?」「俺、別件の依頼があるし、夜木だけでも十分だと思うぜ」などと会話をしながら、先輩たちのトレイを片付けているのは河原と福田だ。
いつの間にか黄瀬たち三人が座る机を取り囲むように、誠凛メンバーが集まっている。
「土田は大丈夫なのか?」
「最近はすっかり静かだったんだけど……まさか黄瀬の方にシフトチェンジしていたとは、思わなかった」
まだトレイに残っているポテトを摘まんでいた木吉が訊ねると、土田は申し訳なさそうに頬をかく。彼らの向いに座っていた相田は、ストローを噛んだ。
「全く、嫌になっちゃうわね」
鬱陶しいったらない。低く呟くと同時にギリリと噛み千切らんばかりにストローが、犬歯に押しつぶされている。
黄瀬は、ゾワリとした感覚に口元を引きつらせてしまった。
「カントク、行儀悪いって、水戸部が言ってる」呑気に通訳する小金井と、そっと相田のカップを掴む手に触れる水戸部たちの、『普通の態度』にすら、違和感を持ってしまうほど。


どういうことだ。
一週間後、黄瀬はさっぱり訳の分からない状況に目を白黒させていた。
誠凛に相談して二三日後には、気味の悪い視線は感じなくなった。それどころか、昨日はマネージャー伝手にストーカーが捕まったという報せまできたのだ。
正体は、財政界の重鎮を中心にゴシップネタをでっち上げては荒稼ぎするフリーライターだった。かなり乱暴な手口でその界隈からはすっかり警戒されており、ここ近年の収穫は芳しくなく、そんな折黄瀬に目をつけたといった流れだったらしい。乱暴な手口には不法侵入も含まれており、悪質ということであっさりお縄にかかったと、マネージャーが持ってきてくれた明後日発売の週刊誌見本に書かれていた。
「どういうことっすか!」
「あれ、ご存知なかったんですか?」
部活が終わると同時に誠凛高校へ駆けこんだ黄瀬を、彼らは普段通りの態度で受け入れた。どころか、そこには彼らに相談するよう黄瀬に勧めた小堀までいた。
(マジでどういうこと?)
「げ」と小さな声がしたので視線を動かせば、壁際に見憶えのある顔を見つけた。確か、洛山の5番だ。もう卒業した筈なので、元だが。彼は関わりたくないというように顔を背けるので、こちらも構っていられないと黄瀬は黒子に詰め寄った。
「どういうことっすか、黒子っち」
「ストーカー問題、解決しましたね」
「そう、有難いんだけど、なんで??」
黒子はキョトンと目を瞬かせ、浮かんだ汗をシャツで拭う。それから再び知らなかったのかと繰り返した。
「だから何を?」
「小堀さん?」
「だって部外者があまり説明したら悪いかなって」
日向の視線を受け、小堀は苦く笑った。
「まぁ……しょうがないか」
相田はため息を吐く。さり気なく黒子との間に腕を差し入れていた朝比奈と、肩を掴んだ伊月の手によって、黄瀬はその場に座らせられる。あの夜と同じように、誠凛メンバーが黄瀬の周りを取り囲んだ。
正面に立って黒子は、立てた人差し指を口元へ当てる。
「あまり、大きな声で言わないでくださいね」

誠凛高校は、創設三年目になる新設校である。ここに通う学生の三割が、一般家庭出身だ。五割は社長だったり政治家だったり、「そういう家柄の子供」となっている。元々そういう家庭出身の学生が通うことを想定されているため、学校の設備や警備体制は一般高校よりも充実している。そして何より、残り二割の学生が、そういう家庭出身者を護衛するボディーガード要員として入学している点も、重要だ。
「つまり、お坊ちゃん学校?」
「少し違いますね。一般家庭の生徒もいるので、そこまで学費が高いわけでもないです」
その分、五割の生徒の家から寄付金を貰っているのだが。
「まぁ、そんな感じで、あのストーカーライター、うちの学校の五割の生徒の家も結構しつこく狙っていたんですよ」
「少し前に『次はない』って警告したんだがな」
ため息交じりに言ったのは伊月だ。隣で土田が眉を下げ「悪いな」と呟いた。
「え、なんで土田サンが?」
「狙われてた家ってウチでさ。黄瀬くんがきっかけだって言ってたピアノコンクール、あれ実は俺も見に行ってたんだよ。彼女が出てたから」
そのときに目を付けられたのだろうと、申し訳なさそうに土田は頬をかいた。黄瀬はブンブン首を横に振る。悪いのはストーカーであって、対象になっていた土田のせいなんてとんでもなかった。
「小堀さんは家同士の付き合いがあって、昔から知ってたんだ」
「誠凛がもう一年早く出来てたら、俺もこっち通ってたかもしれないしな」
「ええ!!」
黄瀬は思わず立ち上がった。あはは、と小堀は軽く笑っている。その態度と、日向の「神奈川出身なのになに言ってんすか」という言葉で冗談だとすぐ気づけたが、心臓に悪い。
「他に聞きたいことは?」
「結構あるっすけど……じゃあ、あのとき言ってた朝比奈クンや小金井サンのあれそれって?」
「俺の家族、記者関係なんだよね。その伝手で俺もそっちの業界には詳しくてさ、同じ穴の狢ってやつ? 夜木は機械関係強いから、ストーカーの証拠とるときにちょっと、ね」
パチンといつもの調子でウインクしてくる小金井に、こんな空恐ろしさを感じるとは。
「朝比奈は、ボディーガード枠なんだ。いつもは火神についているんだけど、特別に黄瀬につけて、万が一実力行使された場合に備えてたんだ」
黄瀬が視線をやると、不愛想な一年は「うっす」と頭を下げた。黄瀬は慌てて礼を言って、自分も頭を下げる。
「火神っちも『五割の家庭』ってやつ……? てことは伊月サンもボディーガードで、その対象が黒子っちだったりしたんすか?」
「そんなもんだ。さすがの黄瀬でも気づくよな」
カラカラ笑う木吉の言葉に、さすがにカチンとくる気も起きない。きっと同時に名前を上げられていた降旗も、黒子つきのボディーガードだったのだろう。それよりも、
「黒子っち」
ガシリ、と黄瀬は黒子の肩を掴んだ。ボディーガードたちの邪魔が入らなかったのは、危険がないと判断されたためか。そこまで思案する頭は、黄瀬に残っていなかったが。
「なんで教えてくれなかったんすか! 中学のとき、普通に遊んでたじゃん!」
「中学の時もいましたよ、降旗くん」
「そーなんすか!?」
それに、と黒子は淡々と続ける。
「聞かれなかったので」
実に彼らしい、シンプルな答えだった。

「もういいか、そろそろ時間だ」
「あ、はい。お待たせしてしまいすみません、黛さん」
「本来なら頽れている旧友ほっといていいのかと言いたいところだが、こっちが優先だ」
「分かっています。すみません、僕と降旗くん抜けますね」
「了解。今日は雑誌モデルだったわね」
「はい。その後お座敷があるので、そのまま帰宅します」
「撮影が終わった頃に、俺も合流するよ」
「了解です、伊月先輩」
「じゃあ、お疲れさん」

終わる。
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -