天邪鬼と座敷童の平穏な生活。
・先祖返りとSS設定のパロ。
・妖怪の元ネタは妖怪大行進より。


黛千尋がその連絡を受けたのは、夏休みも終わりごろ。大学生も慣れたもので、単位取得も順調。現在は土日の夜を中心に本屋のバイトを入れているが、この調子ならもう少し入る日を増やしても良いかもしれない。散財する性質でもないが、先立つものは貯められるときに貯めておくべきだ。そんなことを考えつつ後期カリキュラムを眺めていたとき、かの男から連絡が入った。
『お久しぶりです、黛さん』
「赤司か。何か用か?」
彼とは一度、部活のグループラインのために連絡先を交換していたことを思い出す。カリキュラムを開いていたタブレットの画面を落とし、黛は立てた膝に腕を乗せた。
『……黛さん、都内進学でしたよね』
「ああ。そういえば言ってなかったな、ジャバウォック戦、勝利おめでとう」
『ありがとうございます』
にこやかな返答は、素直な響きをしていた。あの、天帝さまを知っている身としては違和感を否定できない。
『都内にいらっしゃるなら、お願いしたいことがありまして』
「お願いしたいこと?」
黛は眉を顰めた。嫌な予感がザラリと黛の頬を撫でる。これは、高校生活最後の一年のときも感じたものだ。
『ええ……黛さん、SSのバイトをする気はありませんか?』
それ関係か、と黛は顔を歪めてしまった。
SS――シークレット・サービス。一般には、要人警護を行うボディーガードのことを示す。しかし、赤司が言うSSとは、それとは少し毛色が違う。
先祖返り、という存在がある。過去に妖怪と交じり合った家系で、その妖怪の血を濃く受け継いで生まれてくる者たちのことだ。どうやら始祖となる妖怪と同じ容姿、同じ性質、さらに個体によっては稀に記憶まで受け継いでしまうこともあるようで、一説には人間の腹を介して妖怪が再生する手段であるとも言われる。そのため宗教染みた家系が多く面倒なことも多いが、戦時前に比べたら随分寛容になったと思う。
SSとは、そんな先祖返りたちが人間社会で滞りなく生活できるようサポートする存在だ。先祖返りの中でも比較的人間社会に溶け込みやすい個体が務めており、先祖返りのコミュニティで絶大な力を誇る赤司一族が組織運営している。
黛も先祖返りであり、嘗ては通話相手のSSを務めていた経験がある。
「SSって、俺に戦闘力はないぞ。できるのはお前にしてたみたいな最低限のサポートだ」
先祖返りの種類によっては朝から晩まで、文字通りボディーガードとしてSSを雇用する者もいる。が、自衛のできる者に関しては、交友関係のサポートとしてSSが置かれることが多い。黛は、後者の方だった。一年生に先祖返りが来るから、高校最後の一年はサポートをよろしくと打診されていたのだ。まさか、あんな屋上での出会いがあるとは、思わなかったが。
『それで構いません。頼みたい相手は、回避能力という点では自衛力がありますので』
「はあ? じゃあ、なんで」
『下手に腕の立つSSを置いたら、目立つ的になってしまう恐れがあるんです。かといって、彼だけにしておくのは不安も残りまして』
「成程ね……」
そこで、気配を消すことに定評がある黛に声をかけてきたわけだ。まぁ赤司には、黛の気配遮断も通用しなかったのだが。
『バイト代、弾みますよ』
SSを組織運営する赤司一族の後継者から直々にそんなことを言われてしまって、断れるわけがない。


という会話をしてから一か月後、黛はとある高校を訪れていた。最終下校時刻も間近の時間帯、チラホラと門を出ていく生徒たちの波に逆らって、明かりがついたままの体育館へと足を向ける。慌ただしく片付けに右往左往する生徒たちの様子を、黛は入口にもたれ掛かって眺めた。
初めに影の薄い黛に気が付いたのは、視野の広い伊月だった。
「黒子、お迎えだぞ」
伊月に声をかけられ、ボールを拾っていた黒子は顔を上げる。そして入口に立つ黛の姿を見つけると、僅かに顔を顰めた。抱えていたボールを、丁度傍を通りかかった福田の引っ張るカゴへ預け、黒子は黛の方へ駆け寄った。
「いつも迎えに来なくても……一人でも帰れます」
「もう少し早い時間帯だったらな」
今の時期、日が落ちるのは早い。先祖返りたちはその特性故、人間社会ではエリートと呼ばれることが多い。その分、余計な敵も増えるわけで。
黒子はまだ高校生で、存在感が極端に薄い。しかし、先祖返り元が少々悪い。一歩間違えば妖怪たちからも狙われかねない。情報とて隠し切れるものでもない。そういう意味では、赤司の懸念は妥当なのである。

「ったく、よくもまぁ、一年間無事だったな」
ごろ、と爪先で転がした身体を見下ろし、黛はため息を吐いた。ベンチの影で鞄を抱えて丸くなっていた黒子は、ゆっくりと顔を出す。それからもう危険はないと判断して、すくっと立ち上がった。
「先月までは火神くんがいたので。彼、先祖返りとしても存在感が強くて、下手な下級妖怪は近寄ることもできなかったんです」
成程と取敢えず納得し、黛は背後からの不意打ちで気絶させた下級妖怪を近くの草むらへ蹴り飛ばした。
火神とは、秋入学の時期に合わせてアメリカの高校に編入していった黒子の元チームメイトである。天狗の先祖返りで、誠凛高校に入学したのもとある先祖返りのSSを務めるためだったらしい。問題だったのは、その先祖返りが怪我のため休学中で不在、火神が対象の先祖返りについての情報を知らず、そこにたまたま赤司たちのサポートを振り切って一人誠凛に入学した黒子がいたことである。火神は黒子が対象だと勘違いし、黒子も赤司が過保護なことをしたものだと少々ご立腹だった。一年の夏休みまでの話だが。
後に、火神は木吉鉄平のSSだったと判明し、黒子に対する誤解もとけた。が、再び問題が起きた。木吉と火神が揃って渡米することが決定したのだ。
火神の存在を渡りに船と考えていた赤司は、悩んだ。黒子を一人にしておくことが不安だったらしい。そこで白羽の矢が立ったのが、赤司が信頼を置き、黒子と似たような特性を持った黛だったのだ。
「じゃあ、帰りましょうか」
黒子は鞄を肩にかけ直す。そのサラリとした態度に、黛の腹が何となくムッとする。
黒子のSSとしての契約を結んでから、黛は彼と同居している。帰る場所が同じなのは、これまた雇い主の指示だった。一人の時間を楽しみたい黛にとっては遠慮したい話だったが、普段から物静かで読書が趣味の黒子が相手故、危惧していたほどの窮屈さはなかった。それどころか、案外快適だと思い始めている自分さえいる。
「黛さん?」
数歩先で立ち止まり、黒子は小首を傾げながら振り返る。薄氷色の髪が、街灯と月明かりの混じった光に照らされている。思わず目を眇めてしまった自分を自覚して、黛は荒々しく舌を打った。
「あの、」
「分かっているよ、帰るぞ」
パシン、と軽い音を立てて黒子の頭を叩く。ムッとした顔で黛を見上げた黒子は、「何するんですか」と手刀を彼の腰に叩きこんだ。
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