「正確には違います」
・従兄弟パロ


閉会式後、高揚感冷めきらぬ中、誠凛メンバーは帰り支度をしていた。そんな中、フラリと立ち上がった小柄な影。隣にいた降旗は見上げたその横顔が固さを含んでいたことに気づき、目を瞬かせた。
「黒子?」
「……すみません、降旗くん。少し、挨拶をしておきたい人がいるので、先に出ています」
自分の分の荷物を肩にかけた黒子は、小さくそう言うと、先輩たちの間を縫って静かに控室を出て行った。
(挨拶をしておきたい人? キセキの世代……か、応援に来てた荻原って人か? でも、それならあんな表情……)
「フリ、手ぇ止まってんぞ?」
「て、あれ、黒子は?」
福田や火神の言葉で、他のメンバーも控室に黒子がいないことに気が付き始める。降旗はグッと唇を噛みしめると、まとめた自分の荷物を福田に押し付けた。
「悪い、福田。ちょっと出てくる。荷物頼んだ」
「わ。え、おいフリ?」
福田の戸惑う声と日向の叱責を振り切り、降旗は控室を飛び出す。あの、水色の影を追いかけるために。


静かだ。観客はとうに会場を出ており、残っているのは選手たちのみ。それも、出口と反対の位置になるこの飲食スペースに今の時間、人影はない。筈だった。
指し示したわけでもないのに、黒子の目的とした人物は、薄暗がりの中ぼんやりと光る自販機の前に立っていた。
「……お久しぶりです」
黒子が背中に声をかけると、特段驚いた様子も見せず、ゆっくりと振り返る。洛山のジャージを羽織ったその人影は、つい数分前までコート上で対峙していた男だった。
「さっきぶりだな」
何か飲むかと、彼は自販機を指さした。


「おい、待てよ、フリ」
どこへ行ったのだろうと右往左往しているうちに、チームメイトたちが慌ただしく追いかけてくる。追いつかれて一発、相田にはハリセンを貰った。
「もう、急に控室飛び出すなんて。どうせ黒子くんのことなんでしょうけど、しっかり説明しなさい」
「す、すみません……」
ペコリと頭を下げ、降旗は黒子が『挨拶をしたい人がいる』と言って控室を出て行ったこと、その表情が固く気にかかったことを説明した。
「赤司たちじゃねぇのか?」
「いや、洛山はとっくに会場を出て行った筈だ」
トイレの帰りにその様子を目撃していた木吉が言った。では荻原かと火神が言うと、一般観客は選手たちよりもずっと前に会場を出されている筈だと相田が言った。
「取敢えず黒子を捜してみるか……ん?」
腕を組んだ伊月は、その広い視野に何かを引っかけたようで、眉を潜めて首を回す。
「あ」
「え」
彼と同じ方向を見やった火神たちも、口をポカンと開く。それは丁度誠凛の存在に気づいた向こうも同じだった。
「洛山?!」
「ども、誠凛さん」
ひら、と手を振ったのは葉山だ。
「なんで、とっくに帰ったんじゃ……」
「そのつもりで、他のメンバーはバスに乗ったわ。けど、レギュラーが一人行方不明になっちゃったの」
心配、というより呆れの感情がこもった吐息を溢し、実渕は頬へ手を添える。
「行方不明……?」
「ま、いつものことっちゃいつものことだがな」
伊月の呟きに答えるように、溜息を吐いた根武谷は頭を掻いた。どういうことだと顔を見合わせる相田とリコの前に立っていた降旗は、グッと拳を握って正面に立つ男を見つめる。堂々とした様子で腕を組んだ相手は、降旗の視線を受け止める。
「……赤司、黛さんはどこにいる?」
「こちらも、それで困っているんだ」
その言葉通り、赤司は少し眉を下げた。


ガコンと音を立てて自販機からスポドリが滑り落ちる。それを取って差し出す手から、黒子は素直に受け取った。
「ありがとうございます――黛さん」
黛は短く「おう」と答えて、手近にあった椅子に腰を下ろした。彼は先に購入していた炭酸水の蓋を開け、ごくごくと喉へ流し入れていく。
「……お疲れさまでした」
「まぁ、何だかんだ、悪くない一年だったな」
半分ほど減ったペットボトルの蓋を閉め、トンと机の上に置く。
暫く、二人の間には沈黙が落ち、じじじ、という自販機だけが存在を示していた。
――誠凛と洛山が彼らを見つけたのは、そんな沈黙の間だった。自販機の明かりでは照らしきれない薄暗がりに、ゆっくりと溶けていってしまいそうな二人の姿に、赤司や降旗たちは足を止めてしまう。何も考えず飛び出そうとする葉山は実渕が抑え、他のメンバーも声を潜めて二人の様子を観察してしまった。
「……僕、後悔はしていません」
沈黙を破ったのは、黒子の方だった。背もたれにだらしなく寄り掛かって天井を仰いでいた黛は、チラリと視線を彼に向ける。
「そうか」
「……怒らないんですか?」
「怒ってほしいのか?」
「……分かりません」
黛は吐息を漏らして、身体を起こした。
「逆に後悔しているって言ったら、殴っていたかもな。あれは真剣勝負だった。そして俺はそれに負けた、それだけだ」
黒子テツヤが3年かけて鍛え上げていた技術を、1年足らずで物にしたと勘違いし、自分の元々の経験と合わせればさらに高みへ登れると思い違いをした。その結果があれだ。
「俺はどうせその程度の人間だったってことだ」
分は弁えていると思っていたが、まだまだ自分に甘かったようだ。黛はフッと口元を歪めた。
「俺も、後悔してねぇよ。他の洛山メンバーには悪いけど」
ゴクリと、影から覗いていたメンバーのうち誰かが、唾を飲み込んだ。
黒子は黛と向かい合う位置に立ち、スッと手を差し出す。黛はチラリとその手を一瞥し、意図を問うように黒子の顔を見上げる。
「今日、決勝という場で、あなたと戦えて光栄でした。お世辞でなく」
「へぇ」
ニヤリと顔を歪め、黛はだらしなく垂らしていた手を持ち上げる。そして、黒子の手を固く握りしめた。
自販機に照らされた黒子の口元が、ふっと和らぐ様を、降旗は見つけた。
「お疲れ様でした――千尋兄さん」
「優勝おめでとう、テツヤ」

「はあ?!」

ビクリと薄い二つの肩が飛び上がる。思わず声を上ずらせて物陰から飛び出してしまった降旗は、ハッと我に返った。斜め後ろではポカンとした顔の赤司がいたが、誰もそちらを気にしていられない。小金井と葉山はキョロキョロと視線を動かして「え、え、どういうこと??」と混乱している様子。
「く、黒子……」
さすが相棒というべきか、混乱の中口を開けたのは、火神だった。
「お前……洛山の5番と、兄弟、なのか?」
震える指でさされ、黛は「人を指さすなよ」と眉を潜める。黒子は黛との手を離して、「えっと」と頬をかいた。
「正確には違います。僕と千尋兄さんは、従兄弟です」
立ち上がった黛を手の平で指し示し、黒子は言う。「はあ?!」と再び声を上げたのは、誰だったのか。それを皮切りに、誠凛メンバーは黒子へ詰め寄った。
「え、何々? 親戚だったってこと? え、知ってたの??」
「洛山にいて、バスケ部のレギュラーとは知りませんでした」
つまり、試合で対面して初めてその事実は知ったものの、以前から顔見知りだったわけだ。よく驚きを露わにせず試合を進めることができたものだ、いやそのポーカーフェイスも含めてのシックスマンか……と誠凛はガックリと肩を落とした。その隣では、実渕を始めとする無冠の三人に詰め寄られ、黛が面倒臭そうな顔をしている。
降旗はどこかホッとした心持で肩の力を抜いた。しかしすぐにビクリと身体ごと飛び上がった。隣に立っていた赤司が「いと、こ……?」と心底混乱したような呟きと共に、目をカッと見開いていたためである。
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