軍パロを目指したかった何か。
・軍パロを目指したかったなにか。薄っすらツバサ(@CLAMP)の東京編パロです。
・夢視みたいなポジションを作りたかった結果。
・無表情トリオは以前から知っていたけど、『目にハイライトがない組』という分け方があるとは知らなかった。コンビとして、陽泉二年生コンビも好きなんですよね…。それだけ。
・含有カップリング:降黒、月黒、赤黒、黛黒、緑高、花古


砂と空だけが、延々と続く景色。そこに木々の緑や瑞々しい河川は、影も形もない。この世界は、崩壊へと足を進めていた。
始まりは、酸性を伴った暴風雨だったと、言われている。酸性雨、だけなら度々問題視されていた頃だったが、明確な防御方法も改善策も行われていない時代だった。三日三晩振り続けた酸性の暴風雨によって、この国の街はほぼ壊滅。主要都市部には辛うじて生き残った建造物があったようで、逃げ足の残っていた国民は一斉にそちらへ駆けこんだ。
その後も、地震や津波といった災害に見舞われた他国からの救援は望めなかったり、少しずつ減っていく食糧や水を求めて争ったり、倒壊する建造物を捨てては新たな居住地を奪い合ったり――人類の文明は、この数十年で随分と衰退してしまっていた。
文明が衰退し都市機能が麻痺すると、各地で自然発生的に組織が乱立し始める。古くは自警団と呼ばれていたものと似ていて、その名の通り自分たちの地域・建造物を守り、そこに住む人々の生活が円滑に営まれるよう支援する。【誠凛(タワー)】も、以前は関東地方と呼ばれていた地域の一角で、約三百メートルの高さのタワーをシンボルとする自警団だ。
「くぉら、バ火神!!」
彼らの幹部が平和主義なこともあり、比較的穏やかで落ち着いている集落ではある。昼間からそんな怒号が響いても、住人たちがのんびりと構えている程度には。
またか、またね、等と会話を交わす人々の間をノミのように飛び跳ねて、赤い髪の青年がタワーの上部から飛び出した。自警団の所属を示す上着をはためかせ、青年は壁を何度か蹴りながら衝撃を和らげると、手と足をついて着地した。丁度着地点の目の前に立っていた別の青年が、驚いて肩を飛び上がらせる。
「火神! お前また! 階段使えって言ってるだろ!」
「わ、わりぃ、降旗! けど今はそんな場合じゃ……!」
驚きはしたものの青年が誰か確認すると、猫のような目を吊り上げる。立ち上がると随分背丈がある赤い髪の青年は、下から睨みつける視線に慌てて手を振った。そんな間にも、火神と呼ばれた青年の背後から、怒声は響き続ける。
「お前、今は座学の時間だろ?」
目を吊り上げた青年の隣に立っていた黒髪の青年は、何となく事情を察した顔をしながらも訊ねた。火神の服の裾を彼が掴んで止めたので、背後から迫る声に逃げようとしていた火神は足を動かせないでいる。
「何度やっても覚えらんねぇから、キャプテンが怒って……」
「その迫力に負けて逃げてきたわけか。……来たばっかり虎ばりの威圧感って言われてたのはどこ行ったよ」
ため息を吐きつつも、青年は火神から手を離す様子はない。それどころか「キャプテン、捕まえましたー!」と声をかける始末だ。ピャッ、と虎と言うより水をかけられた猫のように、火神は肩を飛び上がらせる。
数分もしないうちに、黒い暗雲を背負った笑顔の青年が、同じ様子の少女を連れて姿を現した。
「バ火神ぃ、お前、好い加減にしろよ」
「いつまでも感覚頼みが通用すると思うなよ。ちゃんと理論も覚えなさい」
にこやかな少女の語尾はハートがついきそうな響きだったが、威圧感がそれで緩和される筈もない。すっかり半泣きの火神は、襟首をキャプテンである青年にひっつかまれてズリズリと引きずられていった。
「全く、火神くんにも困ったものね」
【誠凛】の実質的総監督であり参謀の相田は、泣き言を残していく火神を見てため息を吐いた。
「もうちょっと、頭を使うことを覚えてくれればなぁ……」
降旗は心からため息を吐く。そこでふと相田は降旗と、火神を捕まえていた福田を見回した。
「そう言えば、黒子くんは?」
「ああ……さっき、伊月先輩と少し外の空気を吸ってくるって」
言いながら、福田は出入り口の方を指さす。彼らがいる場所はタワーでも一階のエントランスにあたる部分だが、一番外界にため近寄る者はいない。過酷な環境下の上、異常気象によって発生した変異体の脅威がある外界へ、好き好んで出ていく人間はいないのだ。
相田はもう一つため息を吐いた。
「火神くんもだけど、黒子くんも大概ね……」
まぁ【誠凛】のナンバー3である彼がついているなら安心か。相田はそう結論づけて、今の時間帯の見張り役である降旗たちに労いの言葉をかけると、すっかり火神の悲鳴が聞こえなくなってしまった方へ足を向けた。

一歩外に出ると、人どころか鳥の鳴き声さえ聞こえない世界だ。時折吹き抜ける風以外、耳元で騒がしく音をたてるものはない。タワーの、嘗ては展望台と呼ばれていた場所の屋根に座り、そんな景色をぼんやりと眺めながら、黒子は立てた膝を胸の方へ引き寄せた。
「黒子」
風でズレたフードを、背後に立った気配が頭にかけ直してくれる。強力な紫外線と日光は、長時間浴びると後々人体に悪影響だと言われている。砂漠と化した世界で生き抜く変異体の皮を鞣して作ったマントは分厚く、少々重みもあったが、その分遮光力も強い。
黒子は背後からの手に礼を言い、次はズレることがないよう、端を手で握った。同じマントをかぶった伊月は、その様子に小さく笑って、黒子の隣に腰を下ろす。
「そう心配しなくても、早々変異体の襲撃は来ないよ」
「……そう、だと思います」
「他に何か心配ごとが?」
歯切れの悪い言葉に、伊月は眉をひそめた。黒子は暫し口を引き結んだまま、何かを考えこむように視線を動かす。それからゆっくりと、杞憂なら良いのだが、と呟いた。
「西の方から、何だか嫌なものが来る気がして……」
「西……」
伊月はつい、自分の目でも見得ない西の都を見やるように顔を上げた。
今、この国で強い勢力を持っている自警団は四つある。【秀徳(都庁)】、【海常(港倉庫)】、【桐皇(駅)】、【洛山(仏塔)】だ。さらに北の地方に【陽泉】があるようだが、近ごろはあまり話を聞かない。大きい分、ルールや取り仕切る幹部のやり方について行けず、地域を離れていく人間たちもいて、そうやって日々解散したり【誠凛】のような比較的小さな自警団ができたりする状況なのだ。
西をほぼ掌握しているのは、【洛山】だ。噂では、数年前までこの辺り一帯を取り仕切っていた巨大勢力【帝光(御所)】の後進とされている。
「ていうか、黒子、それってお前夢を――」
視たのではないのか、そう続けようとした伊月は、ヒュッと喉を絞めつけられる感覚に言葉を止めた。広い彼の視野が捉えたのは、自分と並んで座る黒子の背後に立つ、赤い気配。
つい先ほどまで、そこには誰もいなかった筈だ。いつの間に――という疑問が先だったが、それよりも身体に染み付いた反射神経がこの場の退避をすべきだと叫んでいた。それほど、そこに現れた気配の威圧感は凄まじかった。
伊月の脳がその感覚を言語化するより早く、彼の腕は黒子を抱きかかえていた。そのまま、屋根を蹴って下へと逃げる。チラリと最後に確認した展望台では、追いかけてくる様子もなく静かにこちらを見下ろす気配と目が合った気がした。

突然砂煙を立てて現れた伊月たちに驚いた降旗は、疑問を口にする間もなく彼に抱えられた黒子を押し付けられた。
「降旗、黒子連れて奥へ!」
「へ、は、はい!」
「伊月先輩、一体何が……!」
伊月の勢いに気圧され、降旗は黒子の腕を引いてタワーに駆け込んでいく。福田は常に携帯していたハンドガンに手をかけながら、伊月に声をかける。伊月は彼に答えず、とある方向に鋭い視線を向けた。福田もそちらへ視線をやって、ゾクリと神経の底から沸き上がる悪寒に、手足へ一層力を込めて警戒を高めた。
「成程、良い目と反応だ――常人の中では」
福田のすぐ後ろで、声がした。

降旗の報告を聞き、タワーの中は一瞬で警戒態勢に入った。非戦闘員はタワーの奥へ、戦闘員は武器を携帯して伊月たちの加勢のため外へと飛び出していく。降旗は黒子の護衛として、タワーの中に留まった。
ギュッと抱いた肩が、カタカタと微かに震えている。「黒子?」降旗が声をかけると、黒子はハッと我に返った様子で顔を上げた。
「一体何があったんだ? 変異体じゃないよな……別のグループからの襲撃か?」
「……恐らく、そうだと思います」
きゅ、と降旗の服を掴む指先が白くなっている。暫く顔を伏せていた黒子は、意を決したように降旗を見上げた。
「降旗くん、お願いがあります」
「……危ないことは手を貸せない。俺らは、お前を失うわけにはいかないんだ」
「分かっています、自分の役割も領分も……けど、きっと彼は、先輩たちでは止められない」
だから、と黒子は降旗の手を握り彼の目を真っ直ぐ見つめた。
「お願いします」
降旗はグッと顔を歪め、それから長く息を吐いた。自分は、彼の真っ直ぐ見つめるアイスブルーの瞳に弱いのだ。
「……分かった。けど、無茶はするなよ」
降旗の言葉に、黒子は口元を和らげた。

(何だ、コイツは……!)
降旗から報告を受けて現場に駆け付けた火神たちは、その場へ広がる威圧感に息を飲んだ。見張り当番で居合わせたのだろう、福田が頬を砂に押し付けるように倒れている。彼を庇うようにして襲撃者と対峙している伊月は、報告があって数分も経っていない筈なのに、既に傷だらけで息が上がっていた。
「伊月、これは一体……!」
ハンドガンを構えながら、日向はこの場で一人悠然と立つ人影へ照準を合わせた。日向たちと同じマントに身を包んだ人影は、フードの下に隠れた視線を彼へ向ける。影から覗く金の輝きに、ゾクリと背筋が泡立った。
「待ってください」
誠凛側の警戒心がますます高まる中、凛とした声がその場の空気を揺らした。いち早く反応したのは、人影に一番近い場所で片膝をついた伊月だ。
「なんで来た――黒子!」
マントを羽織った黒子は、心配げな降旗の手を断るとそっとフードを少しずらして顔を上げた。
「……お久しぶりです、赤司くん」
「……やあ、久しぶり、黒子」
人影は、威圧感を少し和らげた。それから自然な動作でフードに手をかけ、背中へそれを落とす。露わになったのは、燃えるような赤い髪。火神とはまた違う鮮やかさだ。紅と金の瞳で辺りを見回し、赤司と呼ばれた青年は口元を和らげた。
「こんなところにいるとは、思わなかった。随分探したよ」
「……そうですか」
「黒子」
一見和やかな会話を、二人の間に立つことで遮った火神は視線を赤司へ向けたまま「知り合いか」と訊ねた。黒子は小さく頷いた。
「テツヤとは昔馴染みでね……今日は迎えに来たんだ」
マントの前を寛げ、赤司は腕を伸ばした。視線は、火神の肩越しに奥へ立つ黒子へ向けたまま。
「【洛山】に来い、テツヤ。お前の力は有用だ」
伊月たちは息を飲んだ。ただ一人、黒子はギュッとマントを掴んだまま、表情を変えない。
「……お断りします。【誠凛】の『要石』は僕だけです。ここを離れるわけにはいきません」
「だったら全員【洛山】へ来れば良い。歓迎するよ」
「……」
何かを考えるように黒子は視線を動かす。それからゆっくり口を開いた彼の言葉を遮るように、
「こっちから願い下げだ」
火神が口を挟んだ。
「手前からは、気に食わねぇ臭いがする。【洛山】自体、良い噂聞かねぇしな……黒子だけ奪って、こっちに不利な条件つける気じゃねぇのか」
「初対面なのに、随分酷いな」
瞳を細め、赤司は薄く笑う。金の瞳の奥に剣呑な光を見つけ、火神は身構えた。
「……まぁ、テツヤが断るのは、想定内だ」
「!」
微かな気配を感じ、伊月は振り返った。その瞬間、死角から伸びて来た赤司の足によって、近くの壁に叩きつけられる。驚いた火神はそのままこちらに突っ込んでくる赤司を見て、構えていたハンドガンを手放し、彼の両手を掴んで止めた。
「ほお、良い反応だ――お前はな」
「黒子!」
火神の背後で、降旗の焦った声が響く。そちらへ火神の意識が引っ張られた隙に、赤司は身体を捻って拘束から逃れ、こめかみに重い一撃を叩きこむ。神経が痺れる感覚がして、火神はヨロリと膝をついた。
「耐えるか、さすがだな」
こちらを見下ろす赤司に歯がみしながら、火神は僅かに動く首と視線で黒子たちを捜した。
突然現れた気配に驚き、無我夢中で黒子を抱きこんだ降旗は、そのまま地面に倒れこんでいた。いつの間にかすぐ近くに迫っていた人影が、ニヤリと笑って降旗たちを見下ろす。降旗は赤司とその人影から黒子を庇うように腕を伸ばしながら、もう片方でハンドガンを抜いた。
「赤司、こいつ?」
「ああ、乱暴はするなよ」
フードの隙間から犬歯を見せながら、人影はケラケラと笑う。
「赤司は、玲央姉に負けず劣らずな欲張りだよね」
降旗の構える銃口など意に介さず、人影は軽い動作で腕を伸ばす。それは真っ直ぐ黒子へ向けられていて、降旗はゴクリと唾を飲みながらトリガーにかけた指へ、力をこめた。

「そこまでだ」

麻痺する神経で周囲の感覚がぼんやりとする中、火神は不機嫌そうな声を聴いた。
赤司と火神の間に一人、伊月と傍に一人、そして降旗たちを庇う位置に一人、新しい人影が現れていた。火神は目の前に立つ背中に、見覚えがあった。
「お前……」
「真太郎、か」
パサリとフードを落とし、緑間は眼鏡の位置を正す。
「……赤司、この場は手を引け。こんなところで【洛山】と派手な戦争をする気はないのだよ」
赤司はフムと辺りを見回した。
「こちらは二人。そちらは……まだ伏兵もいるようだな。勝率はゼロではないが、確かに得策ではない」
「ならば、」
「だが、」
緑間の言葉を遮り、赤司は自然な動作で足を動かした。
そのとき、降旗は時が止まったようだったと回想のたびに思い返す。
自分たちの方へゆっくりと歩いて来た赤司が、背を向けたままの黒子へ手を伸ばす。そこでやっと降旗の指先は動いた。しかし赤司の手を止めるまでは足りない。彼の手が黒子の肩を掴み、ズルリとマントをずらした。その手首を、漸く追いついた降旗の手が掴む。
「……そ、それ以上、黒子に、触るな……でください」
途中から赤司の金の瞳に気圧されて、語尾が小さくなってしまった上、火神のような可笑しな敬語になってしまった。
「……へぇ」
赤司は口元に剣呑な笑みを浮かべ、降旗の弱弱しい手を振り払った。それからすっかり顔から色を失くし、手をダラリと脇に垂らす。
「興ざめだ。帰るぞ、小太郎」
「ん? へーい」
もう用事は良いのかと無邪気に訊ねる青年に「ああ」と簡潔に答えて、赤司はサッサと歩き始める。火神たちはその背が完全に消えるまで、睨みつけ続けていた。

『要石』とは、世界が荒廃する前から密やかに存在していた。現在では酸性雨によっていつ倒壊するか分からない建造物を、その脅威から守る存在が『要石』と呼ばれる。【誠凛】における『要石』は、黒子テツヤという人間だった。【秀徳】においては、何かしらの物体だという話だ。
タワー内の一室で、ズラリと並んだ【秀徳】の幹部に、日向は何が起こるのだろうと眉をひそめた。
「危ないところをありがとうございます。しかし、【秀徳】さんは何でこっちまで?」
「いや、こちらから頼みたいことがあったのだよ」
河原は首を傾げる。【秀徳】のリーダー名代の緑間は少々言い辛そうにため息を吐いた。
「……ウチの『要石』が破壊された」
「!」
「すぐに都庁が倒壊する危険はないが、長くはもたない。……そこで、こちらの戦力と残りの食糧を提供することを対価に、都庁の住人を移住させてほしい」
日向は腕を組んだまま、チラリと隣に立つ相田を見やった。
条件としては申し分ない。【誠凛】は他に比べれば小さな組織だ。戦力も少ない。【秀徳】のような戦力が増えることは、デメリットどころかメリットが多い。
「……いいわ、細かい協定はしっかり定めるとして、その申し出、受けます」
「有難いのだよ」
相田の言葉に、緑間はようやっと肩の力を抜いたようだった。

『眼』を開くと、黒い水面ばかりの世界を視ることができる。伊月は覗き見する『眼』しか持っていないため、いつだってそこで起こる風景を、定点で眺めることしかできない。
人影が三つと、無機物が二つ。いつもと変わらない風景かと思ったが、無機物が二つとも壊れている。ガラスのように細かい破片に砕かれて、水面に浮かんでいる。人影の一つが徐に動いて、砕けていた無機物の一つの傍で膝を曲げた。そっと、黒い背景の中でもぼんやりと浮かび上がる白い手が、一番原型をとどめていた欠片を拾い上げる。何か球体のものを抱えた、動物の手のようだった。
無音の世界で突如、ゴォと風が吹いた。巻き上がった無機物の欠片が、花弁のように伊月の視界を遮る。
「!」
伊月は息を飲んだ。
そっと無機物を撫でる影の背後に、いつの間にか新しい影が現れていたのだ。膝を折っていた方もそれに気づき、ゆっくりと振り返る。
伊月は自身がこの世界では動けないことを忘れて、腕を振り上げた。
「黒子――!!」

「おっはよーございます、伊月サン」
目を覚ますと、よく知ったタワーの天井を背景に、珍しい顔がこちらを覗き込んでいた。お加減如何かと無邪気に訊ねてくる顔を押しのけつつ、伊月は身体を起こす。
「視たか?」
「バッチリ」
伊月が横たわっていたのは、カバーが剥げてクッション材の斑模様を作るソファだ。その背もたれに肘をつき、高尾はニヤリと笑う。伊月と似た虹彩の瞳は、笑っていなかったが。
「黒子は?」
「まだ起きてないみたいっすよ。……俺たちだけ、強制的に夢から追い出された」
ぐしゃり、と伊月は前髪を握りしめた。伊月と高尾は、性能に差はあるが共に『他人の夢を覗き見る眼』を持っている。そのため夢で繋がりあうことができる『要石』たちの夢も覗き見られるのだが、アクションを起こすことはできない。先ほどのように強制退去させられることも、よくあることだ。だからと言って、それを許容できるかと言われれば、別の話である。
「……大丈夫なのか、黒子」

「……【秀徳】の子、壊れてしまいましたね」
透明なガラスをそっと撫でる。背後から返答はない。やがてヒビが大きくなり、大きく残っていた破片もバラバラと細かく崩れ始めた。黒子の手を傷つけることなく、それは花弁のように舞い上がって行く。
黒い水面に膝をついて、黒子はゆっくりと背後に立つ影を仰ぎ見た。
「……赤司くんの仕業ですか? 黛さん」
「俺は何度か警告した筈だ」
明確な返答とは言い難い。しかし黒子にはそれで十分だった。苦く顔を歪めながら、黒子は立ち上がる。
先ほどの風でフードを落とした影は、薄墨色の髪をかき上げた。体格に大きく差はあるが、黒子とよく似た雰囲気を持つ青年だ。彼もまた、『要石』の一人だった。
「今の赤司は誰にも止められない。この世界を壊すまで」
黛はそう言いながら、ついと視線を動かした。壊れた無機物の姿は、もう見えない。二人以外にその場に残っているのは、二つの影だけだ。
「残る『要石』は【海常】と【陽泉】の二つ。【桐皇】は、こいつらと手を組むことにしたらしいな」
「……赤司くんの次の狙いは、ここですか」
黒子はギュッと手を握りしめた。
『要石』は、この世界には無くてはならない。古くは結界など意図をもって設置されていたが、現在では酸性雨などの自然災害から建造物を守るためには必要不可欠な存在となっている。その『要石』を破壊して回る赤司の行動は、つまり人類滅亡を目論んでいることと同義だ。
「そんなこと、させません」
強い意思を見せる黒子の横顔を見つめ、黛はフッと息を吐いた。
「ほんと、諦め悪いな、お前は」
「黛さんだってそうでしょ? だから、僕にいろいろ教えてくれているんじゃないんですか?」
黒子が彼を見上げると、黛はぐしゃりと顔を歪めてハッと笑い声を漏らした。
「……俺に何ができるって言うんだ」
小さく呟いて、黛はヨロリと身体を揺らす。驚いた黒子が腕を広げると、黛は背を丸めてそこに収まるようによりかかった。スリ、と額を擦りつける動作に、黒子はつい彼の名前を呼ぶ。
「……アイツの期待に応えられず切り捨てられ、『要石』の役目のためだけに延命させられている、俺に」
「……」
黒子が、黛と初めて会ったのはこの夢の中だった。それ以来、ずっと。『要石』という役割上、現実世界で顔を合わせる方が難しいが、黛にはそれ以上に【洛山】を離れられない理由があると知ったのも、夢の中でだ。
彼の意識に同調するように、水面が揺らぐ。チラリと黒子はそちらに視線をやった。黛の足元には、白いベッドとそこに横たわる誰かの腕、そして腕やベッドに繋がれた幾本もの管が映っていた。
「……黛さん」
そっと、黒子は黛の背中へ腕を回す。黒子より随分大きな背中が、小さいもののように震えているのが、夢の中であっても手の平に伝わった。
「大丈夫です。きっと、赤司くんを止められる――昔の彼を、取り戻せる」
自らにも言い聞かせるように呟いて、黒子はそっと目を閉じた。

ハッと劉は目を覚ました。移動中の、幌馬車の中だ。座って目を閉じているだけのつもりが、随分と汗をかいている。
「大丈夫かい、劉」
隣に座っていた氷室が、眉をひそめて顔を覗き込んでくる。彼からタオルを受け取り、劉は額に浮かんだ汗をそれで拭った。
「夢見が悪かったのか?」
「……まぁ、そうアルな」
劉の顔色を確認し、氷室は安堵の息を漏らした。それから腰を落ち着け、目的地までまだ暫くかかりそうだと言った。それに返事をしながら、劉はぼんやりと幌の隙間から漏れる景色を眺める。
「劉、何か心配ごとが?」
「……ハッキリと言えないが、」
立てた膝に肘をつき、劉は腕に額を押し付けた。
ぼんやりとした景色しか見えなかった夢だが、不安がぬぐい切れない。ゾワゾワと黒い水面から何かが這い出してきて、足からこちらを飲み込むような、そんな不気味な感覚が今も肌を触っている気がする。
「嫌なことが起こりそうな、予感、アル」
劉はスリと首の後ろを指で擦った。

派手な音が聞こえてきたので、小堀は慌てて部屋を覗き込んだ。寝台にはそこで休憩していた筈の人物の姿がない。少し視線をずらすと、足元にその姿を見つけることができた。
「どうしたんだ、森山」
「なに、ちょっと夢見がな……」
床で打ったのだろうか、頭を摩りながら【海常】の『要石』である森山は身体を起こした。小堀はため息を吐きながら膝をつき、彼が寝台から落ちたときに一緒に転がっただろう物を拾い上げる。
「あまり驚かせないでくれよ。もう少ししたら、【陽泉】と【桐皇】が来る予定なんだから」
「ああ、例の同盟でか……本拠地がウチになって言ってたな」
「まぁ、部屋数なら【港倉庫】の方が多いだろうしな……」
部屋を軽く片付けて、小堀は空気を入れ替えるために窓を開く。それから森山の方を見やった彼は、怪訝そうに首を傾げた。
「どうかしたのか、森山? なんか……変な顔しているぞ」
「どういう意味だよ、それ」
寝台に腰を下ろした森山はため息を吐き、ぐしゃぐしゃと髪をかきむしった。
「夢見が悪いって言っただろ。……あまりはっきりは分からなかったが、あれは嫌な予感の夢だ」
ぼんやりとした景色の向こう、並ぶ二つの影も不安定さを孕んでいた。しかしそれよりも森山が気になったのは、自分の足元から這い出して来ようとする不吉の予感。それと、蹲るに二つの影の向こう側、黒に半分溶け込むようにして静かにたたずむ影を、森山は見つけていた。
あの夢に入り込めるということは、相応の力を持った人物か。例えば、『要石』のような。
「……人間の『要石』は俺と【陽泉】の劉。後は【洛山】と【誠凛】に一人ずつの筈だから、気のせいか……?」
寝台の上で胡坐をかき、森山は首を捻った。

パチリと、目蓋を持ち上げる。黒々とした瞳は、あの夢の中の水面のようだった。
「どうだった、康次郎」
そのまま椅子に座った体勢でぼんやりしていると、部屋の出入り口の方から声をかけられる。「まぁ」と曖昧に言葉を濁し、肘掛けに乗せた指を軽く動かした。
「……何となく、夢に入る感覚は掴めた」
「そうか」
声は満足そうだ。この返答は正しかったようだ。声の主は出入り口近くから動かず、静かにこちらへ視線を向けている。
「その調子で続けろよ。お前が『要石』になることで、こっちのアイツラに切る手札が増える」
「……ああ」
「――【洛山】との約束の時間が近いな。俺はもう出るから、後は手はず通り」
「了解した」
古橋が簡潔に答えると、声の主は一つ頷いて部屋を出て行った。
古橋はゆっくり息を吐きながら、椅子に背を落ち着ける。窓が一つしかない部屋に、射し入る日光は少ない。あの夢とはまた違う黒さが床に落ちて、古橋の足元へと伸びていた。


・住んでいる場所を組織の名称になっているのって良いな、と思いながら原作学校名を捨てきれず、よく分からないことになってしまった。イメージとしては、誠凛→東京タワー、秀徳→都庁、海常→赤レンガ倉庫、桐皇→東京駅、洛山→五重塔。秋田は良い名所を知らなかった…すまん。
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