薄暮の香。
・ファンタジーっぽいパロが書きたかった。
・黛黒色が濃くて、根底に赤→(黛黒)があって、一見火黒な、キセキ黒描写ありの、降黒落ちという欲張りセット。
・他カプは緑高と花古の予定だった。


吸血鬼、屍食鬼、淫魔――いずれも、主食が違うだけで同種の生き物だ。本人たちは【鬼】という総称を好んで使用している。中でも吸血鬼の母数は多く、自然とカースト的にも最上位となっている。因みに、最下位は淫魔である。
そんな【鬼】たちも人間と同じような社会構造を持っており、君主制であるらしい。今の王の在位は長く、そろそろ世代交代の次期であるとの噂だ。有力候補は、それぞれ固有の才に秀でた五人の若者たち。彼らの中からどうやって次期王を選定するのか――それは、人間のおとぎ話によくある方法だった。神聖なる剣に選ばれた【鬼】――それが、次期王なのである。
「つまり、こちらの剣はその王の証である聖剣でして」
使い古してささくれや欠けの目立つ、粗末な机にデンと置かれた立派な剣。一般人から見ても立派なものと分かるのに、置いている場所のせいで陳腐に見えてしまう。せめて一張羅の上着でも敷いておけばよかっただろうか、と降旗は余計なことを考えてしまった。
「それに選ばれたのが……俺?」
そんな降旗の隣に座っていた火神が、引きつる口元を隠しもせずに訊ね返す。向かいに座る薄氷色の青年は、コクリと頷いた。その隣でムッスリと頬杖をついていた薄墨色の青年は、心底面倒くさそうな態度でため息を吐く。
「全く……寝坊助がようやく起きたと思ったらこれかよ」
「聖剣の封印に巻き込まれたのは、不可抗力です。まさかこんなところで出会うとは思わないじゃないですか」
僅かに眉を顰め、薄氷色の青年が唇を尖らせる。不満そう、ではあるがあまり表情筋が動いていないので、感情が読み取り辛い。
薄氷色の青年は名前を黒子と言い、薄墨色の青年は黛と言うらしい。
希薄な気配も儚げな雰囲気もそっくりの二人は、異父兄弟だと言う。一人の吸血鬼が二人の淫魔に孕ませた子――さすがに【鬼】の世界でも異端児扱いされる身の上で、ぶらりぶらりと人間の町をさまよっていたようだ。そんな折、件の聖剣が封印されていた湖の近くを通りがかり、黒子が力に巻き込まれた。その結果、2年ほど湖の中で眠りにつくはめになったらしい。湖の中といっても、聖剣を守る膜に一緒に包まれていたということで、呼吸などに影響はなかったとか。
湖近くに長年放置されていた小屋に、流れ者が住み着いたと村で囁かれるようになったのが二年前。愛想はないが害獣退治に手を貸してくれる上、めっぽう腕が立つ。流れ者だけに怪しさは消しきれないが、顔も悪くないし、意外と好青年かもしれない――等、村の中でも扱いが二分していた青年の正体が、まさか弟可愛さに彼の眠る湖に近づくものを人間、獣関係なく追っ払っていただけの兄だったとは。
つい最近までビクビク震えていた自分の、何と臆病すぎることか。降旗はため息と共にガックリと肩を落とした。
「降旗くん?」
「あ、いや、ちょっと自己嫌悪……」
キョトンとアイスブルーの瞳が瞬く。冬の冷たい空気が、朝日を受けて輝くような色だ。降旗の小さすぎる心臓が、トクンと脈打った。
「一応例は言う。お前が偶然といえここに立ち寄ってくれたおかげで、黒子が解放されたからな」
頬杖を外し、黛は腕を組む。
「聖剣の封印が解けたから、それに巻き込まれた黒子も解放された……ていうか、火神が近くを通ったから封印が解けたってことは……」
降旗の言葉に、黒子はもう一度頷いた。
「はい。先ほども言いましたが……火神くん、君が聖剣に選ばれた、【鬼】の新たな王ということです」
名指しされた火神は、緊張からかゴキュンと喉を鳴らした。
この村に昔から住んでいる降旗と違い、火神もまた流れ着いた根無し草だ。彼の事情等は詳しく聞いていない。しかし持ち前の腕力を驕ることなく、村人たちの困りごとに積極的に手を貸す優しき心を持った人物であることは、短い付き合いの降旗でもよく知っていた。
すっかり人間だと思っていたが、まさか【鬼】だったとは。降旗が思わず呟くと、火神はグシャリと顔を歪めて首を振った。
「そんなわけ……俺は、ダムピールだ」
ぎゅ、と膝に乗った手が固く握りしめられる。ハッとその横顔を見つめてしまった降旗と違い、黛は冷静に「成程」と呟いた。
「人間にも【鬼】にも馴染めず住処を追われた半端者か……確かに、純血を貴ぶ【鬼】の王にしては可笑しな話だな」
「……」
火神は答えない。彼がこの村にやって来たのは、凡そ黛の言う通りなのだろう。それでも、降旗はどうにかその言葉を否定したい気がして、火神へ手を伸ばした。
「大丈夫です」
降旗が掴んだのと反対の火神の手が、白い手に包まれた。席を立った黒子が、両手で火神の手を包み、柔らかく微笑んでいた。
「君がこの村を訪れたのも、聖剣に選ばれたのも……僕らと出会ったことだって、何か意味がある筈です。この世に、無意味なことなんて一つもないんですから」
それは、もしかしたら、自分たちへも言い聞かせる言葉だったのかもしれない。彼ら兄弟もまた『純血を貴ぶ同族たち』から、浮いた存在なのだから。
黛は先ほどまでのような茶々を入れず、小さく息を吐いただけだった。
「……さんきゅ」
火神はゆっくりと固く結んでいた唇をほどいて、そう呟いた。それから降旗の方を見て「フリも、サンキュ」と微笑んでくれる。汗ばかりかいて動きもぎこちなかっただけの降旗は、何も言えなかった自分が恥ずかしいばかりでそっと顔を伏せた。
そんな二人の様子を見ていた黒子は、黛へ視線を向けた。
「黛さん、」
「ダメだ」
黒子の言葉を予想していたのか、黛は一瞥もくれずにきっぱりと言う。頭ごなしに否定された黒子は、ムッと唇を尖らせる。
「火神くんをこのまま放ってはおけません。せめて彼らのうち誰かに相談すべきです」
「あんな化物どもに会いに行くなんざ、俺はごめんだ」
黛の返事はどこまでも素っ気ない。黒子はますます眉を顰める。
「彼ら? 化物ども?」
「……王候補と呼ばれている五人のことです。そのうちの一人、赤司くんには、僕たちも昔お世話になっていて……」
「野垂れ死にかけていたところを拾ってもらった恩はあるが、好き好んで関わろうとは思わない」
「……と、すっかり黛さんは苦手みたいで」
「あのなぁ、お前はアイツの行動に何も思わなかったのか?」
「何かあったのか?」
話がズレてきている気がしたが、赤司という【鬼】を黛が毛嫌いする理由も気になったので、降旗は口をつぐんだまま彼の続きを待った。
「……アイツ、一宿一飯の恩義だとか言って、俺と黒子の血を混ぜて飲んでやがった」
「……」
黛はとても苦いものを噛んだように顔を歪める。あまりピンと来ず、降旗はチラリと火神を見やった。しかし火神も、それどころか黒子も困ったような顔をしている。
「えっと、吸血鬼にとっての血液は食糧でしかないって聞いたことありますけど……あ、食い合わせ?」
「いえ、別にそういう意味はないと思います。これは黛さんが神経質すぎる気もしますけど……」
時折そういう嗜好の【鬼】もいるため、敏感になっているのだと、黒子はため息交じりに呟いた。
「俺から言わせれば、アイツは人の性行為を眺めながら自慰するタイプの変態だ」
「違うと思いますけどねぇ……」
ほとほと困ったというように、黒子は吐息を溢す。吸血鬼について伝え聞きでしか知らない降旗だが、黛の例えに妙な納得を得てしまい、思わず黒子から視線を逸らした。
「自分は巻き込まれただけだ、みたいな顔しているがな、そこのチワワ」
「俺?!」
ビシリと指をさされ、降旗は背筋を伸ばした。黛は管を巻くように上半身をユラリと揺らし、机に肘をついて降旗の鼻先に指を突き付けた。
「……赤司は黒子に酷く執着していた。お前が黒子からされたことを知ったら、どんなことするか……ああ、俺には恐ろしくて想像できないね」
最後は嘲るように大仰に手を振り上げ、黛はフッと笑う。ゾゾゾ、と降旗の背筋に悪寒が走った。
『降旗が黒子からされたこと』――それを示すのは、一つしかない。降旗は火神から離した手へ、視線を落とした。小麦色の肌に、揺らめく影のような模様が浮き出ている。目覚めた直後、寝ぼけた黒子から受けた【徴】だ。
――良い、匂いが、します。
半分ほどしか開いていない、トロリと溶けたアイスブルーの瞳に見つめられ、そのときの降旗は動けなかった。それが、悪かった。ヨタヨタと地面を這うように近づいた黒子は、黛たちの反応が遅れたこともあって、降旗の首へ簡単に腕を回した。そうして、降旗の唇に――。
「……」
降旗は顔を伏せ、口元を手の平で覆った。ぷしゅ、と音を立てる降旗を不思議がって黒子が声をかけてくるが、それに応えることは暫くできそうにない。
淫魔との混血である故か、黒子は唇から吸血するのだと黛から聞かされたのは、寝起きでぼんやりとした頭のまま黒子がそれを仕掛けた上、味が気に入ったと降旗へ自分の【徴】を付けた後だった。すっかり目を覚ましてからは、さすがに申し訳なかったと謝られたが、【徴】を撤回する気はないようで。
「黛さんは二年もこの村にいたのに、僕はすぐに立ち去らなきゃいけないなんて、狡いです」
弟が目覚めた今、村に留まる理由のない黛は、すぐにでも次の町へと移動したそうだったが、黒子のそんな言葉にグッと口をつぐんでいた。やはり彼は、口は悪いが弟に弱い。
「……」
【鬼】の王を選定する聖剣に、それに選ばれたダムピール。そして、王候補のお気に入りとそれに気に入られてしまった自分。
「……グッバイ、平穏」
何が一番悲しいって、【徴】をちっとも嫌だと思っていない自分の心なのだが。降旗は言葉にしないことで気づかないふりをして、遠い目を窓の外へと向けた。

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