緋に映るネガイ
・七つの封印VS七人の御使いパロ。
・スレた陰陽師と未熟な世界の救世主の関係性がめちゃくちゃ好きなんだ。
・昴流=黛、神威=黒子が見たくて始めたけど、黛の目を抉るのも黛が殺されたいと願う相手も、赤司じゃないと何か違和感が出てしまって、元ネタの薄らとしたパロにしかならなかった。
・参考資料:プレミアムコレクション12巻。



倒壊寸前のビルの屋上へ飛び込んだ黛は、そこで広がる惨状に小さく息を詰めた。しかしすぐに歯を噛みしめ、印を結ぶ。せめてものビルの延命と、無関係の人間たちを戦場から撤退させるためだ。五芒星の形をした結界が、辺りの空気をキンと鳴らした。
惨状の中心とも呼ぶべき屋上に立っていた赤司は、その音に気が付いて顔を上げた。身体が動いたことで気道を抑えていた指の位置が変わったのか、握りこんでいた細い首がヒクリと揺れる。「ああ」と赤司は今気が付いたように視線を戻し、喉に這わせた指を柔く動かした。
ぐ、と黒子が息を飲み込む姿に、薄く笑みを浮かべる。
「仲間が助けに来たようだね……少し待っていてくれ。後で遊んでやるから」
囁くように耳元へ口を寄せると、赤司は突然黒子の身体を壁の方へと放り投げた。強かに身体を打ち付けて呻き、黒子はそれでも立ち上がろうと足を踏ん張る。しかし赤司を止めるために動かそうとした身体は、足元から蔦のように伸びた鉄パイプに、あっという間にからめとられてしまった。黒子はパイプに爪をたて、それらを弾き飛ばすつもりで意識を集中させる。しかし、どうもうまくいかない。赤司の妙な能力が、黒子の力を阻んでいるのだ。
「黛さん!」
黒子が叫ぶ声を背に、赤司は軽くコンクリートを蹴って飛び上がる。少し離れた屋上のヘリに立っていた黛は、じっとこちらへ向かう赤い双眸を見つめた。夜風が強く吹き付ける屋上で、はためくコートの裾を好きにさせながら、黛は眉間へ皺を寄せる。
「……似ている……いや、気のせいか」
ギリと僅かに奥歯を噛み、黛は懐へ手を差し入れた。
それを合図にしたわけではないだろうが、ニコリとした笑みを湛えたまま赤司は手を持ち上げる。その手の平に黒い光球が浮かびあがった。それは破壊エネルギーそのもののようで、コンクリートの地面を激しい爆風と共に抉った。黛が一瞬でもその場を離れるタイミングを誤っていれば、一たまりもなかっただろう。小さく舌打ちしながら、黛は着地と同時に壁へ手を触れる。再び破壊エネルギーが追いかけてきて、黛はさらにその場を飛びのいた。着地の補助として壁に手を触れるたび、そこへ札を貼り付けながら。
「逃げてばかりで、反撃はなしか?」
ついには両手で人の頭ほどの光球を弄びながら、赤司が問う。黛は辺りを駆け回っていたが、彼は攻撃を始めたときの立ち位置を外れていない。
「舐めやがって――」
離れた瓦礫の上で足を止め、黛は印を結んだ。途端、黛が赤司を囲むように貼り付けた札が一斉に光り始めた。それは小さな結界となって、赤司の動きを抑え込む。
術を手の平から消した赤司は、感心したように眉を動かした。
「成程な、この仕掛けが狙いだったか」
結界が解けぬよう印を結んだ手に力をこめたまま、黛はじっと赤司を見つめる。
やはり、似ている。
ざわりと、胸がさざめいた。顔の作りはそっくり、いや同じだ。それもその筈、彼らは同一人物なのだから。しかし、この違和感は何だ。どうして、どうしてと、同じ単語が胸中で渦巻く。
表情には出さなかった黛の困惑を、赤司は微かに揺らめく結界の壁によって察することができていた。
「集中しないと結界が綻ぶぞ――『千尋』」
「!?」
黛は息を飲んだ。ぼんやりとしていた虚像が、ハッキリと輪郭を持った気分だ。結界の壁ごしにこちらへ微笑みかける男の左目が、術の明かりを受けて金色に煌めいている。
「あか、」
動揺で、印が解ける。
その瞬間を狙っていた赤司の身体から、先ほどまでとは比にならないほどの衝撃波が黛へと叩きつけられた。
「黛さん!!」
肌に鉄が食い込むことなど構わず、黒子は地面へ倒れこむ黛の元へ向かおうとコンクリートを踏み込む。しかし黒子が解放されることはない。攻撃を受けた黛は、ゆったりと歩み寄る赤司から逃れるほどの力もなく、腹と顎に一発ずつ打ち込まれた爪先を甘んじて受けるしかなかった。
「なん、で……おま……あか……」
口端から、血が零れる。それを拭うように、革靴の爪先が喉を撫でた。
「何でかって?」
赤司はその足を持ち上げて、黛の肩を蹴り上げた。受け身も満足に取れなかった黛は、フェンスまで転がる。咳き込む彼の前で膝を折り、赤司はグイと乱暴に薄墨色の髪を掴んで顔を上げさせた。
「お前がそう望んでいるからだ」
黛は目を見開く。その左目へ向けて、揃った指が伸ばされた。
「や、」
バチリ、と黒子の声に呼応するような破裂音が響いた。
「やめろ――!!」
火事場の馬鹿力というものか、がむしゃらに振り上げた力が、手足を戒めるパイプの根本を破壊する。そうして乱暴に拘束を解いた黒子は一目散に、赤司の手を離れて力なく横たわる黛の元まで駆け寄った。赤司がさっさと身を引いて屋上のフェンスへ足をかけることなど気にせず、抱き上げた黛の頭を抱き上げて、必死に呼びかける。
「黛さん、黛さん!!」
固く閉ざされた目蓋は、ピクリとも動かない。左の目蓋の隙間から、ドロリとした赤が流れて頬を汚していた。カッと歯を噛み、黒子はこの場を去ろうとする赤司の背を睨みつける。
「待ってください、赤司くん!」
「……結界が解けるということは、その彼は瀕死だ。この場で俺たちがすることはもうないな」
ドロリと濡れた手を持ち上げて、赤司は微笑む。黒子の、良く知る顔で。
「心配しなくても、またすぐ会うことになるよ、黒子」
「あか、」
黒子の目の前で、赤司の背が消える。すぐにでも追いかけた方が良いのかもしれないが、追いつけても黒子には赤司を倒せる自信がなかった。それに、どんどん冷たくなっていく黛を、倒壊するビルに一人残していくわけにもいかない。
黒子は赤く塗れる黛の頬へ手を添えた。ポロポロと、壊れた蛇口のように涙が落ちては黛の血と混じってコンクリートへまだら模様を作っていく。
「ごめ……ごめん、なさい……ぼく、また何も、できなかった……」
結界が崩れるという異常に気付いた仲間たちが、屋上へやってくるのが気配で分かった。しかし黒子にそちらへ気をやる余裕はなかった。強く黛の身体を抱きしめ背中を丸める黒子に、仲間たちも声をかけるのを躊躇っている様子だった。
ピクリ、と脇に垂れていた指が動いた。
「……ちが、う」
「! まゆずみさ、」
涙声は途中で遮られる。黛が重たそうに持ち上げた腕で、黒子の頭を自分の胸に押し付けたのだ。
「お前の、せいじゃ……ない」
「でも!」
「――これは、俺が、望んだこと、だから」
「え……?」
黒子は思わず顔を上げた。小さく呟いた黛は力尽きたのか、再び目蓋を閉じていた。スルリと、黒子の背中からも彼の腕が落ちていく。
「黒子! まずは病院だ!」
漸く我に返った高尾が、声を張り上げる。ハッとして、黒子は頷いた。
ぐったりとした黛の身体を抱え、彼らは病院へ急いだ。


目を閉じると、黒い夢の中で目を開くことができる。夜の海のようにさざめく足元を意に介さず、赤司はそっと爪先を動かした。少し離れた位置に、水面から数センチほど浮き上がった球体がある。その上に膝を立てて座るのは、左目を金に彩ったもう一人の『赤司』だった。
「随分な活躍だな」
「やはり見ていたか」
赤司は困った様子も疎う様子もなく、ニコリとした微笑を浮かべる。『赤司』は金と紅の瞳を細め「どういうつもりだい?」と訊ねた。
「どういうも何も、」
赤司が足を動かす。チャポン、とどこかで音が立った。
「『お前』と同じ左の目を失う……彼が望んだことだ」
「君の、『他人の本当の願い』を見通す眼は、本当に便利だな」
皮肉のような言い回しだったが、ただ事実を述べているような響きだった。赤司もさして気にせず、ゆったりと腕を組む。
「彼の本当の願いはまた別にある……『お前』にしか、叶えられない願いがな」
「……」
トン、と赤司は左足を、『赤司』の座る球体へと押し付けた。
「彼の本当の願いは、お前の想像しているものとは別だ」
パチ、と金と紅の瞳が瞬く。赤司はそれを見てもにこやかな表情を崩さず、足を水面へ戻すとヒラリと裾を翻した。
「その時まで待っているといい。ちゃんと舞台は整えてやる」
そう言って、黒い夢の中から赤司は姿を消してしまう。
静かになった世界で、膝を抱える『赤司』の耳には波音だけが聞こえていた。


「世話をかけたな」
左目を包帯で固定した黛は、いまだベッドの住人だった。彼の枕元で椅子に座った黒子は、そっと頬を撫でる手に自分の手を重ねて緩く首を振る。黒子の背後に立っていた火神と高尾は顔を見合わせ、ホッと安堵の息を漏らした。
「無事で、良かったです」
「ほんとだぜ」
「……左目はどうなったんだ、ですか?」
火神が恐る恐る訊ねると、黒子は顔を曇らせた。黛は黒子の髪を撫でながら、小さく息を吐く。
「失明だそうだ」
「そんな!」
「気に病むな……と言っても無理なんだろうな、真面目クンたちは。けど、本当にお前らが間に合わなかったとか何もできなかったとかで、落ち込む意味なんてないんだよ」
「どういう、意味だよ」
目を伏せる黒子の頬へ触れる水色の髪を指先で掬い、黛は微かに右目を動かした。
「……見え無くなればいいと、思ったことはある。それは本当だ、俺が望んだことだった」
「!」
「どこまでの精度か知らねぇが、あの赤司には『他人の願いを視る』力があるみたいだな」
黛の言葉に「ひょえ」と声を上げたのは高尾だ。両頬に手を当てた高尾は、盛大に顔を顰めてブツブツと「それってつまり……真ちゃんとのことも……」何やら呟いている。
「それって……まずいのか?」
火神は意味が分からないと言いたげに頭を掻く。
「どの程度の脅威になるかは、正直分からん。でも、個人的な意見を言わせてもらえれば十分注意すべきことではあると思う」
そのせいで不覚をとったようなものだと、黛は苦く顔を歪めた。
黒子はゆっくりと顔を上げて、黛の顔を見つめる。それに気づいた黛はバツが悪そうに視線を逸らして、黒子の頬をちょっと摘まんだ。
「むぐ」
「しけた面してんなよ」
すぐに手を離して、黛は肩を竦めた。
「……初めに言っただろ、俺の目的も『赤司』だ。その目的が果たされるまでは、消えたりしねぇよ……まぁ俺は自己中人間だからな。自分のことだけ考えて、自分の気持ち良いように動くだけだ」
今は目的が一致しているから、黒子たちに力を貸してくれているだけだ。そう言って、黛はボフンと枕に背を沈めた。初対面の頃から明け透けな物言いは変わらない。一時は生死の境をさまよった人間とは思えない態度に、黒子は思わず吐息を漏らした。
「ありがとうございます、黛さん。僕、絶対に諦めません」
「……そうかよ」
これ以上は病み上がりに失礼だろ、と黛が手を振る。本来なら黒子たちが言うべき台詞だったが、彼らしいと苦笑しつつ、三人は言われた通り病室を出て行った。
しん、と静かになった病室で、黛はぼんやりと天井を見つめた。そっと、包帯を撫でる。半分になった視界に、その指は映り込まない。
「……赤司、か」
夜闇に爛々と光る赤い瞳が、網膜に焼き付いている。あの赤が、本当に『他人の願いを覗き見る』眼なのだとしたら――。
「……あー、畜生。柄じゃねぇんだがなぁ」
吐息と共に吐き捨てて、黛は自由に動く右の目蓋をゆっくりと下ろした。
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