01-8#強豪校OBたち
「受験お疲れ」
「これで小堀も春から大学生か」
「ありがとう、諏佐、石田」
苦く笑いながら、小堀はソフトドリンクの入ったグラスを揺らす。既にグラスを空にした諏佐は、お代わりのために机に並べたジュースのペットボトルへ手を伸ばしていた。石田は紅茶のグラスを片手に、興味津々といった様子で辺りを見回した。
「しかし、すごいな……ここ、小堀の持ち家ってマジか?」
「俺じゃなくて親戚だって」
「それも十分すごいが」
こちらとしては有難い話だが、とぼやきながら、諏佐は店で買ってきた銀杏を摘まんだ。
「石田は静岡の大学だろ? 実家から通うのか?」
諏佐の第2志望と同じ大学を第1志望にしていた石田だが、結局は第2志望の地元校への進学を決めたようだ。紅茶で喉を潤し、石田は「下宿するよ」と首を振った。
「苦学生だからボロアパートだけど……」
「? 何かあったのか?」
石田は苦笑しつつ、ポリポリと頬を掻いた。
「……これは本当に偶然なんだけど、同じアパートに灰崎がいてさ……」
「はあ?」
「大丈夫なのかよ、それ」
小堀の表情が曇る。後半は大分改善されたとはいえ、1年坊主に振り回されるという似た境遇であった諏佐も、眉を顰める。石田は慌てて手を振った。
「別に、もう気にしてないんだぜ? 黄瀬くんのお陰で、アイツもWC後は部活に一切関わらなくなったし」
その後の引退試合も、平々凡々恙なく終わった。だから、バスケに関しての灰崎の暴挙は、石田の中ではもうどうしようもない、気にしても栓無きこととして片付けている。
「ただ、同じアパートになって知ったんだけど……アイツ、母子家庭でお袋さんも帰って来るのが遅いらしいんだ」
「……読めたぞ」
胡乱げな視線で石田を見つめ、諏佐はトンとグラスを置いた。
「お前、石田に同情して飯食わしたろ」
「ええ!」
「……丁度帰宅時間がかぶって、そのときに腹鳴らしてたら、無視なんてできないだろ」
「お前……これが男女だったらDV被害まっしぐらだぞ」
諏佐の指摘に自覚はあったのだろう、石田は苦く笑いながら「まぁ餌付けみたいなもんだし」とぼやいた。爪の尖った獣に餌付けは中々危険が伴うだろう、と諏佐は顔を顰めながらジュースを注ぐ。
「で、懐かれたわけだ」
「……コート外でも問題児ではあったが、まぁやっぱり後輩は可愛い、かもしれない」
「断言できないならやめとけ」
そう言う諏佐も、何だかんだ自分のポジションを脅かしていた問題児エースには手心があったよなぁ、と。一人、ポジションも違い、特に暴力的ではなかった1年エースの先輩だった小堀は、のんびりとねぎまを齧った。

「へぇ、何か面白い人間関係になってるな」
黛からの又聞き話に、樋口はクスクスと笑った。黛はカランと氷を鳴らす。
「今吉と笠松から話だけは聞いていたけど、随分楽しそうな奴らだな、諏佐と小堀は」
「そうだな。ついでにいつ行っても飯がうまい」
「……意外とそういうところあるよな、黛は」
どういう意味だと黛が視線だけで問うと、樋口は肩を竦めて「野良猫みたいに警戒心が強いと思ってた」と悪びれる様子もなく言ってくれた。
「どーせ俺は図々しい男だよ。……というか、俺はお前こそ意外だったよ。ジャバウォック戦で意気消沈しているかと思ったが」
学部は違うが同じキャンパスに通っていると判明した元チームメイトに、黛から声をかけた理由がそれだった。高校時代、自身の力が足りないことを早々に見切った樋口は、黛が退部届を出すよりも早くマネージャーに転身していた。そんな、自身の力量と周囲の能力を正しく理解している男が、大学進学を機に選手へと復帰。大学生で構成されたバスケチーム『Strky』のフォワードとして、社会人チームも混じった大会で優勝を修めた。が、日本の代表として立った舞台の初戦で、徹底的なまでに叩き潰され誇りすら踏みにじられた。そんな経験をした同輩を気遣う程度には、黛だって人間だった。
だが実際食事に誘って話を聞いてみればどうだ、樋口正太は黛が思うよりずっと図太い神経の持ち主だったらしい。
昏い表情もなく、ケロリとした様子でパクパクと学食の日替わり定食――焼肉定食、ご飯大盛――を口に運ぶ姿に、落ち込んでいる様子はない。黛が昼を奢るといったせいか、デザートまでつける始末。
「まぁ心折れなかったと言えば嘘になるけど……」
ゴクリと焼肉を咀嚼し、樋口は水で喉を潤した。
「1年から全国区の厳しさを知り、2年で無冠の奴らとの実力差を知り、3年でキセキの主将を目の当たりにしてきた身としては……まぁ今更と言うか」
「ああ……成程……」
哀しいかな、同じチームに所属していた黛にも、その気持ちは分かってしまった。樋口ほど、バスケにかける情熱が薄い黛とて、だ。
黛の呟きに、樋口は少し箸を止めて目を瞬かせた。
「何だよ」
「……いや、黛もバスケサークルに入ったって聞いてたし、元バスケ部のOBと仲良くしているし」
そこでパクリと、樋口は白米を頬張る。彼がそれを咀嚼するまで待って、黛はトンとグラスを指で叩いた。樋口はごくごくと水を飲んで、ヘラリとした笑みを浮かべた。
「良かったよ、安心した」
「……どういう意味だよ」
「あの黛がバスケに対して全て割り切ってなくて良かった、ってことだよ」
む、と黛の眉間に皺が寄る。樋口はその後もパクパクと箸を動かして、あっという間に定食を平らげてしまった。
「ごちそうさま」
丁寧にあいさつをして、樋口は顔を上げる。黛はムッスリとした顔で頬杖をつき、そんな彼を見つめ返した。
「また食事に誘ってくれよ」
ニッコリと笑顔で言われ、黛はすっかり毒気を抜かれた気がして、ヒラリと手を振った。
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -