01-7#新旧幻影コンビ
黛千尋は、東京都を訪れていた。
WC敗退とほぼ同時に部活は引退し、それまで片手間だった受験へ本腰を入れた。昨日は、その成果を発揮する日――つまりは入試だったのである。まだ第1志望の試験が終わっただけで、その結果によってはまだまだ受験生の名札は外せないのだが、ひとまずは。
(……世界が、眩しい……)
大きな荷物をホテルに預け、一歩外へ出た途端、黛の心へ去来したのはそんな言葉だった。2日間ほど人工灯の下で文字と睨めっこしていた身としては、青い空と太陽が染みる。
今日は、電気街をブラブラと回って、ついでに品揃えが豊富で有名な書店に寄れればよい。スマホで検索に上がってきた店に目星をつけたところで、ふと黛は駅前に視線を止めた。
「……まずは、腹ごしらえするか」

チェーン店にでも入ろうかと思ったが、時間帯が悪かったのか席は埋まっている。仕方なくブラブラと歩いて、人気の少ない道で静かそうな喫茶店を見つけた。これは良いものを見つけたと思い、入店して珈琲セットを注文した後、のんびりとラノベを読んでいた。そんなとき。
「あの、」
「ん?」
ふと声をかけられ、黛は顔を上げる。丁度口元へ運んでいた珈琲は、少し冷えていた。声をかけてきたくせに小さく息を飲んだ様子の相手に小首を傾げつつ視線をやると、その理由を察して黛は口元を引きつらせた。
「……相席、お願いできますか?」
静かな声でそう言いながら、彼は店内を指さす。確かに、元々少なめだった席数は埋まっているようだ。黛は小さく息を吐き、少し姿勢を正した。
「どうぞ」
「どうも」
ペコリと頭を下げて、彼は黛の向いに座る。黛が横にどかしていたメニューを差し出すと、微かに眉を動かして「どうも」と受け取った。
「こういう店、お前も来るんだな」
ラノベに栞を一旦載せて、黛はひじ掛けに肘をおく。
つい先日、黛を全国大会のコート上で出し抜いてくれた2年年下のバスケ選手――黒子テツヤは、メニューを閉じた。
「まぁ……頻繁には通えませんが、こういうお店で読書するというのが、ミーハーですが結構好きで」
「ああ……まぁ、その気持ちは、分からんでもない」
静かな純喫茶で飲み物片手に読書に耽る――物語では使い回されたシチュエーションだが、黛とて心惹かれないといえば嘘になる。
「黛さんは……受験、ですか?」
「まぁな。試験は昨日で、今日は1日オフ。適当に東京散策でもして、明日帰る予定だ」
「そうなんですか」
黒子の返事はどこまでも単調だ。まぁ、確かにバスケでは煮え湯を飲まされたが、それも過去の話だ。既にコートを去った黛が、彼へこれ以上グチグチと言うことはない。そもそも、自チームの後輩にも「特に言うことはない」と言った記憶は真新しい。
黒子が店員に注文する間、再びラノベへ視線を落とした黛は、正面からの視線を感じて顔を上げた。
「……何だよ」
「……いえ、どんな本を読まれているのか、気になって」
お冷を飲みながらそう言う黒子に、黛は彼の趣味が人間観察であったことを思い出した。だからといって、こんな間近で行うか? ――いや、元々他人に認識されづらい体質だったというから、その視線にすら気づかれたことが少ないのだろう。
「ラノベですか?」
「何だ、知っていたのか。文学少年だと聞いていたが」
「言うほど純文学とか読むわけじゃないです。世間で話題になっていると、ついつい手に取ってしまう程度にはミーハーです」
「俺はハードカバーとか、重たいのは避ける派。文庫版が出たら、手にとることもあるかな」
その点、文庫本サイズでしか出版されないラノベは黛の愛読書にランクインしやすい。
「そのラノベを知っていたのは、友達がシリーズのファンで、借りて読んでいるからです」
そう言いながら黒子が鞄から取り出したのは、間違えようもなく黛が手にしているラノベと同じシリーズ、その第1巻だった。
「……おい、まさかそれここで読む気か?」
「そのつもりですけど」
「やめろよ。俺が持ってんのその2巻だぞ。仲良く読み合っていると思われんだろ。オフ会かよ」
「オフ会、が何かは分かりませんが、別に周囲の視線は気にしなくてもいいじゃないですか」
黒子も黛も、他人から認識されづらい程度に影が薄いのだから。その通りだが、黛としては据わりが悪いような気分だ。
「読み終わったら、感想言い合いますか?」
「仲良しこよしみたいじゃねぇか」
「黛さんはもう引退されたんですよね? それでなくても、今はコート外です。僕、コート外にバスケでの因縁持ち出すつもりないですよ」
黛はヒクリと口元を引きつらせた。肩を竦める黒子の表情は特に変わった様子はなかったが、同類の自分だからだろうか、少し小馬鹿にされたような気分だ。
「……そうかよ。お前のそれが勝者の余裕じゃないと言えるのか?」
「……まぁ、それを言われると痛いところもないわけじゃないですが」
少し考えるように、黒子は視線を動かす。
「僕の座右の銘は一期一会なので。こうして今日、同じ喫茶店で会って、同じシリーズの本を持っていた黛さんと、それなりに運命みたいなものを感じます」
「……赤司もだが、お前らキセキはそうペラペラと恥ずかしい台詞を……」
深く息を吐いて、黛は膝の上にラノベを置いた。目元へ手をやって、その手でぐしゃりと前髪を掴む。何だか少々馬鹿らしい気分になって、黛はパッと手を払った。
「……俺の座右の銘は晴耕雨読だ。晴の日だろうが読書に耽るがな」
綺麗に閉じたラノベを、机の上に置く。カラフルな表紙を上に向けて、トンとそこを指で叩く。
「……普段ラノベに触れない読書人間の感想は、まぁ気になるな」
「……ご期待に沿えるか、分かりませんが」
黒子は眉を下げて小さく口端を持ち上げた。
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -