01-6#天然と確信犯
さて、次の話をする前に小堀自身の話をしようと思う。高校ではバスケ部に精を出していたスポーツマン。趣味は天体観測で、オフの日はよく山へ星を見に行っていた。特技はタップダンス、これは家族が勧めた習い事に通ううち、身についたものだ。
そんな小堀も4月から都内の私立大学の学生。第一志望ではない。深くは聞かないでほしい。どうせならと、小堀はバスケサークルと天文サークルの両方に所属することにした。どちらも緩い活動で、講義やバイトの融通もききやすかったからだ。
そうして慌ただしい4月の初旬を過ぎ、大分大学生活に慣れて来た下旬頃、サークルの先輩が歓迎会兼親睦会を開いてくれると言ってきた。
歓迎会は分かるが親睦会とつくのは何故だろうと思っていたら、先輩の伝手か他大学のサークルのメンバーと合同飲み会だった。指定された居酒屋の暖簾をくぐると、何やら浮足立った学生たちが男女向かい合わせになるように分かれて座っていた。
少々戸惑いながら席につくと、あまり間もあけずに親睦会開始の音頭がとられた。周囲に言われるままファーストドリンクを注文し、手元に来てから自己紹介をして――という流れを眺めて10分ほど経った頃、元チームメイトの同輩から天然と形容される小堀でもこの親睦会の正体を察した。
明け透けに言えば、合同コンパである。
酔いと雰囲気に紅潮した頬で気になる異性と言葉を交わす面々を眺めながら――時折小堀にも声をかけてくる女性はいたが、気の効いた返答ができなかったのですぐに興味を失くされた――小堀はちまちまとソフトドリンクを舐めつつ、机に並んだ唐揚げやサラダを摘まんでいた。そうして親睦会が始まって1時間ほど経った頃。すっかりできあがったメンバーは二次会の話に華を咲かせている。
もう義理は果たしただろうと一つ息を吐いて、小堀は自分の鞄へ手を伸ばした。そのとき、隣に座っていた人間と肩がぶつかった。
「わ。すみません」
「おっと。いや、こちらこそ」
グレーのショルダーバックが、小堀の視界で動く。そう言えばこの左隣の相手とは特に言葉を交わしていなかった――というか、誰か座っていただろうか。そんな疑問符が小堀の頭に浮かぶ。小堀が顔を上げると、その相手は財布から会費分の札を取り出しているところだった。その横顔にどこか既視感があった小堀はそれをマジマジと見つめ、「あ」と声を漏らした。
「洛山の黛千尋?」
「ん? 漸く気づいたか、海常の小堀」
札を机の上に置いた黛は、平然と言ってのける。小堀よりもずっと前から彼はこちらに気づいていたらしい。さっさと立ち上がって店を出ようとする黛に、小堀も慌てて席を立った。二次会に誘ってくる同輩へ適当に返事をし、黛を追う。
「黛」
黛は、店の前で時間を確認するため立ち止まっていた。小堀が追いかけてきたことに気づくと、少し眉を持ち上げた。
「なんでここに?」
「うちのサークルと、そっちの大学のサークルが合同で歓迎会するっていうから。義理だよ」
本来ならこういった飲みニケーションは不得手な方だが、入学早々先輩たちと波風立てる方が悪手だ。実態は合同コンパだったわけで、すっかり時間を無駄にしてしまったと黛はため息を吐いた。
「さっさと視線誘導でもして帰るか、奴らが目もくれていない食い物摘まんで元をとろうかと思ったが……でっかい誰かさんが退路を塞いでいるわ、俺の前にはファーストドリンクすら来ないわで散々だ」
「わ、わるい……」
つい、小堀はそんな返事をしてしまう。笠松あたりがいたら、「何謝ってんだ」と肩を叩かれていたことだろう。頭を掻いた小堀は、ふととあることが気になった。
「うちはバスケサークルなんだけど、そっちもなのか?」
「……」
スマホをタップしていた黛の指が、僅かに止まる。しかし彼の表情が動いた様子はなく、黙ったまま彼はスマホをポケットにしまった。
「……なぁ、良ければ」
ぐるる、と小さく腹を鳴らす黛は、小さく笑った小堀へじろりとした視線を向けた。

「……何だ、小堀。随分でかいお持ち帰りだな」
「違うって!」
部屋義で寛いでいたらしい諏佐は、小堀が連れて来た黛を見て目を丸くした。彼も中々表情が変わらず、どこまで本気で喋っているのか分かりづらい。今回は冗談だろう。小堀の想像通り、諏佐は肩を竦めてリビングへと引っ込んだ。
「何だお前ら、同棲してんのか」
「ルームシェアな! ……親戚の持ち物なんだけど、諏佐と俺の大学の中間にあるから誘ったんだよ」
「お陰で俺は家賃が浮いて助かっている」
簡単に説明しながら小堀たちがリビングへ入ると、諏佐はキッチンで鍋を火にかけていた。
「食ってくるって聞いたから、簡単なものしかねぇぞ」
「腹にたまればいいよ。あんまり食べる気にならなかったし」
なぁと黛に同意を求めるが、黛は肩を竦めるだけだ。少ししてダイニングテーブルに座った小堀と黛の前に、諏佐は味噌汁と解凍したご飯、彼の晩御飯の残りなのだろうか唐揚げを並べた。
「……」
ホカホカと立ち上がる湯気を吸って、黛の腹がまた鳴る。
「いただきます」
「……いただきます」
諏佐は自分の湯呑を片手に「おう」と返事をしてキッチンで立ったままだ。
一つ唐揚げを頬張った黛は、微かに目を見開いた。遠慮がちに、しかししっかり残さず食べようと動く箸を眺めながら、諏佐は「石田の言っていた餌付けってこんな気分なのか」等とのんびり茶を啜る。
「……ごちそうさま」
「お粗末様」
食後の茶を啜り、黛はゆっくりと息を吐いた。
「久しぶりにちゃんと食ったな」
「一人暮らしなのか? あ、実家は京都?」
「まあな。東京には出たいと思っていたから不満はないが……衣食住全てを自分でどうにかするのは、骨が折れるな」
暫く緑の湖面を見つめていた黛は、何を思いついたのかパッと顔を上げた。
「また来ていいか? 俺の下宿先、ここからそう遠くねぇし」
「は?」
「食費は払う」
黛ののっぺりとした瞳が、心なしかキラキラしている。食べる前に、諏佐の手作りだと説明したことも理由かもしれない。小堀が助けを求めるように視線を向けると、諏佐は眠いのか欠伸を溢していた。
「……拾った動物は、張本人がしっかり責任とれよ」
「え、ちょ、諏佐!」
ヒラヒラと手を振り、諏佐はさっさと自室へ向かっていく。元来こういう押しに弱い小堀が断れる筈ないと察しているだろうに、無責任な男である。
彼の言う通り責任をとるべきか――嘗てのキャプテンの叱咤を、ここまで聞きたくなったのは久しぶりだ。小堀は大きくため息を吐いて、コクリと頷いた。
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