01-5#強豪の良心たち
この状況となるきっかけを語る際、前提条件として1年時のインハイのエピソードを語らねばならない。義務・必要構文を使用したが、大袈裟に長いエピソードというわけではない。単に応援の合間の休憩時間に顔を合わせ、互いに同い年の上、ポジションは違えど強豪校でレギュラー候補――後は、馬が合うという直感が働き、連絡先を交換することがあったのだ。その後、頻繁に連絡を取り合うこともコート外で顔を合わせることもなく、再び連絡をとったのは3年WC後――苦い敗退としょっぱい引退を経験した頃だった。
受験勉強の様子はどうだ、どこが志望校か、引退後もバスケは続けているか――そこまでプライベートな話などしたことなかったが、もうコート上で敵対することもないと思う心情が後押ししたのか、随分と細かい話まで交わす中となるに、時間はかからなかった。その中で諏佐は、何とか志望校に合格しても寮生活に慣れ切った身で一人暮らしができるだろうか、と不安を溢したのだ。
「あ、じゃあ、ルームシェアでもするか?」
あっけらかんとした返事は、迷う間などなく投げかけられた。
結論から言えば、諏佐はその提案を受け入れたし、それは正解だった。
平屋のこじんまりとした賃貸は、築十数年という新しいもの。身長190オーバーの男が2人優に暮らせて、さらに個室まで完備されているシェアハウスは、話を聞くに小堀の親戚の持ち家らしい。通話の端々で感じていたが、小堀はそこそこの家の出だと、諏佐はそのときに実感した。本人は「赤司に比べたらとても」と謙遜するが、比べる相手が間違っている。
寮は基本的に、食事は常駐の職員が作ってくれている。そのため諏佐は料理がからきしだった。小堀は実家暮らしで手伝いをしていたし、年が少しばかり離れた弟がいるので軽食くらいなら作れるという話だった。ならば基本的生活費は折半、炊事は小堀、掃除洗濯は諏佐担当――寮の自室の掃除洗濯は自己責任だったから手慣れている――ということで始めた共同生活。居心地よいこの生活で唯一失敗したと思ったのは、当初のこの役割分担だった。
小堀は高身長だ。諏佐よりも2センチほど高い。しかし、体重は5キロ以上も差があった。諏佐が軽いのではない、小堀の方が軽かったのだ。後から知ったことだが、彼の高校時代のBMIは、あの高校バスケ界では小柄の部類である誠凛選手より低かったらしい。何故か、それはルームシェア開始の数日で判明した。小堀浩志という男は、そのガタイの割に胃が小さかったのである。
引退後も増量しないよう、諏佐は食事量をセーブしつつロードワークを続けていた。小堀もそれは同じらしい。部活をしていた頃と同じ量を食べている、と本人は言っていたが、諏佐から言わせればそれは少なすぎる。諏佐の後輩シューターとどっこいどっこいの量だった。その後輩シューターは分析魔のマネージャーに量を食べるよう何度も言われていた。
何が問題って、小堀の作る一回の食事が、諏佐にとって少なすぎた。お代わりも足りない。満たされない感覚に我慢できず、足りない分を小堀の指導のもと追加で作るうち、諏佐は料理を覚えるようになり、いつしか役割分担は逆転していた。食費の割合を諏佐の方が多く占めるので、家賃の件もあって、諏佐が多く出すようにもなった。
「……とまぁ、何かいろいろあったが、ここまで家事スキルがつくとは思わなかった」
2倍ほども量の違う2つのカレー皿をドンと机に置き、諏佐は感慨深げに頷いた。洗濯物を畳み終わった小堀は、苦く笑いながら食卓の席についた。
「ほんと、諏佐は料理上手になったよね」
「まぁ、小堀と石田のお陰だな」
自分の食べたいものを食べたい分だけ作れるというのは、一つ分の量が決まっているファミレスなどでは味わえない贅沢だ。今日も鍋いっぱいに作ったカレーに満足し、諏佐はエプロンを外した。
「家庭教師のバイトはどうだった?」
「ああ……」
大きめのスプーンで一口頬張り、諏佐はバイト初日を思い返す。初めての生徒は、まさかこんなところで顔を合わせることになるとは思わない人物だった。
「まぁ……マメそうな性格だったな。園芸とパン作りの本が、参考書に混じって並んでいたし」
「へぇ、俺も食べてみたいなぁ」
そう言いながら、小堀は諏佐のそれより小さな一口を咀嚼する。彼の食事の様子を見ていると、諏佐は一口で食べてしまったあのパンも、二三個に千切る必要がでてくるのではないかと思ってしまう。
「丁度同じバスケ部だったし、仲良くなれるといいね」
呑気な小堀の声が、諏佐の頭を小突く。ゴクンとカレーを飲み込んで、諏佐は少し首をひねった。
「……まぁ、そう簡単にいったら苦労しないだろうよ」
ボソリとした呟きを水面に落とし、諏佐はコップの水を煽った。
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