01-1#後輩影コンビ
春休みの某日都内。二時間ぶりの太陽の眩しさに、黒子は目を細めた。少し立ち止まりかけてしまったため、背後から歩いて来る人に軽くぶつかってしまい、慌てて端へと避ける。ぶつかった相手は地面の段差に躓いたのだろうか、と不思議そうな顔をしながら歩いて行く。
黒子は先ほど売店で購入したパンフレット入りの袋を落とさないように持ち直し、さてこれからどうしようかと辺りへ視線を回した。
「おーっす」
その時、突然肩を叩かれた。驚きはしたものの、すぐに聞こえてきた声の正体に思い至り、相手の行動の意図も察した黒子は驚きを見せることもせず、すんなりと振り返った。
「こんにちは、高尾くん」
「驚かねぇのな」
その黒子の反応すら彼には面白いらしく、つまらないと口では言いつつも、高尾は口端を持ち上げている。
「秀徳も今日はお休みなんですか?」
「そ。丁度良いから、今日から公開の映画を見に来てさ」
「それって……」
黒子が少し視線を動かして映画館の方を見やると、その通りだと高尾はまた笑い声を立てた。
「いやー、ちょっと意外だったぜ。黒子があの手の映画見るなんて」
高尾が小さく指さしたのは、本日公開のとある映画ポスターだ。少年漫画が原作の実写化で、ハイファンタジーの世界観故、一部では渋い前評価がついている代物だ。
「脚本家さんが、割と好きだったんです」
その脚本家は以前、黒子が好きな小説家の実写映画を担当していたことがある。原作には描かれていなかった行間が、その映画では実に巧妙にストーリーに組み込まれており、大層感動したものだ。それ以来、その脚本家の名前がある映画は、できるだけ見るようにしている。
「さすがに、原作知識ゼロでは難しいと思ったので、降旗くんに借りましたけど」
「へー。因みに感想は?」
黒子は「そうですね……」と呟いて、チラリとまた辺りを見回した。それから少し離れた先にある喫茶店を指さす。
「立ち話もなんですし、座りませんか?」
「おっけ」
高尾はニヤリと笑う。彼とは幾度となくバスケで向かい合ってきたが、趣味嗜好に関しては話したことがない気がする。ニンマリと笑いたくなる心持なのは黒子も同じで、「決まりですね」と小さく微笑んだ。

「いやぁ、まさか黒子とサブカルについて話せるとは思わなかったぜ」
乾いた喉を潤すようにメロンソーダを飲み、高尾は息を吐いた。半分ほど減ったセーキのストローを回しながら、黒子も同意を示す。
高尾は元々原作漫画を読んでおり、特に実写化に抵抗がなかったため話のネタ程度のつもりで鑑賞することにしたらしい。高尾の感想としては、まずまず。現在も連載中の漫画の、序盤の人気が高い章に焦点を当てていて、うまく二時間にまとめられていた。そこに至るキャラの紹介はダイジェストに留めていたため、ファンによっては残念に思う要素は否めないが、まぁそれは題材とメディア化の組み合わせ故にしょうがないというしかない。
その点については、黒子も同意だ。黒子は高尾よりもさらにライトファンなため、思い入れのあるキャラがいないことが今回は功を奏したと感じる。
「僕は、高尾くんが一人映画するようなタイプだったことにも驚いています」
「そう? 俺は楽しければ何人でも構わないってスタンスだし」
「らしいですね」
「黒子は? その降旗とか、原作読んでいるなら誘えばよかったじゃん」
「降旗くんは実写化に拒否反応を示すタイプのファンだったらしくて……誘ったら微妙な顔をされました」
降旗とは、たびたび本を貸し借りする程度に部活外でも交流はある。映画鑑賞に同行したことも何回か。それでも今回は提案と同時に渋い顔をされたので、一人で見ることに決めたのだ。
「キセキの奴らとか、同中のダチとかいねぇの?」
「結構グイグイ来ますね、君……」
ズ、とセーキを飲み、黒子は首を傾いだ。
「いるにはいますが……巻藤くん、彼女とのデートで忙しそうですし。そもそもキセキの彼らとは、バスケ以外の趣味があまり合いませんので」
良くも悪くも、彼らは根っからのバスケ馬鹿だ。黒子の言葉に、高尾は片眉を持ち上げた。
「真ちゃんは? 結構本読んでいる姿見るけど」
「中身見たことあります? 殆どクラシックの戯曲とか、伝記小説ですよ」
嫌いなわけではないが、推理小説や純文学、SFなどのジャンルを好む黒子としては苦手な部類だ。
「マジ? 真ちゃんそういうの読むんだ?」
「彼、昔からバスケと一緒にピアノも習っているらしいですよ。その関係じゃないですかね」
「あ〜そういえば合唱コンクールで伴奏に抜擢されてたな……」
何を思い出したのか、高尾は渋い顔をしながらストローを回した。
「火神くんは似たようなバスケ馬鹿ですし、お察しの通り他にそこまで親しい相手もいないので」
「あれ、黒子、ちょっと怒ってる?」
「さあ?」
ずず、と最後のセーキを飲み干し、黒子は肩を竦める。高尾は苦笑いし、「悪かったって」と手を振った。
「お詫びに、俺とオトモダチになろうぜ。ほい、メッセージアプリのID」
「……何か企んでます?」
「まっさかぁ。……確かにバスケでは同族嫌悪ってか、絶対負けられない相手だけどさ、コート外では楽しく過ごせそうだなって思ったんだよね」
ニッと笑い、高尾はIDの画面のまま、携帯を振る。黒子は暫し考え、確かに喫茶店で過ごした時間は楽しかったなと素直に認めた。
「そうですね……」
ピロンと高尾の携帯から音が鳴る。それを手元に戻して画面を見やった高尾は、楽しそうに笑った。
「どうぞ、よろしくお願いします」
高尾のメッセージアプリの友達欄に『NEW』のライトマークがついたアイコンが一つ、増えていた。
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