Re:pray#6
「氷の君と決闘……」
放課後デートに出かけた筈のスレッタが、目を赤くして帰って来た。かと思えば、そのデート相手が御三家の一人と決闘するという報せが入り、結果、勝者となったデート相手からその日のうちに決闘を申し込まれる始末。何がどうしてそうなった、とチュチュだけでなくオジェロたちも顔を顰めた。
そして今、さまざまなショックから項垂れて座るスレッタを、腕を組んだミオリネが見下ろしている状況。さすがのチュチュも口を挟めない重苦しい空気の中、マルタンはキリキリと痛み始める胃を撫でていた。
「……決闘の約束したの、あんたが」
「えっと……その、話の流れで……私、鬱陶しいって言われて悲しくて……」
「で、めそめそ泣いている間に、アイツの口車に乗せられてたと」
「……」
返す言葉もない。スレッタは唇を噛みしめ、ギュッと膝に乗せた手を握った。はぁ、とミオリネのため息の音が聞こえる。ビクリと、スレッタは肩を震わせた。
さんざんミオリネが言っていた、『御三家は敵』『決闘の勝敗はミオリネの運命を決めてしまう』――その言葉がスレッタの頭の中でグルグルと回っていく。スレッタは自分のことにばかりかまけて、頼ってくれた相手の未来を潰しかねないことをしてしまったのだ。謝っても謝りきれるものではない。
「ねぇ、」
ミオリネが声を発する。スレッタはまたビクリと肩を震わせながら、そろそろと頭を上げた。ミオリネは腕を組んだまま、そこに立っていた。しかし顔は後方に立つニカたちへ向けられている。
「次の決闘、フロント外宙域だっけ? 今のままでいけるの?」
「正直厳しいですね……。ペイル社は推進力が売りなんです。推進ユニットが欲しいところですけど……」
へ、とスレッタは思わず肩から力を抜いてしまった。ニカと言葉を交わしたミオリネは、何かを考えこむように顎へ手をやり、スレッタの方へ視線をやった。
「持ってる? 推進ユニット」
「も、持ってない、です……」
「買うしかないか……。今の相場、幾らくらいだっけ?」
「あ、あんまり高い物は買えないよ! 地球寮は万年金欠なんだ」
「私のポケットマネー出すわよ。そんなに出せないけど」
「まぁ、中古品でも質が良いものはありますよ〜」
「あとはニカねぇの手にかかれば何とかなるだろ」
早速中古品を探そうとタブレットを開きだすリリッケ。チュチュは自分のことのようにニカを自慢し、フフンとミオリネを見やった。
「あの……怒ってない、んですか?」
「怒ってるわよ」
茫然とするスレッタに即答し、「当然でしょ」とミオリネは長い白髪をかき上げた。それから吐息を溢しつつ、スレッタの隣へドカリと腰を下ろす。
「でもまぁ、これでお相子。私も、アンタの意思なんて関係なく勝手に決闘しかけちゃったし」
「ミオリネさん……」
「……まだ謝ってなかったわね。……ごめん」
慣れていないのだろう、目を合わせようと努力しているが、どうしても視線が下へと落ちてしまう。そんんなミオリネの、落ち着かずに動く指を見つめながら、スレッタは首を振った。
「わたしも、すみません」
「じゃあそれについては、これで終わり。受けちゃった決闘でも、勝てば良いのよ」
そこでミオリネは言葉を止め、迷うように視線を動かした。
「……あと、無理しなくて、いいから」
「え?」
「今回のことじゃ帳消しにならないくらい、私の方が勝手にアンタを巻き込んでた。アンタの意思とか関係なく、婚約者だなんて……ごめん」
「ミオリネさん……」
「別に、無理に私の婚約者らしく振舞わなくていい。デートがしたければ行っていいし、恋をしたい相手がいるなら正直に教えて欲しい」
ミオリネは膝の上に置いた手を、ギュッと握りしめた。
「……ただ、私の誕生日までは、お飾りで構わないからホルダーでいて欲しい」
誕生日までスレッタがホルダーでいるなら、ミオリネはきっと地球へ行って自由の身になることができる。ミオリネの白い指を、スレッタの温かい手がそっと包んだ。
「……はい。初めの約束、ちゃんと守ります。だって、ミオリネさんは、私を頼ってくれました。私、すごく嬉しかったんです」
ず、とミオリネは顔を伏せたまま鼻を啜る。
「……他の奴らに頼られて、私のこと蔑ろにしないでよね」
「……気を付けます」
「あと、ちゃんとこれ言っておいた方が良かったのかしら」
コテンと首を傾げるスレッタへ、ミオリネは少し頬を赤らめた顔を向けた。
「『オトモダチからよろしく』
「! は、はい! 勿論です!」
「よし」
スクッと立ち上がり、ミオリネは腰に手を当てた。
「じゃあまずは、目の前の決闘に勝つわよ。どうせならあの綺麗な顔に、紅葉でもつけてきなさい!」
「ひえ、それは……」
やりすぎじゃあ……とスレッタは苦く笑う。ミオリネはフンと鼻を鳴らし、それくらいの意気込みを持てと彼女の背を叩いた。

決闘前にも少々騒動はあったが、無事決闘は終了。結果は、スレッタの勝利だった。機能不全となったファラクトからエアリアルのコックピットに誘導され、そのままフロントに戻ったエランは、ヘルメットを外してゆっくりと息を吐いた。
「あ、あの、エラン、さん……」
同じようにヘルメットを外したスレッタが、おずおずと声をかけてくる。少し視線を動かすと、離れた場所からすごい圧でこちらを見つめる白い人影を見つけることができた。後で殴られそうだな、と呑気な感想を心中呟きながら、エランはスレッタへ向き直る。
「賭けの内容は、僕のことを教える、だったね」
「は、はい」
「じゃあ、もう一回デートしようか」
「へあ!?」
ボンとスレッタの顔が髪と同じくらい赤くなる。コロコロと変わる表情が面白い、とエランは口元を和らげた。パチ、とスレッタの青い目が丸くなる。
「明日、授業は?」
「え、えっと、1限と4限、です」
「そう、じゃあ、10時に広場のベンチで待っててくれる?」
スレッタはコクコクと何度も首を動かす。エランは自然と頬が少し動くのを自覚しながら、「ありがとう」と呟いた。ポーッとするスレッタの前で、エランはヘルメットを置くと、グローブをつけたままの手を耳元へと持っていく。パチンと音がして、スレッタは我に返ったようだ。
「はい」
エランの手によって上を向いた掌に、乗せられたのはタッセルの耳飾り。今の今まで、エランの右耳で揺れていたものだ。
「これ、持っていて。要らなければ、捨ててもいいから」
「そ、そんな……!」
そんなことしない、とスレッタは慌てる。
「じゃあ、取り合えず明日の待ち合わせまでは」
その後は、好きにしてほしい。エランは手を離し、また口元を動かした。そうしてペイルの社員なのだろうか、黒服の大人たちと共に去って行くエランの背中を、スレッタはぼんやりとした頭のまま見送っていた。
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