Re:pray#5
「〈GUND-ARM〉……」
重々しい呟きが、地球寮の一室に落ちる。アリヤを中心として、行儀悪く足を上げて椅子に座るチュチュ、立ったまま落ち着かない様子で指を絡み合わせるマルタンは、アリヤが机上で開いたタブレットを覗き込んでいた。
「身体機能拡張技術〈GUNDフォーマット〉を搭載したモビルスーツで、ヴァナディース事変では多くの〈GUND-ARM〉が兵器として投入されたって」
「ヴァナディース事変って、戦争準備をしていたヴァナディース機関ってとこがMS開発評議会に粛清されたってやつ?」
「正確には、ヴァナディース機関が技術提供をしていたオックス・アース・コーポレーションを、だな」
その際、オックス・アース社が戦争技術として用意していたのがヴァナディース機関提供の〈GUND-ARM〉――ガンダムである。ヴァナディース事変平定後、MS開発評議会の役員であったデリング・レンブランの強い意見もあって、ガンダム並びにその技術元となる〈GUNDフォーマット〉も、開発及び使用の禁止が協約により定められた。
「やばいじゃん!」アリヤが淡々と読み上げた内容に、マルタンは声を裏返した。
「そんなモビルスーツを、地球寮で管理なんて!」
「なんでこのタイプのモビルスーツだけ規制されたんだ? テロリストが使っていたから?」
チュチュの言葉に、アリヤは腕を組んで唸った。
「『〈GUNDフォーマット〉の搭載』が強く規制されているのが気にかかる。ヴァナディース事変以後、〈GUNDフォーマット〉の技術どころか、それを開発していたヴァナディース機関すら、解体されているし……あとは『ガンダムの呪い』っていうのも」
「それを使ってたオックス・アース社に、死者が多くでたからじゃねーの?」
「ねえ!」
自分の言葉を無視されたマルタンが、大きく声を張り上げて机を叩く。ヌーノはため息を吐いて、彼を見上げた。
「エアリアルはガンダムじゃねーって、パイロットも製造者も言ってたろ」
チュチュの言葉に、アリヤは苦笑する。そう建前はあるが、ほぼ黒に近いグレーといった状況であることは、誰もが分かっていたからだ。
「この前の決闘で、エアリアルとスレッタが学園に残る権利は勝ち取った。この学園では決闘の賭けは絶対。暫くはその言葉に頼るしかない」
アリヤはタブレットを閉じる。「まあ、そのパイロットさまは……」アリヤは首を回し、先ほどから別の理由で賑やかしい部屋の片隅を見やった。
「どどど、どうでしょう、か! この服装、変じゃない、ですか?」
「……すっかり浮かれ切っているみたいだけど」
普段より数倍上ずった声でアリヤたちの方にやって来たのは、ホルダー衣装ではなく可愛らしいパンツスタイルのスレッタ。その数歩後ろではギリギリと歯を噛みしめるミオリネと、苦笑するニカ、スレッタを肯定するようにニコニコと首を振るリリッケが立っている。
「お似合いですよ。それで氷の君もイチコロです!」
「いいいい、イチコロ!」
何を想像したのか、スレッタはカーッと赤らめた顔を両手で包む。ミオリネの肩から黒い炎が立ち上った気がして、チュチュは思わず呆れてため息をつく。
「すっかりおめかししたんだな」
「り、リリッケさんが、コーディネート、してくれました」
「折角の氷の君との放課後デートですから! 味気ない制服じゃあ、もったいないですよ」
指を絡めたリリッケは、キャアキャアとはしゃぎながら力説する。ブチン、とニカがさり気なく抑えていたミオリネから、嫌な音が聴こえたのをチュチュは気づいていた。
「スレッタ」
「え」
問答無用でスレッタの肩を引っ張り一度奥へ消えたミオリネは、数分して鼻息荒く戻ってきた。腕を引かれるスレッタの服装は、真っ白なホルダー衣装に戻っている。がっかりした顔のリリッケの横にスレッタを立たせると、ミオリネはビシリと人差し指を鼻先に突きつけた。
「約束したもんを反故にするのは、婚約者である私の評判にも関わるから目を瞑ってあげる。けど、相手が御三家である以上、その衣装を脱いで会うことは許せない」
「えー」とリリッケはぼやくが、何となくミオリネの意図を察していたニカは苦笑して肩を叩いた。
「つまり、いつ決闘相手になっても可笑しくないから、ホルダーとしての誇りを捨てた隙は見せないでほしいってことですかね」
「……そういうこと」
ミオリネは指を下ろし、腰に手をやった。リリッケはまだ少し不満があるようだったが、「それに、あの氷の君が制服以外の姿で来るのも、ちょっと想像できないじゃない?」とニカが囁くと渋々納得したようだった。
「……わ、分かり、ました。私……ミオリネさんの、婚約者ですもんね」
スレッタはへにゃりと笑う。その笑顔を見て、ミオリネは小さく言葉に詰まった。
そんな二人を見かねてアリヤが「約束の時間は大丈夫か?」と声をかけると、スレッタはピョンと肩を飛び上がらせ「いいいいいってきます!」慌ただしく地球寮を飛び出していった。
「……」
「ミオリネさんは、スレッタさんをどうしたいんですか?」
パタパタと揺れる赤茶けた尾を見送っていたミオリネに、少々唇を尖らせたリリッケが声をかける。「え?」と振り返ったミオリネは、キョトンと目を瞬かせた。「だって」と言って、リリッケは指を絡める。
「ミオリネさんは慣れているのかもしれないですけど、私やスレッタさんみたいな一般人からしたら、婚約者って結婚する相手ですよ? 家のためとか会社のためとか、そんな打算的な理由でするもんでもないんです」
彼女の言いたいことが分からず、ミオリネはパチパチと目蓋を動かした。
結婚――ひいては婚約――は、会社の発展が伴うもの。レンブランの一人娘として生きてきたミオリネにとって――そしてそれは同時に、似た境遇である御三家の彼らにとって――当たり前の常識だった。だから改めて言葉にする必要など、思い至らなかったのだ。
「結婚するって、ずっと一緒にいたいとか、情愛があったりするからするんです。少なくとも私にとってはそういうものですし……スレッタさんも似たような考えなんじゃないのかなぁ」
ミオリネは思わず視線を動かした。その先にいたニカやアリヤは小さく微笑みながら頷き、チュチュは「あーしに意見求めんな」とにべもない返事。
「スレッタさんの気持ち、ちゃんと確かめました?」
「それは……」
ミオリネは言葉に詰まる。状況が状況だっただけに、彼女はなし崩し的にミオリネの婚約者となった。彼女の意思を、ミオリネは確認していない。それだけの『価値』があると、ミオリネは自負していたからだ。無意識的に、自身の『トロフィーとしての価値』を、ミオリネは自覚していた。自覚して、誰もがそれを望んでいると思っていた。
俯きかけるミオリネに、アリヤが声をかける。
「そう難しく考える必要はない……君とスレッタとの間にある『契約』は、『誕生日までホルダーの地位を守り、地球へ連れて行くこと』だ。その後はどうするんだ?」
「その、後?」
「スレッタとの婚約関係を続けるのか、目的達成までの同士として契約を終えるのか。『結婚』もいろんな形がある。まずは君が、それを決めなければスレッタだって困るだろう」
「そうですよ。もし目的達成の同志でいいなら、スレッタさんだって好きに恋をしたっていい筈です」
むん、と両手を握り、リリッケが言い切る。パチパチと目蓋を動かしたミオリネは、どこかぼんやりとした目を自分の手の平に落とした。
「……好きに、恋、を……」
薄く開いた手の平に、青々としたトマトが浮かんでくる気分だった。

「どーしたんだよ、ティノ」
マルタンやニカに断りもなくハンガーに足を進めるティノの背に、ヌーノは声をかけた。彼と共にこっそり呼び出されたオジェロも、居心地悪げに視線を動かしている。そんな二人を気にせず、ティノは整備用のタブレットを取り出してエアリアルのページを開いた。
「いいのかよ、エアリアルの整備はニカが……」
「うん、だけどちょっと調べてみたいことがあって」
調べてみたいこと。オジェロとヌーノは顔を見合わせる。自分たちだけ個別に呼び出された理由も、そこにあると言うのだろうか。
「エアリアルには、パーメットが使用されている。これは間違いない。そしてその流入値は基準を超えている――これも、審問会の資料を見る限り、確実だ」
「でも結局これはガンダムではないって……」
限りなく黒に近いグレーであっても、パイロットの意思を尊重すると地球寮で決めた筈だ。それを肯定するように、ティノは一つ頷いてみせる。
「別に、ガンダムかそうでないかをはっきりさせたいわけじゃない。知りたいのはエアリアルそのもの――その技術だよ」
「確かにニカが興奮するくらい、すげぇ技術が使われているみてぇだけど……」
「フレームの最適化、完璧に統合されたシステム群……つまり、こいつから盗めるだけの技術を盗みたいわけだ」
ヌーノのあけすけな物言いに、ティノは無表情を少しも変えずに肩を竦めた。肯定ととれるその仕草に、オジェロは「ありかよ」と眉を顰めた。
「僕らは何のためにこの学園に入学した?」
タン、とティノの言葉が彼ら以外人気のないハンガーに響く。
「パーメット粒子に始まり、多くの宇宙技術をスペーシアンに掌握されている今、少しでもアーシアンにとって強みになる技術と知識を学び、地球に持ち帰るためだろ」
少なくとも、ティノはその心構えでこの三年間を過ごしてきた。しかし学園内のアーシアン差別に阻まれ、思うような学びと技術の獲得に至らず、歯がゆい状態となってしまっている。そこに、スペーシアン側でも扱いに考慮するモビルスーツが、ほかならぬ地球寮の手元にやってきた。これは、大きな好機だ。
「エアリアルを解析したい。あわよくば、やり玉にあげられているデータストーム関連についても解析できれば、アーシアン側にとって利益になる筈だ」
「……ティノがそこまで野心家だとは思わなかったぜ」
ヌーノはポリポリと頬を掻いた。
「でもいいのかよ、スレッタやシン・セーに内緒でってことだろ?」
「まぁ、企業秘密になるだろうからね。けどシン・セーに関係する学生は、今のところスレッタだけだ。彼女からシン・セーには、エアリアルの整備に地球寮が関わることが連絡されている筈。少しくらい、内部を覗いても問題はないと思う」
まだ抵抗のある様子のオジェロは、ティノのすらすらとした返答を聞いてぐぅと口をつぐんだ。ヌーノは肩を竦め「いーんじゃね? 俺も興味はある」と呟いてティノの方に足を進める。
「あー……」と声を漏らしたオジェロは、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「一つ聞いていいか? なんで俺らなんだよ。ニカやアリヤの方が、そういうことには詳しいだろ」
「アリヤは僕と同じ三年だ。僕の卒業後も、調査してくれる人手が欲しかった。ニカは……」
ティノはそこで言葉を止める。ヌーノがどうかしたのかと訊ねると、彼は何でもないと首を振った。
「二人は信用できると思った。……別に地球寮のメンバーを信頼していないとかじゃないけど、マルタンとかは動揺してすぐバレそうだし」
「そこは否定しねぇけど……」
オジェロは大きく息を吐いた。それからパッと両手を肩より高く持ち上げる。
「ま、俺も興味がないわけじゃない。曲がりなりにもメカニック科だしな……その話乗った」
パチンと指を鳴らし、オジェロはニヤリと笑う。ヌーノとティノは口端を小さく持ち上げ、顔を見合わせた。

待ち合わせ場所のベンチに座っていたエランは、いつもの制服姿だった。スレッタは心の中でミオリネとニカに頭を垂れて感謝を捧げながら彼と合流した。そしてそのまま、制服デートと相成ったわけなのだが――
「す、すみません……」
「……別に。気にしないで」
まさか『たまたま』出歩いていたグエルと遭遇して、照れ隠しのようないちゃもんをつけられて、それに怯えたスレッタがドミノ崩しのように露店のテントを倒して辺りを騒然とさせるなんて、誰も想像つかないだろう。エランは少し袖にジュースを引っかけていたが、スレッタは彼が素早く場を見極めて庇ったために白いホルダー服へ染みをつけずに済んでいる。
一番被害が大きかったのはグエルと、騒動を聞きつけてやってきたグエル、フェルシーのジェターク寮メンバーだろう。特に頭からジュースをかぶってしまったフェルシーは半泣きで、さすがのエランも申し訳ないなぁという感想を抱いてしまった。まぁ、騒ぎのお陰で彼らの目から逃れ、こうしてスレッタと二人きりになれたのだけど。
「ど、どうしましょうか……戻って、お片づけを手伝った方が……」
「あれだけの大騒ぎにしたのはジェタークの彼らのせいだから、任せて良いんじゃないのかな」
それに、と言葉を切ってエランは逃げ出すために掴んだままだったスレッタの手首を持ち上げた。そこで漸くその事実を思い出したスレッタは、ボンと音が聞こえそうなほど赤面する。
「……僕、行きたいところがあるんだ」
「いいいい、いきたい、トコ?!」
混乱と緊張で、スレッタは声を上ずらせる。彼女の頬と髪が同じ色だな、と頭の片隅で思いながら、エランはキュッと彼女の汗ばんだ手を握った。
「うん……――良ければ、君の家族に会わせてほしい」
パチリ、とスレッタは青い瞳を瞬かせた。
そうしてエランの希望でエアリアルの元に向かったスレッタは、そこで理由も分からぬまま彼を怒らせてしまうことになる。

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