長野、静岡、神奈川――三県でそれぞれ起こった爆弾騒ぎが、同一犯のものであると判明したのは、群馬で発生した窃盗事件がきっかけだった。爆弾の材料が足りなくなったのだろう、とある工事現場の監視カメラに、火薬や薬品を盗み出す犯人の姿が映っていた。
その男の身元を照合した結果、過去公安が検挙した過激派グループのメンバー、その友人家族の息子だと判明。男の足取りは東京都で途絶えており、彼の盗み出した材料諸々から大規模な爆破テロの恐れがあると判じた公安部は、各県の事件を担当した捜査官たちを集め、大規模な捜査グループを設置さいたのだ。
「おじさんが呼ばれたのはなんで? 犯人が分かっているなら、探偵の出番はなさそうだけど」
「何でも、奴の潜伏先のプロファイリングを手伝って欲しいんだとよ」
それも彼がいるなら十分そうな気もするけどなぁ、とコナンはぼんやりそんなことを考えながら会議室を見回した。一般の協力者ということで、コナンと小五郎の席は一番後方になっている。既に捜査官たちは着席していたが、新しい管理官の登場に緊張が隠し切れずザワザワとしたさざめきが絶えていなかった。
横溝兄弟や大和、高明と並んで座っていた山村は、その中でも特にウキウキとした様子で肩を揺らしていた。久々の本庁出向、幼馴染の兄との再会、更にはその本人とも再会できるとは! 当の本人は、少々忙しそうに前方の役職席で書類の準備をしている。その姿から彼が公安部所属で、さらにそこで補佐を行えるだけの実力と役職についていることを示していた。
やがて眼鏡をかけた少々強面の男が入室してきて、景光と何か言葉を交わす。それから彼からマイクを受け取り、会議室を見回した。
「定刻になりましたので、会議を始めます。私は警視庁公安部の風見裕也警部です」
ペコリと頭を下げ、風見は机の端から二番目の席に腰を下ろした。彼からマイクを返してもらった景光は、ニコリとした笑みを浮かべて自分の口元にそれを添える。
「同じく警視庁公安部の、諸伏景光警部補です」
景光の役職に感心する山村の隣で、「お前知ってたのか」という視線を傍らに向ける大和と、「それは勿論」と言った様子でコクリと頷く高明の姿があった。彼らより前方の席に並んでいた伊達と松田は、「いつの間に出世してたんだ」と苦く顔を歪め、彼らの表情の変化に気が付いた高木が知り合いだったのだろうかと小首を傾げていた。
「そして、本件より警視庁の管理官を務める――」
そこで景光は言葉を止めた。扉が開き、シンと静まった室内に高い足音が響いた。とうとう件の管理官の登場か、と気を引き締めた佐藤はそちらへ視線を向け――え、と思わず言葉を溢していた。
凛と背筋を伸ばした男が一人、真っ直ぐ景光の方へ歩いて行き、彼からマイクを受け取る。それから会議室を見回し、男は薄く口元に笑みを浮かべた。
「初めまして――ではない方もいらっしゃいますが。降谷零、階級は警視。本件より一課の管理官を勤めます。どうぞよろしく」
会議前に目立つ容姿で廊下を歩いていた、毛利探偵の一番弟子の安室透と名乗る男が、ニコリと微笑んで立っている。フルヤレイと、事前に周知されていた管理官の名前を告げて。
目を丸くして顎が外れんばかりに口を開く山村。「お前知ってたのか」という視線を傍らへ向ける大和と、「さすがに階級までは」と首を小さく振る高明。横溝兄弟は揃って同じ顔を青くし、それは本庁のメンバーも同じ反応……いや、数人はケロリとしていたか。いずれも伊達たちと同期の者たちだ。松田に至っては、周りの反応を見て意地悪く笑みを浮かべているほど。
「だ、伊達さん、知ってたんですか!」
「言ったろ、雲の上に行っちまった同期がいるって」
「あれはそういう……」
それ以上追及する暇は、高木には残っていなかった。張りつめていた緊張が切れてしまったこともそうだが、会議が早速始まってしまったためでもある。


***

「三県で発見された爆発物について、爆発物処理班の松田陣平隊員」
「へいへい」
不躾な態度で立ち上がり、松田は片手をポケットに入れたままもう片方で手元の資料を取り上げる。
「……三県で発見された十個の爆発物は、何れも典型的なプラスチック爆弾。その配線の具合から、制作者は工学系の知識がある人物だと推測されます」
あの人も敬語使えたんだなぁと、妙なところが気になってしまったコナンだった。松田の発言を聞き、ペラリと資料を捲った風見が降谷に視線を向ける。
「容疑者の男は工業高校出身です。危険物取扱の免許も所持しています」
「……もし爆発物を発見した場合、解除にどれくらいかかる?」
風見に一つ頷いて、降谷はじっと松田を見つめた。サングラスを少しずらし、松田はニヤリと笑って指を三本立てた。
「――三分もあれば十分」
「成程」
降谷はフッと微笑んで目を伏せた。

***

「爆弾を見つけて発信機をつけたんだけど、犯人に奪われちゃって……!」
『それで今、君一人で追っているのかい?』
伊達や高木はどうしたのかと、固い声で降谷が訊ねる。申し訳なさでいっぱいになりながら、コナンは先ほどのショッピングモールで発見された爆発物の処理と避難誘導のため別れたと答えた。深々と、息を吐き降谷は電話の向こうで部下たちに指示を出し始める。
『……コナンくん、まだそんなにモールから離れてはいないな?』
「え、ああ、うん」
今日はスケボーを忘れてしまったのだ。それを聞き、降谷は『よし』と呟いた。
『君なら爆弾を追いかけられるね』
「う、うん」
『なら、あと一分ほどその場に待機。すぐに助っ人が到着する筈だ』
「助っ人って……」
ブォオン、と低いエンジン音が聴こえた。それと同時に、一陣の風がコナンの髪をかき混ぜる。鋭いブレーキ音と共に現れた二台の白バイを見上げ、コナンはポカンと口を開いた。
「とーちゃーく。降谷ちゃん、江戸川少年を見つけたぜ」
「全く……一応非番ではあるんだがな」
ヘルメットのシールドを持ち上げたのは、警視庁と神奈川県警の交通機動隊所属、萩原姉弟だった。
そのまま殆ど有無を言わさず千速のバイクに乗せられたコナンは、風の如く走る勢いに圧倒されながら、爆弾に取り付けた発信機の反応位置を説明する。ヘルメット内に取り付けたイヤホンでそれを聞いていた研二は、千速へ何やらハンドサインを送った。それに千速が頷くと、研二は赤色灯を付けながら別の道へと入って行った。
その意味をコナンが理解したのは数分後。千速の進行方向に犯人の乗る車が見えたときだった。向こうも千速たちに気づいたらしく、無謀な運転で振り切ろうとする。このままでは逃げられるかもしれない、そう思った瞬間、
「挟み撃ちだ」
脇道から飛び出した白バイが、車のフロントガラスに飛び乗った。同時に千速も、車の後方へピッタリと車体をつける。
「くそ!」
自棄になった犯人は車から転がるように飛び出すと、抱えていた爆弾を放り投げた。しかし無理な体勢での投擲だったため、爆弾はゴロゴロと少し転がっただけで大した距離は稼げていない。
「姉ちゃん、後は任せた!」
犯人の確保を千速に任せ、研二はバイクを走らせたまま爆弾を拾い上げた。そのまま、人気のない方へと走って行く。
「萩原さん!」
「安心しろ、アイツに任せておけば大丈夫だ」
「でも……っ」
「何だ、忘れたのか?」
犯人へ手錠をかけながら、千速は本部へ連絡を入れるとフッと笑って見せた。
「研二は今でこそ交通機動隊所属だが、警察学校を卒業してすぐ、交番勤務を飛ばしてスカウトされたのは爆発物処理班――アイツも、松田に劣らない爆弾のプロだよ」
その言葉通り、数分後には研二から無事に爆弾を解体できたと連絡が入った。
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