※安室さんが東京都を出たのは長野のあの事件くらいだとは記憶しているのですが、原作で実際に地方県警の面々と顔を合わせている話があったらすみません。この話では、そしかいまでの間にちょっと顔合わせくらいはしていた設定にしています。

コナンは毛利小五郎と共に、警視庁を訪れていた。とある犯罪組織の一斉検挙による事情聴取以来の登庁だ。今回は、とある人物によって毛利共々捜査協力を依頼されたためである。受付でもらった入庁許可証を首から下げたとき、聞きなじんだ声に「毛利さん!」と呼ばれた。見ると、高木を筆頭にした捜査一課の佐藤と千葉がエレベーターホールに揃っており、こちらへ手を振っていた。
「高木刑事、佐藤刑事!」
「コナンくんも久しぶり。元気そうだね」
「何だ、お前らも呼ばれたのか?」
「ええ。目暮警部や松田くんたちも、既に会議室に向かっています」
佐藤たちは、協力者として捜査会議に呼ばれた毛利たちを出迎えるために降りて来たのだと言った。高木に挨拶をしたコナンは佐藤を見上げ、おやと首を傾げた。
「佐藤刑事、どうかしたの?」
こっそり高木に耳打ちすると、彼と隣にいた千葉は苦笑した。
「今日の捜査会議から、黒田管理官に変わって新しい管理官が来るんだ。だからちょっと緊張しているみたいでね」
「佐藤刑事が?」
意外だと眼を丸くすると、しょうがないよと千葉は頬を掻く。
「だってその管理官の名前が、『フルヤレイ』なんだ。プラーミャの事件で、とうとう我々の前に姿を現さなかった男の顔を、今日やっと拝めるってわけ」
松田や伊達も、口では興味ないと言いつつどうも機嫌がよさそうで、彼らも謎が解けることを楽しみにしている様子だと、高木が説明する。
「へ、」「はあ?」
コナンと毛利はそろって声を上ずらせ、思わず互いに顔を見合わせた。もう一度高木たちを見やると、どこか固い表情の佐藤の他に、高木と千葉もようやく謎が解ける興奮に片肘が張っているようだった。
当の本人からネタバラシをされている毛利は、深く息を吐いた。
「……おじさん、言わないの?」
「俺がここで言って、どうなるわけでもねぇだろ」
ぼやきながら癖のように煙草の箱を探す指に気づき、毛利はバツが悪く眉を歪めた。


一方その頃の、会議室前廊下。定刻前ということで、世間話に興じる人々の姿が見える。その群れに混じった横溝重悟は珈琲の紙コップ片手に、兄の参悟と同県警所属の萩原千早と顔を突き合わせていた。
「また本庁に召集されるとは思わなかったぜ」
「重悟は以前も、合同捜査に呼ばれたことがあったんだったな」
自分は初めてだと言う参悟は、おろしたてのスーツの襟を正し、緊張した面持ちで背筋を伸ばした。
「しかし、交通機動隊も呼ばれているとは思いませんでした」
「いや、私は非番だ」
私服姿で腕を組む千早はサラリと言葉を返す。
「へ?」
「コイツ、俺が新しい管理官が来るって言ったら、着いて来たんだよ」
「ちょっと気になってな……その『フルヤレイ』管理官という男が」
珈琲に口をつけていた重悟は、「ぶ」と喉で奇妙な音を立てる。咳き込む彼の背中をキョトンとした顔で見やる千早に、参悟は「お知り合いだったので?」と訊ねた。千早は首を横に振る。
「ちょっと……な」
「あれぇ、姉ちゃん!」
明るい声が、廊下に響いた。参悟が顔を向けると、千早の面影をもった男が一人ニコニコと笑いながら歩いて来る。千早の弟の研二だ。
「横溝さんたちも。お久しぶりです」
「研二、お前どうしてここに?」
「非番だったんだけど、陣平ちゃんから降谷が来るって聞いてさ。ちょっと顔覗いてやろうかと思って」
参悟はギョッと目を丸くした。千早は吐息を溢して「やっぱりか……」と呟く。重悟はまだ咽ている。
「知り合いなのかい? その『フルヤレイ』と」
「え? まあ。知り合いも何も……」
そこで研二は言葉を止めた。廊下の奥からよく響く高い声が聞こえてきたためだ。そちらへ視線をやって、研二はニヤリと笑いながら立てた指を動かした。
「ほら、あれ」
研二の示した方へ視線をやった参悟は、眉を顰めた。
そこにいたのは、長野と群馬の県警の警部だ。何れも名物警部で、横溝も顔を合わせたことがある。何を考えているか分からない、すまし顔で佇む諸伏高明と、うんざり顔の大和敢助。もう一人知らない顔の男もいる。胸を張って朗々としゃべる山村ミサオの向いに立ってニコニコと話を聞いているのは、金髪褐色の見覚えがありすぎる男だった。
「毛利さんのお弟子さんじゃないか」
「弟子?」
途端にキョトンとした顔になる研二に、参悟は頷いた。
「安室透さん。毛利さんの事務所の下にある喫茶店でアルバイトをしている私立探偵だ。彼も協力者として呼ばれていたのか」
優秀なんだなぁと素直な感想を漏らすと、漸く咳がとまった重悟も「へぇ」と眉を上げて見定めるように安室を見やる。
「へ、へえ……」
その背後で、研二が何かを堪えるように口元を歪め、千早がその脇腹を肘打ちしていることなど、気づかぬまま。


この度遥々群馬県警から代表として登庁している山村ミサオ警部は、胸から下げた許可証をバタバタと揺らしながらその廊下を歩いていた。
「いやぁ、一度ならず二度までも! 僕の能力が認められて、こうして本庁に呼ばれるなんて!」
「ったく、相変わらずだなへっぽこ刑事」
「敢助くん、言いすぎですよ」
彼の数歩後ろを歩く敢助は顔を顰め、その隣に並ぶ高明は静かに彼を窘める。
「あれ、ミッちゃん?」
その声で、山村は足を止めた。声をかえてきたのは書類を抱えたスーツ姿の男で、許可証がないところを見ると、本庁の職員のようだ。途端に懐かしい面影がミサオの脳裏に弾け、彼の口はあんぐりと開いた。
「ひ、ヒロちゃん!?」
「やっぱり! 久しぶり!」
書類を抱えたまま駆け寄ったのは、諸伏景光だ。顎髭や逞しい肢体は幼い頃からすっかり変わっていたが、無邪気な笑顔は変わらない。
「兄さんと敢助さんも来るなんて、ちゃんと教えてもらえば良かった」
少々気にかかる言い回しだが、山村の意識は十数年ぶりに再会した友人の存在に占められていた。
「ヒロちゃん、本庁で働いていたんだ」
連絡をくれれば良かったのに、と山村がぼやくと、景光は困ったように眉を下げた。
「業務の関係で難しかったんだ、ごめんね」
「ああ、そういう……いやいや、気にしないで」
「そうだ、ミッちゃんに紹介したかった人がいるんだ」
兄さんにはもう紹介したけど、と言いながら景光は辺りへ視線を巡らす。やがて目的の人物を見つけたようで、少しその場を離れると一人の男の腕を引いて戻ってきた。
「ちょ、ちょっとヒロ……」
「紹介するね、オレの、」
男の顔を見た途端、山村は景光の言葉を遮って指を突き付けた。
「あー! 毛利さんの一番弟子をとってくれちゃったりした人じゃないですか!」
人差し指を鼻先に突きつけられ、金髪褐色肌の男はキョトンと目を瞬かせた。
「確か……安室透!」
「ああ……群馬県警の山村ミサオ警部でしたっけ。お噂は、毛利先生からかねがね」
ニッコリとした笑みを浮かべた安室は、ポカンとする景光の腕から手を取り返し、スーツの襟を正した。よくよく見ると上等なスーツだ。珍しい色と若い見た目にも違和感ないベージュのスーツは、彼のために誂えられたようだ。天下の警視庁の捜査会議に呼ばれたため、背伸びして用意した服装だろうか。それは山村も負けてはいない。ビシリとしたグレーのスーツの胸を張り、山村は手帖を開いてみせた。
「そう! 山村ミサオ警部です! 毛利先生とは数々の難事件を解決してきた、群馬の眠れる虎ですよ!」
「わあ、さすがです。県警の警部さんは素晴らしい方が多いんですね」
手を叩く勢いで手の平を合わせ、ニコニコと安室は相槌を打つ。山村はフンと鼻から息を吐いて、更に胸を張った。
「毛利先生の一番弟子はあなたかもしれませんが、一番の相棒は僕ですよ。お忘れなく」
「あははは」
山村は気づかない。景光が困った顔をしていることも、高明が既に興味をなくしていることも、敢助が心底呆れ返っていることも。
「……何やってんだ、アイツ」
丁度フロアに到着した毛利が顔を顰め、足元のコナンが引きつった笑みを零したことも。
これから始まる会議で最大級の爆弾が落とされることは、この場にいる数名を覗いて誰も予想できていなかった。
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