スコバボとクロオバ(4)
「やあ」
「……まさか、君から連絡が来るとは思わなかったよ――スコッチ」
バンコランの言葉に、スコッチは肩を竦めた。路地裏に凭れていたバンコランは煙草を勧めたが、スコッチはそれを断って彼の隣に並ぶ。
「私に連絡を寄越したということは、そういうことか?」
「そうだな……黒に潜り込んだ鼠として、是非ともMI6と繋ぎをとりたい」
バンコランは腕を組んだまま、少し目を動かした。
「彼は良いのか?」
「彼?」
「バーボンといったか」
「ああ……」
スコッチは目を細め、ジャケットの胸ポケットを握りしめた。
「アイツはこのことを知らないよ。オレの独断だ。……これ以上、アイツの手を汚いものに触れさせたくない」
「成程……」
紫煙を吐き出し、バンコランは小さくなった葉巻を足で踏み潰した。
「しかしスコッチ、君は確かに犯罪者らしくない。……あんな小物に、尾行されるとはな」
「え……あ!」
スコッチが気が付いたときには、路地の隙間から誰かが飛び出すところだった。バンコランが銃を取り出そうとして、既に人影が人通りの多い道へ出てしまったことに舌を打った。
「アイツは組織の……しまった、今の会話を聞かれた!」
「マライヒ!」
「顔は見た、すぐに追いつくよ」
バンコランの影から見覚えのある小柄な影が飛び出していった。猫のように身軽に駆けて行く姿を思わず見送っていたスコッチは、バンコランに肩を叩かれてハッと我に返った。
「ここにいてはまずいだろう。ひとまず離れろ。先ほどの話は、それからだ」
「あ、ああ……」
「安心しろ。これは『彼』との約定のうちだ」
バンコランの言葉に、スコッチはゆっくりと頷いた。


一方その頃、バーボンは痛む頭を抑えながらジンからの電話に応答していた。
「ですから、つい先日スポンサーになったマリネラ国王ですよ。日本観光中の彼に見つかってしまいましてね……あと数時間は解放してくれなさそうです」
パタリロはこれも立派な要人警護などと言っているが、今はバーボンの仕事中であって、警察官の降谷ではない。しかしそれを言ってもこの少年には通じない気がする。本来の護衛役であろうタマネギにまで肩を叩かれ、バーボンはため息を吐いた。
今はもう一人のタマネギとスロットゲームに興じているパタリロを眺めながら、バーボンはため息を吐いた。
「もういいですか?」
『フン、どうせだったら人質にでもしてみろ』
「あのですねぇ、護衛が二人もいるんですよ」
『あのふざけた顔した護衛だろ』
「それで侮っています? タマネギ部隊なんてふざけた名前をしてますが、構成員は軍人ばかりですよ」
海軍将校、空軍将校――今いるのは陸軍だったか。十歳の王子の護衛部隊というだけある、エリートばかりで隙がない。
「僕ではとても。ジン、あなたが相手してあげてくださいよ」
プツン、と通話が切れる。無機質な音を響かせる電話を一瞥し、バーボンはフンと鼻を鳴らした。彼が懐へそれをしまうと、ひとまず満足したらしいパタリロが腕にコインを抱えて戻ってきた。
「大量大量」
「それは良かった」
「次は別のスロット屋を案内してくれ」
「あのですね……僕は現在仕事中だったんですが?」
「これも立派な要人警護。何度も同じことを言わせるな。それとも何だ、お前は我が国を利用するだけ利用して、恩も返さないのか?」
目蓋を持ち上げ、パタリロはバーボンを見上げる。そこを突かれると弱い。バーボンは大人しく地図アプリで近場のスロット屋を探した。
「マリネラが犯罪組織の経済拠点と思われるのは、こちらとしても不本意だ」
「それは、本当に申し訳ないと思っています。……ですが、あの組織のパイプラインを少しずつ切り離すには、それをしても組織が気にしないほど太いパイプが一つは必要なんです」
そこで目を付けたのが、ダイヤモンド輸出が目覚ましいマリネラだったのだ。
「というか……その辺りの話については『ウチ』の上司からそちらの警察庁長官らに文書で依頼をしている筈ですが……」
囁くようなバーボンの言葉に、パタリロはスンと真顔になった。チラリとタマネギを見やる。二人は顔を見合わせ、「だって殿下に言っても」「しょうがないじゃないですか」等と宣うので、パタリロは木槌で二人の頭を叩きあげた。
「全く、君主だぞ、僕は」
バツとして二人の来月の給料でスロットを回しまくってやる! そう高らかに宣言したパタリロは、バーボンの案内した新しいスロット屋へ駆けこんでいった。それに顔を青ざめたのはタマネギ二人で、彼らは少しでも給料の取り分を確保しようと、主の後を追っていった。
賑やかなことだ。吐息を漏らしたバーボンは、突然強い力で腕を引かれた。
「バーボン!」
「あなたは……」
そのまま細い路地へ引っ張られたバーボンは、腕を引いた男を見て眉を顰めた。見覚えのある顔だ、あの組織の構成員だろう。しかし言葉を交わすほど親しくした覚えはない。男は長距離を走ったように汗だくで、息も荒かった。
「いきなりなんですか……」
「いいネタがあるんだ……ウォッカには知らせたけど、アンタにも」
「いいネタ?」
「スコッチ」
ハッとバーボンは息を飲んだ。ニヤリと笑った男が口を開く前に、ドスと音を立てて彼は力なく倒れこんだ。
「ち、遅かったか」
「君は……」
「バーボンさーん。あれ、マライヒさんもいたんですか」
茫然としていると、異変に気付いたタマネギが一人やってくる。マライヒは丁度良いと、気絶させた男を拘束するようタマネギへと押し付けた。
「どういうことだい?」
「バンと話しているところをこの男に見られたんだ。すぐ追いかけたが……」
「……幹部の一人に知らせたと言っていた。早く何とかしないと……」
「バンも何かしら動いている筈だ。アンタは早くあの男のところへ行きなよ」
バーボンは思わずマライヒを見やった。彼はフンとそっぽを向いていて、柔らかな髪の影になっていることもあって表情は見えない。
「……ありがとう、マライヒ」
小さく呟き、バーボンは駆け出した。
さっぱり事情は読めなかったが、マライヒの言う通り男を縛り上げたタマネギはハンカチを振ってバーボンの背中を見送った。そこへ、もう一人のタマネギがやって来る。
「あれ、お前、殿下を見なかったか?」
「え、知らないぞ?」
全く同じ造形にメイクした顔を見合わせ、タマネギたちは首を傾げた。


二人の男が、暗い夜の屋上で向かい合っている。一人は手を上げ、一人はそちらへ向けて銃口を向けている。落ち着くように言う一人の言葉に耳など貸さず、男は向けていた銃口を自身の胸へと向けた。
「こうするため――うひゃ!」
引鉄を引く筈の手から銃が滑り落ち、男はその場に膝をついた。長髪の男――ライは足元に転がって来た銃を拾うことも忘れて、目の前の光景に茫然としてしまった。スコッチの背後に突然現れた少年が、あろうことか細かく動くマジックハンドでスコッチの脇腹を弄り倒しているのだ。それに耐え切れず、小さな声を漏らしながらスコッチは背中を丸くして蹲った。
「ほれほれ、ここがいいのか〜」
「ちょ、で、殿下、やめ……」
カンカンカン!
階段を駆け上がる足音に、ライはハッと我に返った。少年のことも気になるが、この時間にこの屋上へやって来るのは組織の追手をおいてほかにいないだろう。このままではまずい。ライは舌を打って、足元の拳銃を拾い上げると、銃口を屋上の入り口へと向けた。
「ぁ、ライ、待て……!」
目の端に涙を浮かべたスコッチが、か細い声をあげる。しかし弱弱しいそれでライの動きを止めることはできない。屋上の入り口に人影が見えた瞬間、ライは引き金を――
「あ、それ」
「!?」
そのとき少年のマジックハンドがライの髪を引っ張ったことで照準が狂った。銃弾は屋上の入り口から離れた床に沈む。その銃声に少し足を止めたものの、傷を負った様子もなく足音の主はそろそろと屋上へ姿を現した。
「バーボン……」
「ライにスコッチ……それと、」
バーボンはツカツカと足を進めると、まだスコッチの身体を弄っていた少年の頭をガシリと掴んだ。
「……いつまで悪戯をしているんです? パタリロ殿下」
「あたたたたた」
両手で握りつぶされそうになる痛みから逃げ、パタリロはフゥと息を吐いた。
「この乱暴さ……本当にマライヒみたいだ」
「何をしに来た、バーボン」
ライは銃から手を離さず、バーボンへ声をかける。バーボンは何を分かり切ったことを、と冷たい視線をスコッチへ向けた。
「スコッチのことを目撃した男が、直々にタレこんでくれたので、僕も探しに来たんですよ。裏切り者をね」
「ホゥ……俺はてっきりパートナーを逃がしに来たのかと思ったぜ」
ライの視線は、スコッチとバーボンが深い仲であることを察していると物語っている。この男に余計なごまかしは効かないかと、バーボンは内心舌を打った。
「まさか。僕は裏切り者を粛清しにきただけですよ……組織やあの方、僕までも裏切った卑怯な男を、ね」
言いながら、バーボンは取り出した銃口をスコッチの額へと押し当てた。漸く息の整ったスコッチは顔を上げ、バーボンの瞳を真っ直ぐ見つめる。微かに目を細めたバーボンを見て、スコッチは小さく笑った。
「!」
バーボンの肩が揺れたのは、スコッチが彼の銃口を掴んで自分の左胸に移動させたからだ。
「……どうせなら、ひと思いにやってくれ」
「スコッチ……」
ライの腕が動く。それより早く、夜空を突くような音が辺りに響いた。
「ぐ……」苦悶の表情を浮かべたのはバーボンだ。彼はタラリと血の垂れる腕を抑え、力の抜けた手から銃を滑り落とした。
ハッとしてライは視線を動かす。どこから現れたのか、黒く艶やかな髪を夜風になびかせた男が一人、硝煙の立つ銃を持って立っていた。
「バンコラン……っ」
苦々し気にバーボンが呟いたことで、ライは男の正体を知った。彼が、数か月前からジンたちが噂されていたMI6の切れ者か。
「そこまでだ、バーボン」
同じ正義の執行者であるスコッチを助けに来たと言ったところか。ライ視点では、この場にいる構成員はバーボンのみ。三人の捜査官で彼を取り押さえることは簡単だ。そう算段をつけて動こうとしたとき、よろよろとした足取りのバーボンがライの肩をグイと引いた。
「そろそろ下にジンたちが着く頃です。ここで彼を相手にするのは得策ではない……マーダーライセンスを持つだけでなく、凄腕の暗殺者を子飼いにしているという話だ……早く撤退しますよ」
ジンや他の幹部が揃うのであれば、これ以上はライも留まるわけにいかない。何とか二人へ伝言を残したい思いはあったが、負傷しているとはいえ目敏いバーボンの前で下手な動きもできない。ライは少々迷った末、バーボンの言う通りその場を駆け足で去ることにした。


「全く……マライヒから突然消えたと連絡を受けてはいたが……どうしてバーボンより先にお前がここに辿り着いていたんだ」
銃をしまいながら、バンコランはジトリとパタリロを睨む。にゃんと握った手を顔の横に置き、パタリロは首を傾けた。
「僕のゴキブリ走法を舐めないでもらおうか」
「場所の特定は?」
「どうせコイツの犬並の嗅覚のお陰だろう」
他でもない、それでバンコランは一度マライヒを救われたことがある。そんな馬鹿なという顔をするスコッチの肩を叩き、バンコランは葉巻を口にくわえた。
「そうだ、バーボンが下にジンたちが着くって……ここに昇って来るかも」
「安心しろ。入口にタマネギとマライヒがいる。ギリギリ痛めつけながら逃がすよう、指示しておいた」「そ、そう……」
必要なことだったとはいえ、バーボンは利き手を負傷している。大丈夫だろうかと、今まで彼の手当をしてきたスコッチは、ソワソワ肩を揺らした。そんな彼を気にせず、バンコランは葉巻に火をつけた。
「さて、これで君はMI6に保護された身。バーボンも引き続き組織内で動くことができる」
「……後は、日本警察(こちら)からMI6(そちら)へ何か恩返しができればな」
「何気にするな。同じ警察組織だ」
そう言って、バンコランはニヤリと笑った。
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