スコバボとクロオバ(2)
高い足音を響かせながら、バンコランはマリネラの王宮を歩いていた。
「来たぞ、パタリロ」
「やぁやぁバンコラン、早かったな」
「お前から連絡を受けたとき、丁度マリネラ行の飛行機の中だったからな」
そうかと頷いたパタリロは、チラリとバンコランの背後へ視線を向けた。
「今日は、マライヒはいないのか?」
「前の仕事で多少無理させたので、一足先に客間を借りた。タマネギたちには断ったぞ」
「全く、君主である僕に一言もないとは……」
ボヤボヤと呟きながらも、パタリロは丁度良いとばかりニンマリ笑った。その笑顔に良い思い出のないバンコランは、ゾワリと粟立つ背筋を隠し切れない。そんなバンコランを気にせず、パタリロはこちらへ来いと丸い手を動かした。言われるままバンコランは示された扉から室内を覗き込む。
応接間のソファに、二人の男が並んで座っていた。一人は金髪に褐色の肌という、エキゾチックな雰囲気の美丈夫。もう片方は東洋系の色をした、ツンとしたつり目気味の男。
バンコランはスッと目を細めた。
「彼らは?」
「日本からやってきたビジネスマンだ。マリネラのダイヤモンドを利用した精密機器の開発、販売をする会社を企業したいらしく、是非スポンサーにと言われてな」
で、とパタリロは片眉を持ち上げてバンコランを見上げる。
「何だ、その目は」
「二人ともタイプは違うが美しい男だ。特に金髪の方なんか、お前のストライクゾーンに入る美少年じゃないか?」
フン、とバンコランは思わず鼻を鳴らしていた。
「何だ、私に彼らをあてつけたかったのか? 彼らはどちらも少年というには薹が立っている。それに……あのような性格の相手は、興がそそられないな」
「残念、僕としては、あなたと仲良くしたかったのですが」
パタリロはピャッと肩を飛び上がらせた。
男らから成人済みと申告されていたが、バンコランから言われるまでそうとは信じ切れていないところがあった。しかしまぁ成程、気配を消してこちらの会話を伺う狡猾さは、マライヒたちとは違う年の重ね方を感じる。
扉にしな垂れるような体勢で、金髪の男は小首を傾げている。パタリロはその仕草にキュンと胸を高鳴らせてしまったが、百戦錬磨なバンコランは歯牙にもかけぬ様子だ。彼はチラリと室内へ視線を動かして、小さく肩を竦めた。
「どういうつもりか知らないが、その辺にしておけ。ずっと熱い視線を送る相手を、蔑ろにするもんじゃない」
お前が言うか、とパタリロは思ったが口を噤んだ。金髪の男はチラリと振り返って拗ねたように渋々頷いた。
「けど、後学のためにもあなたとはお話したいですね。王子との商談後、部屋を訪ねても?」
しつこい様子を見ると、どこからか指示を受けているかもしれない。マリネラを訪問するに至った理由を思い出してバンコランは小さく息を吐きつつ「夕飯前、少しなら」と了承した。
男はそれで満足したようで「絶対ですよ」と囁くと、室内のソファへと戻って行った。ピンと背筋を伸ばして座っていた黒髪の男は、戻ってきたばかりの彼へ何やら言葉をかけている。しかしそんな言葉などどこ吹く風といった様子で、金髪の男はパタリロへ「商談を始めましょう」と声をかけた。
パタリロは少々バンコランと金髪の男の会話が気になったが、どうせ忍び込んで盗み聞きする気満々だったので、後で確認すれば良いかと思い直し、ピョンと飛び跳ねて二人の男の間に腰をねじ込んだ。

「僕がいない間に、そんなことがあったのか」
クッションを胸に抱き、マライヒは盛大に眉を顰める。彼の髪を優しく指ですきながら、バンコランは前髪に隠れていた目蓋に一つ唇を落とした。
「……行くのかい?」
「ああ。確認したいことがあるからな」
立ち上がろうとしたバンコランは、しかしマライヒの腕に首裏を押されてソファへと手をついた。
深く交わされた熱を、バンコランが断ち切る。マライヒは少々不満げだったが、大人しく腕を放してくれた。彼の髪を優しく撫で、バンコランはジャケットを羽織ると部屋を出た。
昼間の応接間には、トオルと名乗った金髪の男が一人で待っていた。
「どうも」
ニコリと微笑み、トオルはバンコランの腕をとる。バンコランは鼻先が触れ合うほど近づいた顔をじっと覗き込み、涼やかな目を細めた。
ピクリ、とバンコランの腕を掴んでいたトオルの指が硬直する。しかしすぐに薄ら朱くなった目元を隠して、バンコランの胸へ手のひらを押し当てた。
「……嬉しいです、来ていただいて」
「ホォ……手加減したとはいえ、私の眼光を耐えきるとは、さすがはバーボンといったところか」
「!」
トオルの頬が先ほどとは違う意味で色を帯び、腕に回されていた手が動く。しかしバンコランの動きの方が早く、胸についていた手を握って背中へと捻り上げた。
「っぐ」
「東洋の島国を中心として世界各国で暗躍する黒づくめの組織の噂は、MI6にも届いている。幹部たちが、酒の名前をコードネームとしていることも」
「……さすが、MI6きっての切れ者、バンコランですね」
悔しさを滲ませながら、トオルは口端を持ち上げる。バンコランは彼の腕を拘束したまま、ソファへ押し付けた。
「同行していた男も組織の一員か。マリネラのダイヤモンドから出る利益を、組織の活動費にするためにパタリロを言いくるめに来たか」
「……ついでに、王宮に出入りしているあなたと繋ぎを作れればと、それは本当です」
身を捩り、トオルはバンコランの腕を払おうとする。しかしバンコランも拘束を緩める気はない。
「私を篭絡し、イギリスで活動しやすくしようと?」
「……組織には、そう言われました」
バンコランは眉を顰めた。トオルは身を捩るのを止め、フゥと息を吐いた。
「……虫は?」
「……この王宮の主が悪趣味にも仕掛けたものがあったが、部屋に入る前に潰した」
王宮外からの物は、トオルやバンコランが持ち込まなければない。それほど、この王宮のセキュリティは固い。それを聞いて、トオルは少し安心したようだった。
「MI6のバンコラン少佐……少し、お話を聞いていただきたい」
先ほどまでの甘えるような声とは違う。凛と真っ直ぐな光を湛えた青い瞳を向けられ、バンコランはホゥと目を細めた。安易に指を触れることを赦さぬと言わんばかりの姿勢に、しかしバンコランは手を伸ばして指の背で頬を撫でていた。
「その話は、ベッドの中でも?」
「っ……生憎と、そういった相手は間に合っています。とびっきり嫉妬深い男がね……」
それはあなたも同じでは? 閉められた扉を一瞥したトオルの言葉に、バンコランはやっと彼から手を放した。

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