スコバボとクロオバ(1)
マリネラ王国――バミューダ・トライアングルの真ん中に位置する島国で、ダイヤモンドの採掘と輸出が経済基盤となっている独立国家だ。
「ヒギンズ3世の死去後、即位したパタリロ・ド・マリネール8世はまだ十代の少年らしいですね」
それでその国がどうかしたのかと、バーボンは腕を組んだ。煙を燻らせた煙草を噛み、ジンはフンと鼻を鳴らす。説明する気のない彼に代わり、吐息を漏らしたベルモットが口を開いた。
「国際ダイヤモンド輸出機構は知っている?」
「ああ……世界中のダイヤモンド市場を独占しているっていう……運営が不透明だとかで少し前にどこかの警察機関のメスが入って解体されたんじゃなかったですか?」
「そう言えば、解体する少し前にマリネラが脱退したってちょっとした話題になってたな」
バーボンと同じくして呼び出されたスコッチが、顎に手を添えて呟く。バーボンはまさかと言いたげに眉を顰めた。
「その幹部が、今回のリーク元。まぁ端的に言えば、マリネラのダイヤモンド経済による利益の一部を、こっちに流してもらえるよう、取り入って来いって任務よ」
「相変わらずの資金難なことで……」
吐息を漏らし、バーボンは解いた腕を腰へと回した。
「それで、その交渉役として僕が?」
「現国王が度々ボディーガードとしてMI6の捜査官を、王宮に出入りさせているの。これが随分と鼻の鋭い男でね」
「……それこそベルモットの領域では?」
「貴方が適任よ」
さっぱり意味が分からないバーボンとスコッチは、顔を見合わせた。ベルモットはクスクスと笑っているだけで、一人ウォッカだけが同情するような視線を向けている。バーボンが眉間へ皺を寄せた頃、ジンが一枚の写真を彼へと投げた。それを掴んだのはスコッチの指で、彼は写真を一瞥してからバーボンへと手渡した。
「MI6のジャック・バンコラン――『美少年キラー』の異名を持つ同性愛者だ」
「……なんですって?」
ヒクリと口端を引きつらせたのは、バーボンだけでなくスコッチもだ。クスクス笑うベルモットが助け船を出す様子もない。ジンはフッと一つ笑って、帽子の影からバーボンを見やった。
「お前が適任だろ」
嘲るような視線を受け流すためバーボンはニコリと笑みを浮かべたが、引きつる口端まで隠しきれていない。スコッチはチラリと彼の手元を見やった。
強く握ったため微かに皺の寄った写真に写っているのは、確かに見目麗しい男だった。


「酷い嫌がらせだ!」
部屋に入るや否や、バーボンはそう叫んでソファへ帽子を叩きつけた。鍵をかけてから彼のいるリビングへ入ったスコッチは、それに苦笑しながらパーカーを脱ぐ。
「整った顔ならライがいるだろ! アイツはどこほっつき歩いているんだ!」
「何かMI6って聞いた途端、用事があるとか言って断ったらしいぜ」
「アイツ、イギリスで何かやらかしたのか……?」
大分落ち着いてきたらしいバーボンは、スコッチの座るソファへと腰を下ろした。
「で、どう攻める?」
「ベンチャー企業の代表と、その共同経営者で良いだろ。ジャンルは宝飾か……マリネラは機械工学の発達も目覚ましいと聞く。ダイヤを用いた精密機器あたりを……」
ブツブツと呟くバーボンの横顔を見つめたスコッチは、その肩へそっと腕を回した。ズシリと体重をかけられて、バーボンは「ちょっと」と顔を上げる。抗議の声を気にせず、スコッチは抱き込んだバーボンごとズルズルとソファへ倒れこんだ。
「オレはちょっとビビったよ……ジンに見透かされているのかと思った」
「ああ……どうせまた童顔だっていう揶揄いだろ」
本当に嫌味な男だ、とバーボンは顔を歪めた。彼の背中に額を擦りつけ、スコッチは息を吐きだす。肘をついて少し上半身を持ち上げたバーボンは、腰を捻って背中に埋まる頭を見下ろした。そっと、手袋をした手で黒い髪を掬いあげる。
「……意外と嫉妬深いんですね」
「お気に入りが取られるのは、誰だって嫌だろ」
だからと言って、スコッチが代わりになれる自信もない。黒髪を一房摘まんでいたバーボンは、小さく息を吐いてそれを落とした。
「……まあ、あなたみたいな素直な人は、一番ああいう手合いの相手をさせてはいけない部類ですね」
ポツリと落とされた呟きの意図を、スコッチは正確にはくみ取れずに首を傾げた。
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