揺れる警視庁
長い時間、警察官たちと街の人々の心の片隅でしこりとなっていた事件が一つ、終焉を迎えた。
「佐藤刑事、安心してたね」
「高木刑事も男を見せたんですから、きっと見直してますよ」
難事件の解決を目撃した子供たちは、パトカーの後部座席に行儀よく座っているものの、興奮冷めやらぬ様子。無邪気な様子に、コナンと灰原は顔を見合わせて苦笑した。「そうね」と感慨深げな声で相槌を打ったのは、パトカーの運転席に座る宮本だった。
本庁からの連絡を受けるために停車していた彼女は、通話を切ったばかりの端末を握ったまま腕を組む。
「これで松田くんも浮かばれるってものよ」
「勝手に殺すな」
低い声が、宮本の声に応えた。
子供たちは驚き、元太は「ひえ」と声を漏らす。
コツン、と助手席側の窓をノックして、一人の男が車内を覗き込むように身体を屈めた。
辺りは日も落ち、薄暗い。その暗がりに溶け込んでしまいそうな黒いスーツに、瞳の色すら分からない黒いサングラス。全身黒ずくめのその姿に、コナンは思わず身を強張らせた。
「あら」と軽い声をあげたのは宮本だ。彼女は手元を少し操作して、男の立つ側の窓を開いた。
「お疲れさま、松田くん」
今度はコナンが「へ?」と声を漏らした。
「もう退庁?」
「ああ。丁度いい、駅まで乗せてくれよ」
そう言って車内に首を伸ばした男は、後部座席に座る子供たちを見て眉を顰めた。
「なんだ、お前は本庁に戻るのか?」
「ああ、大丈夫よ。この子たちの事情聴取は終わって、今から自宅に送るところだから」
「いつから送迎バスになったんだ?」
呆れた声を漏らしながら、それならいいかと男は扉を開き、助手席に座る。
「そういう松田くんだって、ミニパトをタクシー代わりにしてるじゃない」
「駅まで頼むな」
宮本の軽口を流し、男はシートベルトを締める。仕方ないと肩を竦めた宮本は、そのままパトカーを発進させた。暫くして、おずおずとコナンが口火を切る。
「えっと、この人は?」
「ああ」
そこで宮本は忘れていたと舌を出した。
「彼が松田陣平。さっき説明した、元爆発物処理班エースの捜査一課の刑事。三年前の爆発事件で大けがを負って、長期療養休暇をとって現在は復帰訓練中」
「それも来週までだな」
「あら、完全復帰なの? 爆処?」
「いんや、まだ暫く捜査一課で希望を出してある。あの事件の犯人を捕まえねぇとって思ってたからな」
それも、今日のお陰でとんだ無駄足になった。言葉は文句を装っているが、その音は清々しさを感じさせる。サングラスを外して胸ポケットへ入れ、松田はクルリと後部座席を振り返った。紫の混じった鋭い、しかしどこか暖かい色の瞳に見つめられ、コナンは思わず背筋を伸ばした。
「俺らの仇をとってくれて、ありがとな、坊主」
「……僕だけの力じゃないよ」
「そうよ、高木くんも労わってあげなさい」
「へいへい。……ていうか宮本、お前まで佐藤の真似すんなよ。俺はお前らの一つ年上だぞ」
「あらごめんあそばせ」
ほほほ、と宮本は笑って見せる。その態度は少しも改める様子もなく、松田はヒクリと口端を引きつらせた。
「い、生きてたんですね……」
「歩美、てっきり亡くなっちゃってるのかと思った……」
「おい、手前どんな説明したんだ」
笑ったまま運転を続ける宮本の横顔を睨み、全くと松田はため息を吐いた。それから姿勢を正し、窓辺へ肘をつく。
「その調子じゃ、まさかアイツのことも同じように誤解させてたりしねぇよな」
「アイツって……」
「今の話の流れ、もしかして」
灰原までジトリとした視線を宮本の背中へ向ける。
「私だけじゃないでしょ? 白鳥くんたちだって、結構紛らわしい言い方してたじゃない!」
戦犯は自分だけじゃないと言い訳しながら、宮本はブレーキを踏む。丁度、松田が希望した駅前に到着したのだ。
「あ」
松田が扉を開いて降りるより早く、一人の男が駆け寄ってきた。
「おっす、陣平ちゃん。おつかれ」
長めの襟足を揺らし、ニッコリと微笑む男。まさか、という思いでコナンが宮本を見やると、隣の松田が深く息を吐いた。
「ハギ」
「あ、宮本ちゃんじゃん。陣平ちゃんの送迎ありがとうね」
「丁度道すがらだったから気にしないで、萩原くん」
やっぱり、と吐息交じりの声が灰原から聞こえた。
どこか気まずげな表情で宮本は身を乗り出すと、後部座席に座るコナンたちに見えるよう、手の平で男をさした。
「彼が、七年前の爆発事件に巻き込まれて、松田くんよりも長い療養休暇をとっていた萩原研二隊員よ」
「え、俺の紹介? なんで?」
戸惑いながらも、萩原はニッコリとした笑みを浮かべると小さく手を振った。
「今年初めに、爆発物処理班に復帰したばかりなんだ。といっても、復帰訓練ばかりで現場にはまだ出てねぇがな」
「そうそう。……で、この子たちは?」
「今日の救世主で、俺らの恩人だな」
松田はパトカーを降りると、宮本へ礼を言った。まだ事情が呑み込めない様子の萩原の襟首を掴み、松田はもう一度コナンたちの方へ視線をくれると、小さく微笑んだ。
「じゃあな」
「え、ちょ、ちょっと陣平ちゃん?」
大人たちのやり取りを茫然と聞くことしかできない子供たちの目の前で、二人は駅の眩しい灯りの中へと溶けていった。
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