踊る警視庁24時
「お、何だ、爆処も呼ばれてんのか?」
数日ぶりに顔を合わせる幼馴染に、松田は「よお」と捜査資料を持った手を振った。この後すぐに出動するのか、顔以外の防護を固めた服装で萩原は松田の方へ駆け寄った。
「陣平ちゃん、班長も。やっほー」
「よ、萩原」
「班長、一課に移動して、陣平ちゃんとペア組まされたんだって?」
「おう」
ニヤリと笑って、伊達は腕を持ち上げる。
元々捜査一課に所属していた伊達は、張り込み明けに居眠り運転のトラックに引かれて重傷を負った。仕事自体は早く復帰したのだが、リハビリ等予後の心配を鑑みて捜査一課より危険度の低い生活安全課へ異動していた。今回の一件から、捜査一課に出戻ることが決定したらしい。
「松田のお目付け役ってところだな」
「あーあ、警察学校に戻った気分だぜ」
そんな風に笑い合ったところで、萩原は部署の先輩より呼ばれたらしく、そちらの方へ戻って行った。

「対象は都内の自動車整備工場。海外からの輸入品も取り扱っており、その中に違法薬物や銃器を密輸していると情報が入った」
薄暗い会議室、マイクを通した固い声を合図にスライドが切り替わっていく。
「張り込みの結果、社長の――は指定暴力団の――組の――」
くぁ、と松田は欠伸を溢す。全て手元の資料に書いてあることばかり。スライドとそれを操作する公安部の手元にしか明かりはないからバレないと思っていたが、隣に座っていた伊達からは頭を小突かれた。
「既に逮捕状はとってある。数日前、大量の火薬と爆発物を輸入したという情報もあるため、SATと爆発物処理班は近くで待機。民間人の避難と安全確保が確認できしだい、一課が容疑者を確保するように」
「大捕り物だな」
ここまでの下準備は、全て公安の彼らが整えたのだろう。手柄をくれてやるということか。その期待に応えてやろうと、松田は伊達と顔を見合わせてニヤリと笑った。



薄暗い工場の中、数人の男たちがずっしりと重みのある箱を幾つも運んで積み上げていく。カツン、と彼ら以外いない筈の工場内に、新しい足音が立つ。ハッとして男たちが顔を上げると、いつの間に入りこんだのか、砂や埃塗れの工場にしては似つかわしくない、小綺麗なハンティング帽子をかぶった男が立っていた。
「何だ、お前」
一番年若い男が、睨みつける。それを押しとどめたのは、リーダー格らしい男だ。
「まさか、お前が」
値踏みするような視線を気にした風もなく、男は手袋をはめた手で自分の唇を撫でた。
「はい、組織に派遣されてきました。バーボン――これが僕のコードネームです」
帽子の影で、青い瞳が爛々と輝いた。

松田は伊達や佐藤、高木と共に、例の工場近くで待機をしていた。耳につけた無線から、近隣住民の避難が完了したこと、目暮を筆頭にした三人が工場へ向かうことが逐一報告される。
「行くわよ」
「はい!」
佐藤と高木が車から降りる。伊達と松田も車から降りて、自然な様子で近くの塀に背中を預けた。サングラス越しに辺りを見回すと、武装した機動隊が工場の周りを取り囲むように駆けていく。
「あれ、緑川さん?」
松田と伊達より少し離れた場所で待機していた高木が、声を上げた。聞き覚えのある名前につられてそちらへ視線をやると、高木と佐藤がフードをかぶった男に何やら話しかけている。縁の分厚い眼鏡をし、控えめな顎髭を蓄えたその顔を、松田たちはよく知っている。
眼鏡越しに松田たちに気づいた緑川は、小さく口元を緩めた。
「高木さん、何かあったんですか? 事件でも?」
「ええ。なので、ちょっと今こちらの道は、通らない方が良いですよ」
「そうか……どうしようかな」
緑川は困った様子で頭を掻く。どうかしたのかと佐藤が問うと、少し言葉を濁しながら口を開いた。
「いやね、俺、バイク便の真似事してるんですけど、これからこの先の工場まで荷物を引き取りに行かなきゃいけないんですよ。通ったらダメですか?」
伊達と松田は眉を顰めた。高木と佐藤も違和感に気づいたようで、顔を見合わせる。
「その荷物って?」
「詳しくは聞いてないけど、工場裏手の駐車場に置いておくって」
「届け先は?」
「えーっと、どこだっけなぁ」
緑川はスマホを取り出し、何やら指を動かす。やがて目当ての情報を見つけたようで、顔を綻ばせた。
「そうそう、桜田門! 貴重品だから、できるだけ水平に運んでくれって」
「!」
危険物を密輸していた工場から桜田門へ運ばれる予定の荷物――爆弾か、それに準ずる危険物の可能性が高い。すぐに爆発物処理班を向かわせるよう要請しなければならない。
佐藤はスッとその場から離れ、小声で無線機に今のことを報告する。彼女の動きに、緑川は目をパチクリと瞬かせた。
「え、何かやばいもんだった? ……て高木さん?」
佐藤の後ろ姿から視線を戻した緑川は、こちらをじっと見つめる高木に思わず頬を引きつらせた。高木はハッと我に返った。
「いやぁ、緑川さんとどこかで会ったような気がして……ご兄弟とかいます?」
「あはは、俺一人っ子なんですよ。なんかナンパみたいな言い方ですね」
「あ、いや、そんなつもりでは!」
鋭いな、高木渉。冷や汗をかいているだろう緑川に助け舟を出すつもりなどない松田は、そんな呑気なことをぼやいた。
『萩原班、爆発物を確認。処理に入ります』
無線機から幼馴染の声が聞こえる。中を確認した彼はさらに、捜査会議で聞いた火薬量にしては小さすぎることを伝えた。
『まだ周囲に隠されている可能性も捨てきれない。待機している――班から――班は捜索に当たれ』
管理官の指示に、捜査官が動き出す。松田たちはまだ待機だ。
『あまり捜索に時間はかけられない。後五分で捜査令状を持って突入する』
チラリと伊達が腕時計に目を落とす。高木に頭を下げられながら、緑川は来た道を戻って行った。

工場の隅で男たちの作業を見つめていたバーボンは、スマホが受信を伝えるために震え始めたので取り出した。画面には魔女を示すコードネームが表示されている。
「はい」
『はぁい、バーボン、調子はどう?』
「特にそれほど、大変な仕事ではありませんよ。彼らは実に従順だ」
烏色の組織へ献上する武器や火薬。注文通りに全てを揃え、これからトラックに積み込むところだ。それを告げると、魔女は薄く笑ったようだった。
『そうでなくては困るわ。最近、どうも周りを嗅ぎまわる犬が煩わしいと憂いていらっしゃる。その憂いを失くすためにも、そこにある道具はしっかり届けてもらわないと』
「……ええ、よく分かっていますよ。ただ、僕の本業は探り屋であって、使いっ走りではないんですけど」
『犬狩りのせいで人手が足りないのよ』
そうそう、とベルモットは今思い出したというように付け加えた。
『ラムがもう待ちきれないようよ。三日後、メールした内容についての報告を必ず持ってくるように、と』
「……とうとうあなた経由で催促されてしまいましたか」
フゥと息を吐いえ、バーボンは後頭部を壁にぶつけた。コツン、コツン。手持ち無沙汰に、踵でコンテナを蹴る。
「無理難題だって分かってるんでしょうかね?」
『あら、探り屋が本業なのでしょう?』
カツン、カツン。
「そうは言っても――おや?」
ふと、バーボンは様子の可笑しさに気づく。音しか聞こえないベルモットは、どうかしたのかと訊ねた。
「まさか、」
バーボンの声に微かな焦りが浮かぶ。
次の瞬間、ガラガラと大きな音を立てて工場の扉が開き、スーツ姿の男たちが流れ込んできた。
「警察だ!」
先頭に立っていた男が声高に叫ぶ。奥で作業をしていた男たちは、その声に慌て、逃げ出そうとした。
『バーボン?』
「どこからか情報でも漏れたんですかね、警察がやってきました」
コンテナの隙間に身体を滑り込ませて身を隠し、バーボンは様子を伺う。『大丈夫なの?』と訊ねるベルモットへ「さあ」と返事をしながら、バーボンは隠していた小型の機械を取り出した。
「何!!」
態と焦った声を聞かせ『バーボン?!』と慌てた声の聞こえるスマホと一緒に小型の機械を遠くへ放る。数秒も経たないうちに、タイマーがゼロになった小型の機械――爆弾が爆発した。

目暮たちが突入して数秒後、工場内で爆発音が聞こえる。待機していたSATが、管理官の指示で突入した。
「始まりやがったな」
松田は煙草を携帯灰皿に詰め込み、代わりに拳銃を取り出した。伊達や佐藤も、険しい顔で銃を構える。工場入口から見て右方の位置で待機していた松田たちは、逃走する者がいないか注意深く観察していた。
初めにそれに気が付いたのは、佐藤だ。誰かが工場の塀を乗り越え、ドサリと道路に倒れこむ。伊達と松田が、そちらへ駆け寄った。
「お前は……!」
年若く見える男だった。上等なジレを着ており、半分燃えたハンティング帽子が、ズルリと金髪から滑り落ちる。頬に煤をつけた彼はケホケホと咳き込みながら顔を上げた。
「えっと、刑事、さん?」
「安室さんだったか、アンタどうしてここに?」
背後に高木と佐藤がいることを確認し、伊達は膝をついて彼を助け起こした。
「探偵の仕事で、この工場の調査をしていたんですけど……警察の方々が来たので後はお任せしようとしたとき、中で爆発が起こって……」
「巻き込まれたのか!」
ザッと見たところ大きな傷口や腫れはない。間一髪直撃は免れたのだろう。取敢えず安全な場所へ、と伊達が肩を貸して立ち上がらせる。
「あの……」
「あ?」
「さっき、裏口から何か機械みたいなものを抱えた人が、車に乗っていて……」
『ば、く、だ、ん』
安室の口がゆっくりと動く。伊達が目を見開くと、コクリと頷いた。伊達はため息を吐いて、安室を高木に押し付けた。
「高木、任せた。俺と松田は不審車両を追う」
「え、ちょっと伊達さん!」
「松田くん!」
「報告は任せた」
ヒラリと手を振り、松田と伊達は車に乗り込むと、伊達の運転で走りだした。
詳しい車種やナンバーは、いつの間にか松田のスマホにメッセージとして届いている。それを見て、松田はニヤリと笑った。
「全く、やりやすいくらいにお膳立てされてんな」
「ま、それがアイツラなりの対価なんだろうさ」
あれだな、と伊達は前方に見えるワゴン車を見据える。
「頼むぜ、班長」
「俺に萩原や降谷ほどのテクニックを期待するなよ」
言いながらも、伊達はアクセルを踏み込む。松田は窓を開き、車がワゴン車に並走したところを狙って、飛び移った。



成果は上々。武器も火薬も回収し、関係者も捕縛した。一般人の負傷者は一名出てしまったが、細かい責任は公安が受け持つと言って引き取って行ったので、その後の動きは捜査一課には分からない。
松田と萩原がそれとなく探ったところ、ポアロの名物店員が怪我のため突然退職したという以外、詳しい情報はなく。同期の二人からの続報連絡はなし。
ただ、『Xデーはまたよろしく』とショートメッセージだけが伊達も含めた三人に届いただけだった。


・バーボンは怪我のため三日後(Xデー)まで警察病院から動けず、ようやく本部に顔だせたところ、合同捜査本部の一斉検挙が起こるというシナリオ。
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