ハロウィンの花嫁編(5)
十月三十一日。ハロウィン当日。
エレニカたちの襲撃で判明した爆弾魔プラーミャの正体――それは村中元警視の婚約者・クリスティーヌだった。プラーミャは二階へ飛び移り、茫然自失となる村中にまでも銃弾の雨を降らせた。
「特にお前たちはここで死ね! マツダ、ダテ!」
「!」
捜査一課としてこの場にいた松田と、捜査応援の名目で参加していた伊達に向けて、プラーミャは手榴弾を投げる。
「ち!」
「班長!」
床をリバウンドした手榴弾を、松田が掴む。二人へ銃口を向けたプラーミャは、しかしその場にいた佐藤や公安の刑事による威嚇射撃から一度身を屈めなければいけなかった。その隙に、伊達は床に転がっていた高木の拳銃を拾い上げると、正面の窓ガラスに向かって発砲した。窓ガラスが割れ、大きな穴が空く。そこへ向けて、松田は手榴弾を思い切り投げた。
「どりゃぁ!!」
間一髪、窓の外でそのまま落下する前に手榴弾は爆発する。ただし余波は凄まじく、ガラスには更にヒビが入り、比較的近くにいた刑事たちは床や壁に叩きつけられた。
それでも、命は無事である。伊達がそのまま銃口を二階へ向けると、再びマシンガンが火を噴いた。向こうの方が弾数は多い。伊達と松田は、急いで他の刑事のように柱の影へ隠れざるを得なかった。
隙をついて飛び出した佐藤の機転で、プラーミャは二階席の扉から外へ飛び出す。捜査官たちは彼女の後を追ってチャペルを飛び出した。

プラーミャが屋上へ駆けあがったとき、まだ目的のヘリは到着していなかった。どうやら遅れているようである。それに舌打ちしていると、幼い子どもの声が聞こえた。
「プラーミャって呼んだ方がいいかな」
先ほど、ナーダ・ウニチトージティの人質となっていた少年だ。ヒクリ、とプラーミャの頬が引きつる。
「お前、何者だ?」
「江戸川コナン――探偵さ」
パパパ、青いサーチライトが点灯する。その柱を見上げるように、コナンは顔を上げた。
「アンタの計画は失敗したんだよ。エレニカさんたち――ナーダ・ウニチトージティと、三年前アンタの邪魔をした松田刑事たちをまとめて殺害する計画はね」
民間とはいえ――民間だからこそ、世界中どこへ逃げても追いかけてくるプラーミャにとってはコバエのように煩わしい存在であるナーダ・ウニチトージティ。その追手に嫌気がさしたプラーミャは、彼らを一気に抹殺する計画を立てた。人生、ただ一つの汚点と共に。
「嘗て私に屈辱を味合わせた四人の警官……目撃者は全て消してきた私のポリシーを全うするためにも、コバエらと共に殺してやろうと思ったのさ」
すっかり取り繕うことを止めたプラーミャは、紅を塗った唇を歪ませて声高に話す。
警視庁を探り、伊達、松田、諸伏、降谷という名前を突き止めた。本当は三年前、すぐにでも殺してやるつもりだったが、右肩の傷の療養と幾ら探っても名前以外の判明しない諸伏と降谷の存在が、それを許さなかった。随分時間をかけてしまったが、ついでにコバエを始末できるならそれでも良いと立てた計画だ。
「せっかく日取りまで決めたのに、松田刑事は東京を離れてしまった。だから彼の幼馴染である萩原刑事を狙ったんだね」
「調べたら、奴は過去にも同様の理由で爆弾犯を追ったと知った。なら、自分が三年前に解体したのと同じ爆弾で幼馴染が吹き飛べば、すぐにでも戻って来ると踏んでたよ」
プラーミャの思惑通り、松田は事件の翌日には東京へ戻ってきた。伊達は元々警視庁勤務である。残るは諸伏と降谷の二人。
「三年前、自分が取り逃がした爆弾犯の爆弾が取引されるという情報を掴ませれば、穴から出てくるだろうと思った。おかげで首輪爆弾をつけることができた。そこまですればもう一人も出てくると思ったが……見込み違いだったかな」
右肩に一生ものの傷を負わせた男。奴こそ、目の前で燃やしてやりたい思いだったが、ここまでして顔を見せないならしょうがない。既に死んでいるのか、あるいは――。
「まぁ、どこに隠れていようが、関係ない」
ヘリコプターが近づいて来る。プラーミャは拳銃を構え、コナンを牽制した。
「関係ない? 完璧主義者のアンタらしくないな」
「生きているなら、この事態でもうまく身を隠しながらこちらを伺っているんだろう。顔を拝めないのは残念だが、どうせまとめて死ぬんだ」
「爆弾はどこにあるの?」
「それこそいまさらだと言っている」
目撃者は全て消す。例え、先ほどのチャペルで大勢の警官やナーダ・ウニチトージティに顔を見られていたとしても。
ヘリポートに降りたヘリコプターに足をかけ、プラーミャは操縦士へ拳銃を向けた。彼女の言葉に、コナンはハッと息を飲む。
「まさか――ハロウィンの飾りか!」
赤と青、二色のネオンカラーのカボチャランタンが、渋谷のあちこちに飾られているのを、確かにコナンも目にしていた。あれらが全て弾けて、渋谷の高低差を利用して流れていけば、渋谷のスクランブル交差点で混ざり合い、一帯が吹き飛ぶ大爆発が起こるだろう。
動けないと思っているのか、コナンを見下ろし、プラーミャは高らかに笑った。
「それが聞きたかったんだ」
「!」
瞬間、プラーミャの手にしていたスマホが狙撃によって弾かれ、夜空に破片となって飛び散った。反動でビリリと痺れる右肩に、ダメ押しとばかり掌底が入る。
「ぐああ!!」蹲るプラーミャの元へ、掌底を叩きこんだ操縦士――インカムを外した降谷が降り立った。
「貴様っ……降谷零!」
「お前を捕まえようと思えば、いつだってできたさ」
「爆弾の在処をハッキリさせるために、泳がせていたんだよ」
ニヤリと笑う降谷。コナンもポケット手を入れて、ヘリコプターに近づく。そのとき、プラーミャによって閉ざされていた屋上のドアが蹴破られ、松田と伊達、高木、佐藤の四人が駆け込んできた。
「プラーミャ、もう逃がさないわよ!」
降谷も銃を構え、手を上げるよう指示する。フッと笑みを浮かべたプラーミャは言う通り手を上げ、後頭部でまとめていた髪の束から手榴弾を取り出した。目を見張る刑事たちの前で、プラーミャは栓を抜いたそれをビルへ向かって投げつける。
「ち!」
咄嗟に松田は銃を構えるが、サーチライトに阻まれて狙いが定まらない。
そのとき、全く別の方向から小さな狙撃音が聴こえた。かと思えば手榴弾の軌道がズレ、ビルから離れる。そこへコナンの蹴ったボールが辺り、銃弾の穴を開けた手榴弾は花火と共に夜空で散った。
「今の狙撃……まさか!」
一瞬歯噛みしたプラーミャは、しかし刑事たちの視線がそちらへ向いているうちにヘリコプターへと乗り込んだ。それから太腿に忍ばせておいたスペアのスマホを取り出す。これで降谷は一足先にお陀仏だ、そう歪んだ笑みを浮かべながら、ボタンをタップする。
夜空に先ほどよりも大きな爆発音が響く。それはプラーミャの見下ろす屋上からではなく、彼女の乗るヘリコプター後方から聞こえていた。
「なに!?」
慌てるプラーミャをコックピットのガラス越しに見上げ、降谷は口元に笑みを浮かべる。それから、ずっとつけたままだったダミーの首輪爆弾をとると、夜空へ放り投げた。
「こんなこともあろうかと、君からの贈り物は返しておいた」
爆弾の液体は優秀な部下によって解析され、中和剤を作ってある。さらには手先の器用な同期の力も借り、しっかりと解体された後だったのだ。今頃、あの地下シェルターでは風見と萩原がすっかり疲れて座り込んでいる筈だ。
「ちなみに液体はこちらで作ったものだ。気に入って頂けたかな?」
「貴様ぁあああ!!」
叫びながら、ヘリコプターは落下していく。あの身体能力では、低空になったところで飛び降りて逃げられかねない。それにスペアのスマホで渋谷の爆弾を起動される恐れもある。すぐに制圧するべきだと判断した降谷は、ヘリコプターの風で飛ぶ帽子など気にせず、駆け出した。
「安室さん!」
「下で待っててくれ!」
それだけ叫び、降谷は屋上から飛び降りた。

屋上からヘリコプターに飛び移った操縦士が気になるものの、一般人の避難が先だ。高木と佐藤らはコナンと共にヒカリエを駆け下り、渋谷の道路を踏んだ。離れた場所では黒煙が上がっており、どうやらヘリコプターはあそこへ不時着したようだと分かる。
「アイツ……!」
「松田、そっちはアイツに任せて、俺らは避難誘導だ」
「わーってるよ!」
ガシリと頭を掻いた松田は、伊達たちと共に、一足早く地上に降りていた目暮たちの元へ急いだ。

ハロウィンの人形を巻き込んで落下したヘリコプターは、煌々と炎を燃え上がらせている。それから少し距離をとった降谷は、プラーミャから奪ったスマホを叩き割った。これで、遠隔による起爆はできない筈である。ホッと息を吐いた途端、出血による眩暈で視界がぶれる。頭も切ってしまっていたが、足の方が痛んだ。すぐに走るのは無理か、液体爆弾は、コナンたちに任せるしかない。
そんな彼の背後に、ユラリと影が立った。プラーミャである。彼女が手にしているヘリコプターの残骸は、鋭く尖っていてそれを振り下ろされれば、降谷とて無事ではすまない。逃げようと身体を捩るが、足の怪我のせいで素早く動かなかった。
「貴様如きに……! 死ねぇ!」
「!」
降谷は、咄嗟に腕で頭を庇った。
「ゼロ!」
キン、と音がして鉄が何かに弾かれる。次いで、トサリと地面に柔らかい何かが倒れる音。
思わず目を瞑ってしまっていた降谷は、そろりと目蓋を持ち上げた。プラーミャと降谷の間に割って入ったのは、ずっと隠れて援護していた諸伏だった。彼はいつかと同じように回し蹴りでプラーミャの武器を弾いたらしく、持ち上げていた足を下ろす。
彼と挟むようにプラーミャの背後に立っていたのは、村中だ。プラーミャの首筋に打ち付けたらしい手を下ろし、村中は諸伏と降谷を見やった。
「ヒロ……」
「ゼロ、無事?」
諸伏は降谷の傍らに膝をつき、腕を貸す。プラーミャの手をネクタイで縛った村中は、降谷たちを見てすぐにこの場を立ち去るよう告げた。
「君たちは公安の人間だろ。何となく分かるよ。ここはこちらに任せなさい」
「……ありがとうございます」
小さく頭を下げ、降谷は諸伏と共に燃え盛るその場を後にした。

巨大なサッカーボールによってせき止められた二種類の液体火薬が、渋谷の道路に広がっている。駆けつけた公安の指示のもと、中和剤が散布されていく様子を、降谷はビルの屋上から眺めていた。部下の動きを把握するため、すぐにでも病院へ運びたがっていた諸伏に無理行って連れてきてもらったのだ。そんな彼は、降谷の代わりに指示を出すため、風見の元へ向かっている。
「安室さん、ここにいたんだ」
「コナンくん」
サッカーボールの作戦を立案実行した本人が、声をかけた。大きな怪我はなさそうな様子で、コナンは降谷の方へ歩みよった。
「松田刑事たちが探してたよ」
「あはは、だろうね」
変装をしているとはいえ諸伏にも忠告しておくかと、降谷はスマホを取り出した。
「ねぇ、エレニカさんたちのことだけど……」
「ああ、彼女たちなら大丈夫だよ」
諸伏に忠告のメッセージを打ち終え、降谷はスマホをポケットに入れる。
「ヒロに言伝を頼んだ。僕が上層部にかけあって、恩赦の形がとれるように取り計らうから安心しろとね」
「いいの?」
「彼女らは東京を守った協力者だからね」
彼らには帰る場所も、一緒に帰る人もいる。ぽつりと呟いて、降谷は眼下の景色に視線を向けた。そんな横顔をチラリと見上げたコナンは、その青い瞳がフルリと揺れた。そこに宿る感情の名前を、コナンが読み取るのは難しい。それほど、彼は取り繕うのが上手だ。
まあ、だからこそ、なのだが。
「……ごめんね、安室さん」
「ん? 何がだい?」
大方無茶したことを謝っているとでも思ったのか、降谷は優しい笑顔をコナンに向ける。少々申し訳なさを感じながら、コナンは頬を掻いた。
「松田刑事たち、もうすぐここに来るって」
「――え」
「おらぁ、不審者確保ぉ!」
ピキリと降谷が硬直した途端、錆びた扉がガランガランと音を立てて開いた。蹴破る勢いで現れたのは、青い顔をする諸伏の首を小脇に抱えた松田と、苦笑いする伊達。さらににこやかな笑顔を浮かべる萩原までおり、誰が情報をリークしたのかは一目瞭然。
「な!」
「ごめ、ゼロ……風見さんと一緒にいるところ、捕まった」
「ヒロ! 貴様、それでも公安か!」
あんな大立ち回りをした降谷に言われたくないだろうなぁ、と人ごとのコナンは思う。
ここまで松田の脇に抱えられる体勢でいたのか、諸伏は酸欠気味な様子。ギリリと歯を噛んだ降谷は、咄嗟に踵を返そうとして――血の滲む足のズボンをコナンに引っ張られたことで痛みが走り、その場に膝をついた。
「え、降谷ちゃん、大怪我じゃん! 班長、病院!」
「全く、無茶しやがって」
「うぐ……一般病棟は……」
「分かってるよ、風見さんに連絡するから」
萩原の手を借りて伊達の背中に乗せられた降谷は、その背中から頭を覆うように萩原のパーカーをかぶせられた。
「ゼロ」
「ヒロ……」
やっと松田から解放された諸伏も、心配げな表情で駆け寄る。彼に頬を撫でられ、好い加減諦めがついたのか、降谷はため息を吐いて大人しく背負われることにしたようだ。伊達の肩から腕をダラリと垂らす。
「ち、これじゃあ飲みはまた別日だな」
夜でもかけていたサングラスを外し、松田はそれを降谷にかけた。変装をさせているつもりらしい。
「安室さん」
「コナンくん……」
「お疲れさま。必要があれば、僕から梓さんに言っておくから」
ヒラリと手を振って見せると、降谷はとても苦いものを口に入れたような顔をした。それから小さく手を動かして「君も、お疲れさま」と呟く。
同期に付き添われて屋上を去る背中を見送り、コナンはまた街へ目を向ける。中和剤の散布が終わったのか、消防車両が液体の撤去へ動き始めていた。この状態になれば、降谷の指示は必要ないだろう。
怒涛の四日間だった。フゥと息を吐いたコナンは自分も酷く疲れたことを自覚し、早く帰ろうと呟きながら夜空を見上げた。
ハロウィンの夜は、更けていく。
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