ハロウィンの花嫁編(4)
十月三十日。
昨日と変わらず地下シェルターの中で、降谷は足を組んだままガラス越しに風見の開いたパソコン画面の資料へ目を通した。
『村上元警視の婚約者・クリスティーヌの元に友人を名乗る者から渡したい物があるから会いたいと連絡が入り、席を外せない二人の代わりに江戸川コナン他四名の子どもたちが指定されたビルへ向かったところ、画像の二液混合型爆弾が設置されていたそうです』
「昨日の今日でこれとは、さすがというべきか」
黒電話で風見の報告を聞きながら、降谷は苦く笑う。爆弾の写真だけでなく、入っていた液の検体も採取するとは抜け目ない。それを基に、現在液体の解析と中和剤の製作が進められている。風見の傍らで同じように報告を聞いていた諸伏は、書類を捲って読み上げた情報の内容に苦く笑った。
「その事件の聞き込み中、一課の刑事が拉致された、と」
『はい。解放するために、松田刑事を呼び出しています』
「その松田は?」
『昨晩、東京に戻ってきたそうです。本日も朝から登庁し、交渉にも応じるようですが……』
「犯人の目的が分からないまま対面させるのは避けたいところだが……」
ポツリと呟いて、しかし降谷は首を振った。彼がそんな正論で止まらないことは知っている、こと、人命がかかっている場合は。
『如何しますか?』
「……こちらの手札を開示しよう。一課と協力して、拉致された刑事の救出に当たれ」
降谷の指示に頷く風見へ「そうそう」と降谷は付け加えた。
「どうせなら、彼らも捜査会議に参加させよう」

「なんで俺らまで?」
薄暗い会議室、呼び出されたのは目暮と佐藤、高木、松田の捜査一課。それと、生活安全課の伊達と症状が落ち着いたため退院したばかりの萩原だ。捜査一課に合同捜査を申し出た風見は、檀上に立って何やらパワーポイントを動かしている。
「それで、俺らを集めてどうしようってんだ?」
ふんぞり返って椅子に座った松田が問う。薄暗い室内でも外さないサングラス越しの鋭い視線を見返し、風見は「情報交換だ」と告げた。それに「へえ」と笑みをこぼしたのは伊達だ。佐藤の手引きで会議室にもぐりこんだコナンも、その態度に思わず苦笑いを溢す。
「『ゼロ』たちに会わせてくれるんですか?」
悪乗りといった体で萩原も訊ねる。佐藤たちがハッとして彼らを見やると、風見は首を横に振った。
「それはできない。彼――捜査一課が探している男の一人は今、隔離施設にいる。首に爆弾をつけられているので」
佐藤たちは「え」と言葉を失う。「ぷ」と笑い声を立てたのは、松田たちだ。
「マジか! アイツ、そんな感じになってんの!?」
「あはは、さっすが! でこの捜査会議とかは他の人に任せて、自分は安楽椅子探偵的な? らしいっちゃらしいね」
「ほらお前ら、好い加減にしろ」
騒ぎ耐える松田と萩原の口を強制的に塞ぎ、伊達は申し訳なさそうな顔で風見に話の続きを促した。
コホン、と咳払い一つ風見は手元の機械を操作した。
公安へもたらされた特殊爆弾の取引についてのタレコミ。三年前の事件。公安が掴んだ世界規模の犯罪者、プラーミャの存在。使用する爆弾の特徴。それによって、萩原と警視庁前にいた外国人も、プラーミャの爆弾による被害者だと判明した。
「え、なんでおれ世界的犯罪者に狙われたの?」
「外国人も、なんでわざわざ警視庁前で?」
「共通点は、これじゃない?」
コナンは一つのスライドを示す。それは、外国人が所持していた松田の名刺だ。
「俺?」
「あの外国人、松田刑事に会いに来たんじゃない? 松田刑事の協力が、必要だった」
「それじゃあ、千葉を拉致した犯人とあの被害者は、何らかの繋がりがある!」
「俺を襲ったのも、陣平ちゃんを誘い出すため? 陣平ちゃん、福岡に出向中だったし」
それなら、三年前の事件に直接関わっていない萩原が巻き込まれた理由も分かる。
しかし、コナンは腑に落ちない。千葉を拉致した人物と松田を訪ねた外国人が同じ目的だとしても、外国人は爆弾によって死亡している。萩原も、一歩間違えれば死亡していたと聞いた。外国人の爆弾と萩原の爆弾、拉致犯と外国人はそれぞれ繋がるのだが、外国人と拉致犯と爆弾犯の繋がりは全く見えないのだ。
「ゼロって人の行方を知っていたなら、松田さんが出向していることを掴んでいても可笑しくはない……ですかね」
「けど、松田くんに何をさせようって言うのかしら」
「そりゃ、直接本人に聞くしかねぇだろ」
ガタリ、と松田は立ち上がる。そのとき、再び佐藤のスマホに拉致犯からの連絡が入った。

囮捜査のため会議室を後にする捜査一課と公安部。彼らの最後尾を歩いていた伊達は、ふと足を止めた。怪我のため歩調が遅かった萩原も、同じように足を止めた。「班長?」と萩原が訊ねるが、伊達は肩越しに振り返って廊下の角を睨んだ。
「俺まであの場に呼ばれたのは、このためか?」
そちらへ声をかけると、萩原も漸く察したらしい。クスリと声がして、廊下の角から見知った顔が姿を現した。萩原は目を丸くしつつ、既に目暮たちがいないことを確認してから姿を現した旧友に声をかけた。
「久しぶり。良いのか、顔を見せて?」
「ここは一応、公安のお膝元だからな」
「で、さっきの質問には答えてもらえるか? 諸伏」
公務員としては聊かラフな格好をした諸伏は、変装の一環なのか分厚いフレームの眼鏡を外し、ニコリと微笑んだ。
「降谷の現状は聞いた。随分大変なことになってるみたいだな。お前は、無事か」
「まあね、ゼロの勘だけど、あの首輪爆弾は俺を誘き出すための罠だ。潜入捜査中に消息を絶ち、一部の人間しか生存を知らない俺を、ね」
出なければ、降谷は首輪爆弾をつけられたあの時点で既に殺されているだろう。
「諸伏を誘き出す? 陣平ちゃんじゃなく?」
「この一連の事件、どうも同じ犯人であるとは思えない、っていうのがゼロの推理だ」
「ああ成程、だから違和感だらけだったのか」
伊達の言葉に、諸伏は頷く。
「ゼロの仮説はこう。松田の協力を必要として捜査一課の刑事を拉致した人物と、萩原やゼロを囮にしてオレたちを誘き出そうとしている人物、少なくとも二人いると」
「後者の犯人の狙いは、三年前にあの爆発を阻止した俺たちの復讐」
「俺完全に巻き込まれじゃん!」
「優秀な幼馴染を持ったことを恨むんだな」
萩原はガックリと肩を落とした。
「まぁ、というわけで、班長には事件が解決するまで公安の護衛がつくから」
「尾行だろ、それ」
伊達がわざと顔を顰めてみせると、諸伏はカラカラと笑った。
「あ、そうだ萩原。お前、手はもう治ったか?」
「?」

松田を見失うという失態と、危険を顧みない松田の啖呵によってヒヤリとした場面はあったものの、無事に千葉と松田を救出。それによって拉致犯と外国人焼死事件の被害者の繋がりと目的はハッキリした。
『プラーミャを独自に追う民間組織。彼らは松田の出向の情報を掴んでいなかった筈だから、絶妙なタイミングでの拉致だったな』
「感心してる場合じゃないでしょ」
渋谷の歩道橋で降谷の連絡を受けたコナンは、思わずそう返していた。首輪爆弾で命を握られているとは思えないほど、楽観的な声だ。
「ただプラーミャが結婚式を決行させる理由が分からない。村中夫妻が狙いだとしたら、幾らでも方法はある筈なのに」
『雑居ビルの爆弾もね。あれは時限式だった。僕なら無線式を使う、確実だしね』
まだ分からないことが多い。コナンはくしゃりと頭を掻いて、歩道橋の手すりに背中を預けた。
「エレニカさんのお兄さんが持ってたメモの意味も分からないし、時間もない……何とか、プラーミャを特定するヒントとかないと……」
『――ヒント』
ふと、降谷は何かを思い出したように呟いた。
「安室さん?」
『いや、もしかしたらと思って……三年前の事件の話、コナンくんにも話したろ、覚えているかい?』
「え、ああ、うん。松田刑事が爆弾を解体して、伊達刑事が応援に来て、安室さんと諸伏さんが――」
はた、とコナンは言葉を止める。
「……まさか」
『うん、それが正しければ、三年という時間も納得がいく。僕とヒロのことを探っていた時間も含めるだろうけど』
だとしたら。コナンは振り返って渋谷の街を見下ろす。
「でもまだ確証に欠ける。時間がないのに!」
『焦りは最大のトラップ』
焦るコナンの頭が、鋭くしかし笑みを含んだ降谷の声でサッと冴える。
『こんな困難、君なら幾らでも乗り越えてきた筈だろ?』
「安室さん……」
『健闘を祈るよ、小さな探偵くん』
降谷の連絡は、そこで切れた。

黒電話の受話器を置くとほぼ同時に、エレベーターが来訪者の訪れを告げた。待ち侘びたと降谷は口端を持ち上げる。エレベーターの扉が開き、大荷物を抱えた風見が降りて来る。そんな彼の背後から懐かしい顔が手を振って見せた。
『うわー、陣平ちゃんが見たら良い恰好って言いそう』
風見から受話器を受け取った萩原が、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「おしゃべりをするために呼んだんじゃない」
『はいはい、相変わらずだな、降谷ちゃん』
「松田から爆弾の構造は聞いたんだろ?」
風見と共に防護服を着ながら、萩原は頷く。それからシェルターを開き、二人は中へと足を踏み入れた。
「ま、俺もまだ怪我で手元が危ういんで、風見さんに殆ど任せるけど」
「よろしく頼むぞ、二人とも」
そろそろこの部屋にも飽きたところだ。
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